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能「隅田川」X オペラ ブリテン「カーリュー・リヴァー」連続上演「幻(GEN)」|齋藤俊夫

能「隅田川」X オペラ ブリテン「カーリュー・リヴァー」連続上演「幻(GEN)」
Noh Sumidagawa X Benjamin Britten Opera Curlew River “GEN”

2020年10月18日 よこすか芸術劇場
2020/10/18 YOKOSUKA ARTS THEATRE
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by /写真提供:よこすか芸術劇場

能『隅田川』(日本語字幕付き)        →foreign language
演出:観世喜正

シテ・狂女:観世喜正
子方・梅若丸:観世和歌
ワキ・渡し守:森常好
ワキツレ・旅人:舘田善博

笛:竹市学
小鼓:飯田清一
大鼓:亀井広忠

後見:観世喜之、遠藤喜久
地謡:駒瀬直也、中森貫太、中所宜夫、鈴木啓吾、佐久間二郎、小島英明、桑田貴志、中森健之介

 

世阿弥の息子、観世十郎元雅(1395?~1432)作の能『隅田川』と、20世紀イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンがこの能に霊感を受けて書いたオペラ『カーリュー・リヴァー』を続けて(休憩は挟まれたが)上演するという意欲的な試みに、大いに期待して足を運んだ。

まず能『隅田川』のあらすじをまとめる。
隅田川のほとりで渡し守(ワキ)が乗客を待っていると、そこに旅人(ワキツレ)と女物狂(シテ)が現れ、舟に乗せてほしいと言う。女は人商人にさらわれた息子を探して都からここ東国の隅田川まで来たと言う。渡し守は女になにか面白い芸を要求し、女は在原業平「名にし負はばいざ言問わん都鳥 我が思ふ人はありやなしや」をふまえて、渡し守が鴎と言った鳥は都鳥と呼ぶべきであるとやりこめ、乗船を許される。
舟が漕ぎ出ると、念仏の声が聞こえる。渡し守の話では去年の今日、人商人に連れられた子供が病気になって捨てられ、そのまま死んだのを弔っているのだという。実はその子供こそが女物狂の探し求めていた息子・梅若丸であった。
泣き伏す女が念仏に唱和すると、息子が眠る塚から「南無阿弥陀仏」の声が聞こえ、幻のように梅若丸(子方)の姿が現れる。母子は抱き合おうとするも、それは叶わずに触れ合うことができず、夜明けと共に息子の幻は消え母の前にはただ塚のみが残っていたのであった。

今回の舞台は中央に本舞台と奥座、向かって左の奥に橋掛かりと揚幕があるのは通常の能と同じであるが、地謡座がなく、向かって右奥に橋掛かりと左右対称になる形で舞台が延びており、そこに地謡が並んだ。
能の極限まで切り詰められた美の世界は見るたびに驚かされる。シテ、ワキ、ワキツレ、今回はそれに子方、囃子、地謡だけでこれだけの(音楽)劇を実現してしまう。観客は〈ただ見る〉だけではなく、〈想像・創造しながら見る〉ことを要求される、というより、見るだけで想像・創造力が働いて、極小な舞台に大きな世界を秘めた劇が眼前に広がるのだ。
シテの感情はごくわずかな仕草で極めてゆっくりと――例えば悲しみを表すために目に手を当てるだけで何十秒か何分かをかけて表現される。だがそれが全く不自然に見えなくなるほどにこちらの時間感覚が変容する。
音楽劇かつ会話劇でもあるが、独特のイントネーションとリズムの詞により、会話もまた音楽的。テキストを文法的に読解しても一人称とも三人称とも言えない独特の視点を持つ地謡の、重さと速度を兼ね備えた朗唱は、垂直に刺さるように響き渡る囃子と共に、凪いだ舞台を大きく波打たせる。

筆者に言わせるなら、この『隅田川』はなんと残酷な劇であろうか。人商人にさらわれた息子を探して物狂いになった母が見つけたのは息子の墓。「南無阿弥陀仏」の念仏のご利益ゆえにか現れた幻にも触れること能わず、「我が子と見へしは塚の上の、草茫々として、ただしるしばかりの浅茅が原と、なるこそあはれなりけれ、なるこそあはれなりけれ」(1)で終わってしまう。このとき母(シテ)は手を目に当てていたのだが、これは狂うほどに求め続けた息子は既に亡く、その死後の幻と相まみえども、その幻もあえなく消え去ってしまった悲しみとも喜びともつかない感情の横溢を表現していると筆者には感じられた。
救いのない劇であるが、完璧とも言える悲劇として強い印象が静かに心に刻まれた。

オペラ ブリテン作曲『カーリュー・リヴァー』(一幕・原語上演・日本語字幕付き)        →foreign language

演出:彌勒忠史

狂女:鈴木准(テノール)
渡し守:与那城敬(バリトン)
旅人:坂下忠弘(バリトン)
霊の声:町田櫂(横須賀芸術劇場少年少女合唱団団員)
修道院長:加藤宏隆(バス)
巡礼者たち(合唱):金沢青児、小沼俊太郎、吉田宏、寺田穣二、寺西一真、山本将生、奥秋大樹、西久保孝弘

音楽監督/オルガン:鈴木優人
フルート:上野星矢
ホルン:根本めぐみ
ヴィオラ:中村翔太郎
コントラバス:吉田秀
ハープ:高野麗音
パーカッション:野本洋介

 

休憩を挟んで舞台の形はそのままに、ブリテン『カーリュー・リヴァー』が上演された。

この作品のあらすじを以下にまとめる。
カーリュー川(これは実在しない川である)の渡し守が、今日はある霊験あらたかな墓にお参りする日だと言う。旅人、次いで狂女が現れ、狂女が舟に乗せてくれと頼むと、渡し守達は歌え、楽しませてみせろと言う。そこで狂女はカーリュー鳥についての詩を口ずさみ、彼らを納得させて舟に乗る。
対岸では子供の鎮魂祭が催されていた。渡し守の話す所によると、1年前の今日、人買いに連れられた子供が置き去りにされ、絶命した。その子供は聖人だと信じられ、墓に詣でる人が後を絶たないのだという。その子供こそ狂女の息子であった。
息子の墓に詣でた狂女たちの耳に、聖歌を歌う子供の声が聞こえてくる。驚く皆の前に子供の亡霊が現れ、天国で待っていると母に告げる。

一目瞭然ではあるが、『隅田川』と『カーリュー・リヴァー』のあらすじはほとんど同じながら、後者には最後にたとえ現世で別れても、天国で再会できると息子の口で語られる〈救い〉がある。

『カーリュー・リヴァー』を『隅田川』から連続して上演することによって感じたのはブリテン作品における演出の問題である。平たく言って、今回の『カーリュー・リヴァー』の演出は『隅田川』の後で見ると「劇的すぎ」、プログラムにある通り、教会で上演するオペラというブリテンの意図から外れ、歌劇場で上演されるような「オペラ的」な仕上がりになっていた。
レチタティーヴォや、動きの少ない古い教会聖歌のような歌唱法を用いたスタティックなオペラなのだが、発声法が「オペラ的」であり(渡し守の与那城敬が特に声を響かせすぎていた)、時折過剰な感情表出を感じてしまった。特に息子の墓にたどり着いた後、巡礼者たちの聖歌合唱とソロイストたちの歌が重なる所では後者の「オペラ的すぎる」歌唱法が戯画的に感じられたのは否定できない。
オペラ的な演出への違和感は、西国から遠い旅をしてきた狂女の衣裳が何故か赤と金をベースとした華やかなもので、彼女が舞う場面の所作がオペラでもこんなに暴れるような振付はしないだろうと感じたことも大きい。少々強い言い方をすると、あたかも素人が暴れるように踊れと指示されたようだったのである。
音楽監督・鈴木優人にリードされた器楽の端正な響きと共に聴く音楽は楽しめたが、ブリテンの宗教的音楽劇としては違和感がどうしても拭えなかったのもまた事実である。

コロナ禍以前から計画していた催しであるが、日本の中世の能と、それに影響されたほぼ同じ粗筋のヨーロッパの現代オペラを連続で上演することにより、洋の東西における、信仰に対する救いのあり方の差異と、異なる宗教間での人間の普遍的な信仰心の共有を探る実に意欲的な企画であった。奇蹟が文字通り「幻(まぼろし)」として終わる悲劇『隅田川』と、神という裏付けを持つがゆえに奇蹟が「幻」で終わらず、天国での母子の再会が約束される『カーリュー・リヴァー』、2つの世界を観る・聴くことができた。本公演を実現したキャスト、スタッフ、劇場に深く感謝したい。

(1)参考テクスト:隅田川
        カーリュー・リヴァー

(2020/11/15)

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Noh Sumidagawa
Stage Director / The Madwoman:Yoshimasa Kanze
Umewakamaru:Waka Kanze
The Ferryman:Tsuneyoshi Mori
The Traveller:Yoshihiro Tateda

Fue/Flute:Manabu Takeichi
Kotsuzumi/Shoulder drum:Seiichi Iida
Ootsuzumi/Hip drum:Hirotada Kamei

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Opera Curlew River

Composer:Benjamin Britten

Stage Director:Tadashi Miroku
Music Director/Chamber organ:Masato Suzuki

The Madwoman:Jun Suzuki, tenor
The Ferryman:Kei Yonashiro, baritone
The Traveller:Tadahiro Sakashita, baritone
The leader of the pilgrims:Hirotaka Kato, bass
The Spirit of the boy:Kai Machida
The chorus of pilgrims: Seiji Kanazawa,tenor ; Shuntaro Konuma, tenor ; Hiroshi Yoshida, tenor ; Joji Terada,baritone
Kazuma Teranishi, baritone ; Masami Yamamoto, baritone ; Daiki Okuaki, bass ; Takahiro Nishikubo, bass

Flute: Seiya Ueno
Horn: Megumi Nemoto
Viola: Shotaro Nakamura
Double bass: Shu Yoshida
Harp: Reine Takano
Percussion: Yosuke Nomoto