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関西フィルハーモニー管弦楽団第311回定期演奏会|能登原由美

関西フィルハーモニー管弦楽団第311回定期演奏会
Kansai Philharmonic Orchestra The 311th Subscription Concert

2020年6月27日 ザ・シンフォニーホール
2020/6/27 The Symphony Hall
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photo by s.yamamoto/写真提供:関西フィルハーモニー管弦楽団

〈演奏〉        →foreign language
指揮:鈴木優人
管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団

〈曲目〉
モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲 K. 527
モーツァルト:交響曲第29番イ長調 K. 201
〜〜休憩〜〜
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調 D. 485

 

観客を入れた演奏会がやっと戻ってきた。発熱検査や手の消毒、ホール内では間隔を空けた席の配置など、いつもと違う物々しさがあるとはいえ、開演前のこの雰囲気が懐かしかった。これから分かち合う音楽を前に、期待と興奮に胸を膨らませる人々が集う。思い起こせば、この関西フィルの定期が私にとって通常の演奏会に接した最後のものとなっていた。2月末、コロナの感染拡大予防のためにあらゆる催事が次々と中止や延期に追い込まれる中、開催へと踏み切ったときの、あの会場の様子は今でもはっきりと覚えている。未知のウィルスへの不安と、危険や批判を覚悟で決断した奏者たちへの賞賛が入り混じり、誰もが複雑な表情を抱えていた。

楽団にとっても、今日はその2月末の定期以来、4ヶ月ぶりの演奏会だという。しかも、前回と同じく全てドイツ音楽のプログラム。ただし、あの時はイタリアを除けば欧州の感染状況はそれほど酷くなく、ドイツから指揮者とピアニストを招くことがまだ可能であった。「師弟憎愛」と題し、シューマン、ブラームスの間に珍しいクララ・シューマンのピアノ協奏曲を挟むという趣向を凝らした内容で、管弦楽の甘美な音色、繊細で柔らかなピアノの響きが印象に残る会となった。

今回もその時と同じブラームスがメイン。のはずだったが、今は新しい生活様式のもと、密集、密接を避けなければならない。予定していた第2交響曲を、より編成が小さいシューベルトの第5交響曲へと変更。また、《ハイドンの主題による変奏曲》も、モーツァルトの29番のシンフォニーへ。鈴木優人による指揮が変更とならなかったことが幸いだった。

奏者間の距離を広く取った配置で、弦楽器は66442という小編成。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのトップ奏者が中央でクァルテットを形成するように配置されていたこともあるだろう。各パート、あるいは個々の奏者の音のラインがくっきりと浮き上がり、弦楽四重奏のような掛け合い、融合、協奏の様子がよく伝わってくる。私はホールの左手の壁際後方に座っていたが、ここから一番遠いはずのヴィオラの艶やかで軽やかな音の軌跡が何度も耳に飛び込んできた。こうした編成と配置は、いつに増して奏者の個性を際立たせるようだ。奏者にとっては自分の音が露わにされる恐ろしさがあるかもしれないが、聴き手にとっては、一人一人の音がいつも以上に身近に感じられる。こういう配置も悪くない。

一方の鈴木。編成や演目のせいもあろうが、川のような流れがある。それも、野生の森を突き抜けていく源流だ。山や川の地形に応じ、速さや向き、その様態も様々に変化する。だから飽きることがない。水面も刻々と表情を変える。時に清澄な、時に砂混じりの濁った色合いを持たせながら。モーツァルトでは、川べりを彩る小動物たちを彷彿とさせるような、ユーモアや遊びが感じられて実に楽しい。シューベルトではより理路整然とした流れとなったが、淀むことはない。最終楽章のクライマックスでは、一瞬の間(ま)を掴んで本流へと流れ込む。程よい緊張と高揚感とともに、長い旅路が終わりを告げた。

「ブラボー」の禁じられたカーテンコール。奏者たちは、感染予防のために接触を避ける。これも従来とは大きく違う点だ。その代わりに鈴木は大きな身振りで奏者たちとあいさつを交わし、客席に向かって感謝と喜びを表す派手なアクションを何度も繰り返した。と、ふと気づいた。そうだ、以前との違いを感じているのはこちら側だけではない。舞台からみる景色も大きく変わっているはずだ。見渡す限りのマスク、マスク、マスク…。顔半分がマスクに覆われて、表情をうかがい知ることなど出来ないだろう。あちらから見えるのは、無言で無表情、無反応の、まるで人形のような物体の一群なのかもしれない。そして、それは演奏にも影響を与えているに違いない。音楽はコミュニケーションなのだから。聴き手の側も、以前に増して積極的に自らの思いを奏者の側に伝えていく必要がある。奏者から聴き手へという一方向の、受け身の音楽の時代は、もはや終わったのではないかという思いが頭をよぎった。

コロナに襲われた音楽の世界。演奏会を開催した勇気に感嘆した2月の演奏会の時とは、今は確実に違う。もちろん、いずれ感染症の脅威は収まるだろう。が、これまで当たり前と思っていたことが引き剥がされ、新たな一面を見せ始めている。それが我々をどのような方向へと導くのか。考えるだけでは答えは見つからない。まずは目の前の一つ一つの音楽に、耳を傾け続けよう。

(2020/7/15)


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〈cast〉
Masato Suzuki(Conductor)
Kansai Philharmonic Orchestra
〈program〉
Morzart : «Don Giovanni » Overture K. 527
Morzart : Symphony No. 29 A major K. 201
Schubert : Symphony No. 5 B flat major D. 485