Menu

トリオ・ヴェントゥス リサイタル|丘山万里子

トリオ・ヴェントゥス リサイタル
Trio Ventus Recital

2020年10月20日 東京文化会館小ホール
2020/10/20 Tokyo Bunkakaikan Recital Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by古賀恒雄/写真提供:公益社団法人日本演奏連盟

<演奏>        →foreign language
トリオ・ヴェントゥス:
北村祥人pf、廣瀬心香vn、鈴木皓矢vc

<曲目>
ハイドン : ピアノ三重奏曲Hob.XV:27
ショスタコーヴィチ : ピアノ三重奏曲第2番 ホ短調 作品67
〜〜〜〜
ブラームス : ピアノ三重奏曲第1番 ロ短調 作品8(改訂版)

アンコール
ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲 第4番 ホ短調「ドゥムキー」第6楽章

 

このところ若手室内楽界が活況だ。
トリオ・ヴェントゥス(ラテン語で風の意)も、日本演奏連盟<新進演奏家育成プロジェクトリサイタル・シリーズ>に初登場のまさに初々しい新進。
北村祥人pf、廣瀬心香vn、鈴木皓矢vcいずれもベルリンで学び2019年秋結成したピアノ・トリオ。東京クァルテット、アルテミス・カルテットに師事している。トリオといえば、先般ミュンヘン国際コンクール優勝の葵トリオがすぐと浮かぶが、室内楽の若手裾野の広がりは、こうした音楽の楽しみ(クラッシックに限らない)が本当の意味で私たちに根付きつつあることの証左と筆者は思う。

ショスタコーヴィチが抜群だった。
若々しい覇気に富み、各人の歌心の繊細と抒情がそこここにこぼれ、かつ、互いのアンサンブルへの目配り気配りの濃やかが音楽に多彩と奥行きを彫る。
この作品、作曲家の親友に捧げられたものだが、その急逝により追悼の音楽となった。ユダヤの音楽学者・批評家であった友を想い、クレズメルが取り入れられた第4楽章がとりわけ印象的と言われるが、筆者は第1楽章冒頭、vcのソロ、ハーモニクスの主題からなんとも言えず胸締め付けられるような心持ちになった。それはたぶん、音楽する喜び(演奏家も聴衆もそれを提供する場・創り上げる人々も)というものを失ったここ数ヶ月の無音の世界からかすかに歌が忍び上がってくる、しかもvcに似つかわしくない高音で(だから天上からの一すじの歌の糸にも思える)、に、いたく反応したのだと思う。
受け止めるvnの静謐な声音(こわね)、そしてpfの低音のしずやかな打音がひとあしひとあしと音楽を紡いでゆく。2つの弦の高低の入れ替わりが実に不思議な、ある種の逆光あるいは反転したモノクローム世界を描き出す。そこからvcの刻みにのってpfが徐々にパーカッシヴな響きを加え激してゆく、そのあたりの呼吸にも引き込まれる。
要は、ものすごくバランスが良いのだ。音質の揃え方(均質というわけでない、互いの響きの質量への反応の仕方、敏感さだ)と間合い(息づかい)へのこだわりが半端でない。
第2楽章スケルツォの飛ばし方はどうだろう!ウィーンウィーン巻いてゆく弦のディナミークの螺旋波の快感とその下で飛沫をあげるpfの推進力。pfが転げまわる上で跳ねるピチカートのパレットの多様多色。ここはこういう響きを、と一つ一つのニュアンスを求める意識が明瞭に見て取れる。
一転、ピアノの深い打鍵が弔鐘のように響き、vnの哀切な調べがvcへと渡ってゆくその淡く朧な橋梁(などないがそう思える)の美しさに筆者はやはり「誰もの心を震わせる音楽というのはあるのだ」と打たれてしまう。ヴィブラートとは、その美の形姿そのものであって、とりわけロシアのそれは瞑い湿り気を帯びる。そのラルゴからひと続きに終楽章へ。
ここでもピチカートの表情が実に豊か。それにpfもドライだったりウェットだったりと音質を変化させ絡みがうまい。コロコロ粒玉を転がし、アルペジオを煌めかせ、などなど。クレズメルの音楽にはどこか歪みと引き攣れがあるその独特さを、彼らはどんなに激しても誇張することなく捌いてゆく。
終尾に回帰する第2楽章楽句と終息に宿る祈りの表情に、この作曲家の生きた時代と人々、そして私たちの時代の生死へと思念が馳せて行ったのは筆者だけだろうか。

ハイドンは晴朗優美。
ブラームスは筆者にはやや退屈。
だがこのトリオ、何より「誰が」という中心がなく、誰もが自分のなすべきことを都度知り、出るとき引っ込むときを心得(案外そうでないのが多いのだ、楽譜を読んでいない証拠と筆者は思ってしまう)、常に一つの流動体としての音楽の成形に邁進するのが頼もしい。
もう一度言う、バランスの良さ。これには知性が不可欠、とも。
これからは、こういう人達が私たちの音楽の新たな時代を引っ張って行ってくれるだろう。
であるなら。
内外の現代作品(特に日本の)をもプログラムに入れて欲しい。
保守的な聴衆の耳に、ちょっとしたスパイスになる小品一つでいい。
西欧に学んだことを咀嚼しつつオリジナルな自分たちの音楽を世界に発信する時代を拓くのが君たち(弾く人聴く人場を作る人)の位置なのだから。

ところで今後折に触れ、筆者の唯一無二、音楽の師青木十良語録からの言葉を適宜ご紹介することにした。


楽譜を見てすぐに指を動かさないように。すぐ動かすとまず拙(つたな)いおかしな音が出る。それを脳が記憶し基礎になってしまうから、いくら練習しても音楽にうまく翻訳できなくなる。
まず楽譜を見る。そして自分に強くイメージされたものから始めなきゃ。

(2020/11/15)

—————————————
<Players>
Trio Ventus :
 Yoshito Kitabata /pf
 Mika Hirose /vn
 Koya Suzuki / vc

<Program>
Haydn:Piano Trio in C major Hob.XV:27
Shostakovich : Piano Trio No. 2 in E minor Op.67
~~~~
Brahms : Piano Trio No. 1 in B major Op.8 (Revised version)

Encore
Dvorak : Piano Trio No. 4 in E minor “Dumky” 6th movement