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特別企画|新型コロナウィルス感染症と日本の音楽文化―2―|戸ノ下達也 

新型コロナウィルス感染症と日本の音楽文化 ―2―
Music Culture in Japan under COVID-19 (2)

Text by 戸ノ下達也 (Tatsuya Tonoshita)

◆はじめに
本稿では、5月14日の緊急事態宣言の一部地域の解除から6月12日に至る、新型コロナウィルス感染症と音楽文化の課題について、前号に続き、行政、立法と政党、音楽界の対応を整理する。
現在の日本の新型コロナウィルス感染症対策は、1月30日に閣議決定し内閣官房に設置された「新型コロナウィルス感染症対策本部」(以下「対策本部」)が、2月14日の開催決定による「新型コロナウィルス感染症対策専門家会議」(以下「専門家会議」)の発表する「提言」に依拠して策定する「新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針」(以下「基本対処方針」)を都度変更しながら、全ての根本となって実施されている。「基本的対処方針」に準拠して関係官庁が、所管する事項の対応策をまとめて実施すると同時に、業種毎の具体的な指針については、業界団体がまとめるガイドラインに基づくこと、という構図が確立している。同時に、政府が4月20日に閣議決定した「「緊急経済対策」の変更について」と、令和2年度補正予算に基づき、国や自治体の経済施策が実施されている。
以下、この前提に即して、5月25日の緊急事態宣言の解除を挟む音楽文化を取り巻く現状を考えてみたい。

◆行政(首相官邸・内閣官房)の対応
5月4日の「基本的対処方針」では、特定警戒都道府県以外の県では、「比較的人数の少ないイベント等については適切に対応する」とされ、さらに「接触確認アプリ」の周知と、業種ごとのガイドライン策定の推奨が初めて明記された。この基本的な枠組みは、その後も変更されていない。
5月14日に「基本的対処方針」が変更され、緊急事態措置を実施すべき区域が北海道、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、京都府、大阪府、兵庫県のみとされ、各都道府県知事に対し事務連絡「緊急事態措置を実施すべき区域の変更等に伴う都道府県の対応について」(以下「都道府県の対応について」)が周知され、前記8都道府県以外の警戒宣言が解除された。同日の安倍首相記者会見では、「特に3つの密が濃厚な形で重なる夜の繁華街の接待を伴う飲食店、バーやナイトクラブ、カラオケ、ライブハウスへの出入りは、今後とも控えていただきますようにお願いいたします」と言及している。

5月14日の「都道府県の対応について」では、「外出の自粛」「催物(イベント等)の開催制限」「施設の使用制限等」が明記されているが、5月14日段階では、特定警戒都道府県以外の県では、

  • 屋内であれば100人以下、かつ収容人員の半分以下の参加人数にすること
  • 屋外であれば200人以下、かつ人と人の距離を十分に確保できること(できるだけ2m)

と、具体的な数値の目安が初めて提示されると同時に「ライブハウスやナイトクラブなど、密閉された空間において大声での発声、歌唱や声援、又は近接した距離での会話等が想定されるようなイベント等に関しては、上記の人数や収容率の目安に関わらず、開催にあたってより慎重に検討するよう促すこと」と注記された(「都道府県の対応について」3ページ)。
5月21日には、内閣官房から「新型コロナウィルス感染症緊急事態宣言の区域変更」と「基本対処方針」の変更が発表され、京都府、大阪府、兵庫県の緊急事態措置が解除されたが、この日は都道府県知事への事務連絡は発表されていないため、14日付け「都道府県の対応について」が継続されたと捉えられる。また外出自粛やイベント開催等に関する規定も基本的に21日の「基本的対処方針」を踏襲している。

そして、5月25日に対策本部長から「新型コロナウィルス感染症緊急事態解除宣言」が発表されたことに伴い、「基本的対処方針」変更と、都道府県知事に対し「移行期間における都道府県の対応について」が発表された。
5月25日の「基本的対処方針」では、「新型コロナウィルス感染症の対処に関する全般的な方針」として、移行期間を設けて段階的に活動レベルを引き上げること、「新しい生活様式」の定着、業種ごとに策定される感染拡大防止のガイドライン策定と実践を掲げたことが最大の特徴である。そして新たに「緊急事態宣言解除後の都道府県における取組み等」が明記され、「「新しい生活様式」が社会経済全体に定着するまで、一定の移行期間を設ける」ことを大前提に、催物(イベント等)の開催については、「新しい生活様式」や業種ごとに策定されるガイドラインの遵守により段階的に規模要件を緩和すること、イベントの態様や種別に応じて感染防止策を講じること、大規模イベントは無観客での開催といった、具体的な方針が明示された。この「基本的対処方針」が、現時点での都道府県の施策のエビデンスである。
同日の「移行期間における都道府県の対応について」では、「基本的対処方針」で段階的な緩和方針が示されたことを受けて、「外出の自粛」、「催物(イベント等)の開催制限」、「施設の使用制限等」のいずれのカテゴリーも大幅に内容が変更され、6月18日まで、6月19日から7月9日まで、7月10日から7月31日までの三段階における留意点等が細かく明記された。特に「催物(イベント等)の開催制限」は、「(1)催物開催に係る段階的緩和」「(2)イベントの無観客開催について」「(3)祭り等の行事に係る対応」「(4)感染拡大防止に係る重要な留意点」として、それぞれの注意事項や、人数・収容定員に対する割合、人と人との距離等の数値が提示された。
この緊急事態宣言の解除を受けて、同日の安倍総理記者会見では、

「コンサートや演劇など、文化芸術イベントは、私たちの心を豊かにし、癒やしをもたらしてくれます。トップアスリートたちが活躍する姿は、私たちに夢や感動を与えます。日本各地へ観光旅行に再び出かける日を心待ちにしている皆さんも多いと思います。感染状況に目を凝らしながら、来月、再来月と、そうした日常を少しずつ段階的に取り戻していく。そのための具体的な道筋についても、本日、お示しいたしました。
プロ野球なども来月、まずは無観客から再開していただき、段階的に観客を増やしていく。コンサートや各種のイベントについても、100人程度のものから始め、感染状況を見ながら、1,000人規模、5,000規模、さらには収容率50パーセントへと順次、拡大していく考えです。あらゆる活動について感染防止対策を講じることを大前提に、本格的に再開していく。感染リスクがあるから実施しないのではなく、これからは、感染リスクをコントロールしながら、どうすれば実施できるかという発想が重要であると考えます。」

と、文化芸術への言及がなされているが、それに対する具体的施策は何ら語られていない。
そして、5月27日には、令和2年度一般会計補正予算(第2号)の概要が発表された。新型コロナウィルス感染症対策関係経費の総額31兆8,171億円のうち、文化芸術に直結する項目では、持続化給付金の対応強化が1兆9,400億円、その他の支援として、持続化給付金等の拡充が1,000億円、文化芸術活動の緊急総合支援パッケージは560億円となっている。
このように、首相官邸と内閣官房は、緊急事態宣言の解除後のロードマップを数値の目安と共に提示し、支援策としての令和2年度第2次補正予算を策定し、6月12日の参議院本会議で可決成立した。
しかし、一切の活動停止を余儀なくされている、文化芸術の現状を可及的速やかに解決する方策は、何ら示されていない。個人事業主やフリーランス支援とされた持続化給付金にしても、事業所得であることや、2019年までに開業した者に限定されるという制度設計の矛盾が露呈した上に、その支給プロセスや委託先などの問題が表面化している。
行政の政策の根本となっている「基本的対処方針」では、その「新型コロナウィルス感染症対策の実施に関する重要事項」の「(1)情報提供・共有」で提示された、「室内で「三つの密」を避ける。特に、日常生活及び職場において、人混みや近距離での会話、多数の者が集まり室内において大きな声を出すことや歌うこと、呼気が激しくなるような運動を行うことを避けるよう、強く促す。飲食店等においても「三つの密」のある場面は避けること」という前提は、変更されることなく一貫している。これが、ライブハウスや劇場・ホールでの演奏会、また日常の音楽活動など、音楽文化全般に係る“束縛”となっているのが現実である。

首相官邸・内閣官房の進める経済政策での、雇用維持や消費喚起への希求は、何も令和2年度補正予算に限った議論ではない。内閣官房設置の経済財政諮問会議では、4月15日の第5回会議で、既に「緊急経済対策」に連動して、「観光・飲食イベント分野等の方々の雇用確保」や「フリーランス・個人事業主の事業継続にむけて」が提案され、同27日の第6回会議での「緊急提言」では、「今次緊急経済対策の効果を早期に国民に届けるために」の一つとして、持続化給付金の迅速な支給ができる金融システムの体制整備が提示されたほか、「企業の受けているダメージや負担の軽減に向けて」の一つに、「文化・芸術・スポーツの分野は、日本社会の基盤であり、豊かで潤いのある生活の源泉である。以下に述べる寄附促進を含め、活動の維持・向上のための支援を強化すべき」と明確な指摘がなされている。
もっとも、5月29日の第8回会議で提示された「骨太の方針に向けて」にも見られるように、経済財政諮問会議の議論全てが国民全体の生活向上を目指したものとは言い難いだろう。しかし諮問会議の議論で、令和2年度補正予算の議論の段階から、文化芸術への視点や持続化給付金の課題が提示されていたことは、立法の議論と共に、諮問会議においても、文化芸術をめぐる危機が喫緊の課題として問題提起されていたことは、指摘しておきたい。

◆行政(文化庁)の対応
警戒宣言対象区域の変更、警戒宣言の解除に連動した文化庁の対応は、支援窓口の情報更新が主体で、積極的に文化芸術支援を推進していくスタンスではなかった。
5月22日の「5月21日に決定された「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」における緊急事態措置を実施すべき区域の変更について」(原文ママ)が、文化関係独立法人の長と文化関係団体の長宛に事務連絡されたが、その骨子は「引き続き、活動場所等となる地域の状況を自治体等に確認し、把握したうえで、適切に対応してください。」(下線部原文ママ)という、呆れるほど空虚で無責任な内容であった。実演家や実演団体、スタッフなど関係者への支援を、責任を持って推進していこうという意志すら示していないのが、我が国の文化庁ということになる。
前述した令和2年度補正予算(第2号)に関連し、令和2年度文部科学省第2次補正予算(案)が、5月27日に発表された。それによれば、前述した文化芸術・スポーツへの緊急総合支援580億円の内訳は、文化芸術・スポーツ活動の継続支援が509億円、文化芸術収益力向上教化事業が50億円(この二件が財務省の令和2年度補正予算の中で「文化芸術活動の緊急支援パッケージ560億円と発表したもの」)、スポーツイベント再開への支援が20億円である。

5月29日には、「令和2年度補正予算案等における文化芸術関係者への支援(令和2年度第2次補正予算案閣議決定後)」として文化庁のHPでもその詳細が発表された。
それによれば、「文化芸術活動の継続支援」の509億円は、文化芸術関係者・団体の経費支援であり、フリーランスの実演家・技術スタッフ等向け、複数のフリーランス等の連携を含む小規模団体向けの「活動継続・技能向上等支援」と、中・小規模団体向けの「収益力強化事業」がその骨子で、それぞれに上限額が設定されていた。「文化芸術収益力強化事業」の50億円は、令和2年度第1次補正予算を一部拡充したもので、中・小規模の文化芸術団体を対象に「各分野の特性を活かした新しい鑑賞環境の確立などの収益力確保・強化の取組みを実践」するものとされた。
これらに、4月30日に成立した令和2年度第1次補正予算で計上された「文化施設の感染症対策防止対策事業」の20億8,400万円、「生徒やアマチュアを含む地域の文化芸術関係団体・芸術家によるアートキャラバン」の13億1,700万円、「子供のための文化芸術体験の創出事業」の13億200万円、「最先端技術を活用した文化施設の収益力強化事業」の14億2,000万円と、経済産業省所管で既に成立している「新型コロナウィルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律」に基づく「指定行事の中止等により生じた入場料金等払戻請求権を放棄した場合の寄附金控除又は所得税額の特別控除」が、現時点における新型コロナウィルス感染症関連の文化庁が発表している文化芸術支援策の予算内容と金額である。
また、政府全体の取組みと位置付けられている、金融公庫等の緊急貸付・保証枠拡充、雇用調整助成金の特例措置拡充、小口融資拡大、持続化給付金、特別定額給付金といった融資や給付政策、経済産業省所管の「Go Toキャンペーン」のイベントチケットの割引・クーポン付与と「J-LODlive コンテンツグローバル需要創出促進補助金」(ライブ公演開催及びその収録映像を活用した動画の制作・海外配信の費用の一部補助)も文化芸術支援策として掲げられている。

この文化庁の解説は、令和2年度第1次補正予算と合わせた内容となっているが、「活動継続・技能向上等への支援」が新規、「最先端技術を活用した鑑賞環境等改善」が拡充とされ、「独立行政法人日本芸術文化振興会に創設した文化芸術復興創造基金をはじめ、国民全体で文化活動を支援する機運(原文ママ)を醸成」することと「全国高等学校総合文化祭のweb開催をはじめ、文化活動における発表の場の確保を積極的に推進」という今後の方策も提示された。
活動支援やアートキャラバンなど、今後の芸術文化活動の後押しが政策として取り入れられていることは評価されよう。しかし、繰り返しになるが、可及的速やかに拡充すべき、実演家の生活支援を行うツールは、持続化給付金と特別定額給付金のみであることは、継続する問題として指摘しておきたい。

さらに、「文化芸術収益力強化事業」が拡充されていることは注視すべきだろう。その趣旨は次のとおりである。
「多くの文化芸術団体は、これまで入場料収入を中心に経営を維持しており、新型コロナウィルスの感染拡大による収益機会の減少などにより、経営環境は厳しさを増している。このため、文化芸術団体の収益構造の抜本的改革を促し、活動の持続可能性を高めるため、各分野の特性を活かした新しい収益確保・強化策の実践を通じて、国内の新たな鑑賞者の拡充や海外受容を引き寄せる。本事業で得られた成果を活用し、費用対効果を検証することで、持続的な文化芸術団体のあり方を検討する。」
そして活動例として、動画等による収録・配信・アーカイブ化やVRを含む体験コンテンツ開発、教育用独自演目の開発などが掲げられている。これは文化芸術団体が独自の収益構造を確保し、収益力のある団体だけが「持続」する環境を整備すると宣言しているに等しい。実演家や団体、スタッフの現状への課題が何ら解決されず、また再開後を見通した施策をこれから丁寧に実現していかなければならない現段階において、この「収益力強化」が大前提の施策を大々的に打ち出し、強制しようとする我が国の文化政策の現状は、私たち当事者がその問題の本質を指摘し、異議を唱えてしかるべきではないか。文化行政がこの「収益力強化」という方向に注力することでよいかも含めて、議論し取り組んでいくべき課題である。

4月30日の参議院本会議での国の令和2年度第1次補正予算成立と、5月27日の第2次補正予算の提示と6月12日の参院本会議での成立、各自治体の令和2年度補正予算の成立に伴い、芸術文化支援が、ようやく動き出そうとしている。しかし、演奏や技術スタッフといった音楽文化を最前線で支えている実演家や実演団体への支援や給付はこの一ヵ月でもほとんど進んでいない。
首相官邸、文部科学省、文化庁は、実演家への給付という支援は、定額給付金と持続化給付金で対応済というのが基本的スタンスである。持続化給付金は、後述する立法や当事者の切実な要請が、第2次補正予算でようやく該当要件が雑所得者や、2020年1~3月の開業者にも対象が拡大されようとしていることはせめてもの救いではあるが、どんなに安倍首相や萩生田文部科学大臣が「文化の灯は絶やしてはならない」と言っても、後述するように口先だけの方便で具体的施策を伴うことなく、この程度の支援しか実施されていないのが我が国の行政の現実である。

◆行政(地方自治体)の対応
前号でも言及したとおり、地方自治体は、令和2年度補正予算で独自の支援策を実施していた。前号で言及できなかった都道府県としては、4月下旬の補正予算の発表で、北海道の「北のアーティスト・スペシャルプログラム」、石川県の「伝統芸能の維持・継承への支援」、福井県の「アーティストによる音楽ライブ等配信事業」、愛知県の「文化芸術活動支援事業」、京都府の「文化活動継続支援補助金」、大阪府の「大阪文化芸術活動(無観客ライブ配信)支援事業補助金」などが実施されつつある。
5月13日には、新潟県が県と地元企業や関係団他と連携した「にいがた結(むすぶ)プロジェクト」としてクラウドファンディングで文化・スポーツにも支援を行うことを、同14日には佐賀県が令和2年度5月補正予算で「LiveS beyond」公演のオンライン配信文化祭として7,800万円を、同18日には兵庫県が「がんばろうひょうご!つながろうアート」三つの動画配信事業を、同26日には熊本県が「ケンゲキアートチャンネル#おうちで拍手を!動画作品募集」をそれぞれ発表した。
さらに、札幌市は「札幌市文化芸術公演配信補助金「さっぽろアートライブ」」に3,200万円を計上、仙台市は「多様なメディアを活用した文化芸術創造支援事業」として2,000万円、川崎市が「川崎市文化芸術活動支援奨励金」、金沢市が「芸術文化振興緊急奨励事業」として1億3,000万円、名古屋市が「ナゴヤ文化芸術活動緊急支援事業「ナゴヤ・アーティスト・エイド」に1億円、西宮市が「文化芸術活動支援事業」「文化施設の活動継続支援事業」、米子市が「芸術文化振興緊急支援事業」、北九州市が「アートでつなぐ未来プロジェクト」などの取組みを、それぞれ発表した。
地方自治体は、財政が厳しい状況で、金額や内容に差はあれども、具体的施策に取組み始めたことは、評価すべきだろう。そして、これらのツールが今後の活動への前向きな展望となるよう、行政や関連団体、地域と連携していくべきだろう。しかし、その大前提は、「文化の自主性を尊重する」ことを、行政と文化芸術の担い手、愛好者が共有し理解することが必須と思われる。

◆立法と政党の対応
立法では、引き続き衆参両院の委員会で、文化芸術支援の議論が展開されていた。
衆議院予算委員会では、5月11日の第22回委員会で、立憲民主・国民・社保・無所属フォーラム(以下「野党統一会派」)の玉木雄一郎議員が持続化給付金の支給要件緩和について質疑を行った。また、衆議院厚生労働委員会では、5月8日の第11回委員会での日本共産党の宮本徹議員と、同15日の第13回委員会での野党統一会派の山井和則議員が、持続化給付金に支給等の要件について、同委員会で宮本議員が個人事業主やフリーランスの傷病手当金制度について質疑を行った。
また経済産業委員会でも、4月10日の第5回委員会から「緊急経済対策」の不備として自粛要請に伴う休業補償や個人事業主の支援についての質疑が始まり、以降、5月22日の第12回委員会に至るまで継続的に与野党を問わず多くの議員が持続化給付金やフリーランス支援について質問するが、特に野党統一会派の浅野哲議員や落合貴之議員、日本共産党の笠井亮議員、日本維新の会の足立康史議員は継続して繰り返し政府の見解を質している。

一方、文部科学委員会では、引き続いて文化芸術をめぐる様々な問題が議論されていた。
5月15日の第7回委員会では、野党統一会派の牧義夫議員が、文化イベント自粛の影響について、文化庁の令和2年度補正予算の考え方と更なる支援の必要性を、公明党の浮島智子議員が、フリーランス芸術家支援と、持続化給付金の問題点と令和2年度予算での文化芸術家やスタッフの支援の考え方を、野党統一会派の笠浩史議員が、文化芸術支援について、令和2年度補正予算の文化庁の支援策と基本方針と萩生田文部科学大臣の決意、日本芸術文化振興会に創設される基金への資金交付の必要性を問いただした。
同20日の第8回委員会では、野党統一会派の城井崇議員が、経済的困窮するクリエーターへの支援策について参考人に見解を求めると共に質問を、日本共産党の畑野君枝議員が、文化芸術関係者への支援について、同22日の第9回委員会では、野党統一会派の山本和嘉子議員が新型コロナウィルス感染症の影響で中止となった高校生のスポーツ大会や文化系コンクールに代わる場の用意について文科大臣見解を求め、野党統一会派の川内博史議員が、文化芸術関係者支援について政府が令和2年度予算で検討している内容と、文科省・文化庁の要求内容と持続化給付金の委託先について、それぞれ質問や見解を求めた。

参議院予算委員会では、5月11日の第19回委員会で、立憲・国民、新緑風会・社民(以下「野党統一会派」)の石橋通宏議員が持続化給付金の対象見直しを、公明党の竹谷とし子議員が、持続化給付金の対象外とされた事業者への支援策を質問した。決算委員会では、5月18日の第5回委員会で、野党統一会派の芳賀道也議員が、新型コロナウィルス感染症の影響を受けたオーケストラ助成のあり方を、日本維新の会の梅村みずほ議員が、アーツカウンシル機能拡充の必要性について、文教科学委員会では、5月21日の第6回委員会で、日本維新の会の梅村議員が、オリンピック・パラリンピック延期に伴い中止となったイベントで損失を被った企業への支援を、それぞれ質していた。

このように衆参両院の委員会では、文化芸術の担い手への支援と持続化給付金の支給対象の見直しに関する議論が活発に行われた。この一連の議論で、持続化給付金の制度の限界と問題点が浮き彫りにされたことは、その後の補正予算編成にも大きく寄与している。
特に、野党統一会派や日本共産党が、当事者からの要請やヒアリングを受けて、具体的な施策を国会の場で質していることはもっと注目されてよい。この国会での指摘が、令和2年度第2次補正予算での持続化給付金の制度見直しに直結している。引き続き、立法では、文化芸術の実演家への支援と効果的な給付制度の確立が意識されている。
ただ例えば5月15日の衆院文部科学委員会での質疑では、浮島議員に実演家やスタッフを守る決意を質された萩生田文部科学大臣は、
「我が国の文化芸術の灯を消さないことが極めて重要と考えております(中略)この困難を乗り越えるため、文化芸術にかかわる皆様の意見をしっかりと聞きながら、支援に万全を期しつつ、全力で芸術文化の振興に取り組んでまいりたい」
と答弁した。
さらに補正予算の認識について、笠議員の質問に対し、文化庁の今里次長は
「第1次補正予算においても、さまざまな文化芸術関係者の方々が活用できる支援策、今後のものも含めて計上させていただいた(中略)新しい生活様式のもとでの業界固有の課題などがないか、文化芸術にかかわる皆様の意見を聞いて、支援に万全を期しつつ全力で取り組んでまいりたい」
また萩生田文部科学大臣は、
「ここに携わる皆さんが、今はとにかくつなぎ資金で頑張っているんだから、元気になったらもう一回舞台に立てるように、その舞台が五回が十回にふえるような、そういう応援策を、しっかり予算も含めて確保する努力を改めてお約束したい」
と、それぞれ答弁している。

この政府側の認識は、芸術文化を守ると声高に唱えながらも、現時点の課題を後追いし、第1次補正予算で曲がりなりにも収束後の支援策を予算化したから、それまでは自助努力で持ちこたえろという論理が一貫している。
この議論の前提には、後述する、音楽界を含めた文化芸術の当事者からの強い支援要請がある。5月22日の「We Need Culture―文化芸術復興基金をつくろうー」の文化庁、文部科学省、経済産業省、厚生労働省への要望を行ったが、ここでも立法がこの要請をバックアップした。
そして5月25日には、文化芸術振興議員連盟が萩生田文部科学大臣に「緊急要望」を提出した。ここでは、実演芸術家やスタッフ等の個人の「修練・稽古を支援するための活動費を給付」と、文化芸術団体・事業団体等の「維持・継続及び企画・準備を支援するための資金を公布」する緊急支援策と、国庫支出と民間寄付による「文化芸術復興基金を創設する」という戦略的支援策の二点が要望されている。

これらの立法の議論の背景には、各政党の政府への政策提言でその趣旨が反映されている。
自由民主党は、5月21日の「提言 令和2年度第2次補正予算の編成に向けて」で、「生活・学びの継続のための支援」として「生活に困っている芸術家・アスリート等の支援」と「基金や地方創生臨時交付金の活用」、「雇用・事業の継続のための支援」として「持続化給付金の対応強化」、「地域の基盤産業等への支援」として「ライブエンターテイメント業界への更なる支援」を、公明党は、5月22日の「令和2年度第2次補正予算の編成に向けた提言」で、「事業継続と雇用を守り抜くさらなる支援策」として、「持続化給付金の増額」「文化芸術・スポーツイベントの中止等に伴う支援」「ライブエンターテイメント業界へのさらなる支援」を、それぞれ盛り込んでいる。
一方野党は、5月15日に、野党統一会派が、「新型コロナウィルス対策等に関する要望事項」で、「立国社共同会派提出の補正予算案組替動議を取り入れること」「持続化給付金の上限増額と支給要件の緩和と新規起業者への配慮、手続きの簡素化・迅速化」を、日本共産党は、4月6日の「新型コロナウィルス感染症対策緊急要望」、同16日の「感染爆発、医療崩壊を止める緊急提案」から一貫して「外出自粛・休業要請などによって直接・間接の損失を受けているすべての個人・事業者に対して、生活と営業が持ちこたえられる補償をスピーディーに実施する」ことを、日本維新の会も「新型コロナウィルス対策に関する提言」の3月4日の第2弾と同25日の第3弾で「自粛されたイベント等に対する補償」、5月13日の第5弾で第2次補正予算に関連して、「持続化給付金の抜本拡充」を、それぞれ提言している。
政党の提言でも共通するのは、文化芸術の支援と補償、持続化給付金の制度設計の見直しと迅速化であり、この認識が国会の質疑へと直結していることが見て取れる。
立法は、それぞれの政党の政策のみならず、当事者たちの切実な声を受け止め、国会の場で指摘し政策に反映させている。特に、持続化給付金の制度上の欠陥への対応は、当事者からの声を立法が受け止め、国会の場で議論がなされ、結果として令和2年度第2次補正予算に反映される見込みである。現場の、当事者の切実な声をいかに吸い上げ、理解し、伝え、政策に反映させるのか、引き続きの課題といえるだろう。

◆音楽界の動き
5月中旬以降の音楽界の動きは、業種別ガイドライン策定と、持続化給付金など支援策の推進が大きな動きとなっている。
5月4日の「基本対処方針」は、事業者と関係団体に対し、同日付の専門家会議の「提言」を参考に、業種や施設ごとのガイドライン策定推進をうたっていた。これに伴い、業界団体がガイドラインを策定していく。音楽に係るガイドラインとしては、「劇場、観覧場、映画館、演芸場」と「集会場、公会堂」、「遊興施設」、「生活必需品物資供給」のそれぞれの業種毎に策定された。
公益社団法人全国公立文化施設協会が、5月14日に「劇場、音楽堂等における新型コロナウィルス感染症拡大予防ガイドライン」と同25日にはその改訂版を、公益社団法人全国公民館連合会が、5月14日に「公民館における新型コロナウィルス感染症拡大予防ガイドライン」を、同日には日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合が「レンタル業界における新型コロナウィルス感染症対策拡大防止ガイドライン」と同22日に改訂版を、同25日には、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会・一般社団法人日本音楽事業者協会・一般社団法人日本音楽制作者連盟が「音楽コンサートにおける新型コロナウィルス感染症対策予防ガイドライン(無観客公演関係)」を、同日には一般社団法人日本カラオケボックス協会連合会・一般社団法人カラオケ使用者連盟・一般社団法人全国カラオケ事業者協会が「カラオケボックス等の歌唱を伴う飲食の場における新型コロナウィルス感染症拡大予防ガイドライン」を、6月11日には、クラシック音楽公演運営推進協議会が「クラシック音楽公演における新型コロナウィルス感染拡大予防ガイドライン」を、それぞれ発表している。また緊急事態舞台芸術ネットワークや、一般社団法人全日本合唱連盟も、ガイドラインを策定予定となっている。
既に発表されたガイドラインは、いずれも感染防止のための「密閉空間」「密集場所」「密接場面」の回避を大前提にリスク評価を行った上で具体的対策を掲げていて、これらのガイドラインに沿う形で、個々の業種が営業上の施策を講じながら、試行錯誤の中で活動を序々に再開している。

音楽界の動きとしては、実演家や演奏団体、劇場・芸能事務所や実演団体が協議会等を組織して、業界全体として現状に対応する動向が特徴的である。既に、ライブハウスやナイトクラブ、劇場の営業自粛に危機感を抱いた実演家やクリエーターなど幅広いアーティストやスタッフが賛同して参加している「♯SaveOurSpace」 が、3月27日に助成金交付の署名活動を開始し、4月1日には署名や要望書を与野党の議員に提出し、「♯SaveOurLife」へと活動を発展させていると同時に「SAVE the CINEMA」や「演劇緊急支援プロジェクト」と共同して「♯WeNeedCulture」として文化芸術復興基金創設に向けた取り組みを継続し、5月22日に、文化庁長官、文部科学大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣あてに要望書「WeNeedCulture―文化芸術復興基金をつくろう―」を提出している。
また 5月20日に、一般社団法人日本クラシック音楽事業協会・公益社団法人日本オーケストラ連盟・公益社団法人日本演奏連盟や全国のクラシック音楽公演を開催する公共・民間ホールが参加して、「クラシック音楽公演運営推進協議会」が、5月24日には、劇場や音楽・芸能事務所や企業、日本演劇興行協会、劇団が参加して「緊急事態舞台芸術ネットワーク」が発足し、危機管理やガイドライン策定、再開に向けた取り組みや支援などを連携して取り組んでいくネットワークを形成している。
これらの要望や声明は、実演家や実演団体、劇場や関係者への経済的支援、自粛要請のガイドライン策定、公演再開後の支援といった問題を、共通の課題として提示している。実演家やスタッフ、団体への支援と同時に、再開に向けたガイドラインや指針の策定、今後の危機対応に備えたシステム構築など、音楽界が他の文化芸術領域とも協同しながら課題解決に向けた取り組みを推進し、立法と二人三脚で行政への働きかけを行っていることは、意義ある取組みとして評価すべきだろう。この動きに、私たち音楽を聴き、演奏する者が賛同し、大きなうねりを形成して、今後の音楽文化の深化に繋げていくべきと思える。

◆おわりに
東京都は「東京都ロードマップ」に基づき、6月1日に「STEP2」に、同12日には「STEP3」に移行すると共に、同2日に「都内の感染状況を都民の皆様に的確にお知らせし、警戒を呼び掛ける」目的で「東京アラート」を発動し、11日に解除した(しかし、この「東京アラート」が、いつ発動され解除されたのか、東京都HPには一切記載がない)。
また、専門家会議も対策本部も、3週間毎に状況を見ながら段階的に基準を見直していくことになっている。
今後、新型コロナウィルス感染症が、収束の方向に向かうのか、感染の第二波が来るのか、予断を許さない。数年がかりで、感染と収束が繰り返されるのかもしれない。そんな中にあっても、本稿で指摘したように、音楽活動再開に向けた取り組み、実演家やスタッフ、実演団体など関係者の取組みと連携が、立法と共に具体的な施策として、行政を突き動かしている。
この懸命な努力と調整を、私たちももっと自らのことと受け止め、可能なことから協調しなければいけない。当面は試行錯誤で手探りの状態であるが、新たな音楽文化の提示もなされつつある。この新たな取組みは、しかし、本来の姿である、ホールや劇場、ライブハウスという空間で、同じ空気の振動や息吹を感じるライブに連なるものでもあろう。(2020年6月12日脱稿)

(2020/6/15)

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戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)
1963年東京都生まれ。立命館大学産業社会学部卒。洋楽文化史研究会会長・日本大学文理学部人文科学研究所研究員。研究課題は近現代日本の社会と音楽文化。著書に『「国民歌」を唱和した時代』(吉川弘文館、2010年)、『音楽を動員せよ』(青弓社、2008年)、編著書に『戦後の音楽文化』(青弓社、2016年)、『日本の吹奏楽史』(青弓社、2013年)、『日本の合唱史』(青弓社、2011年)、『総力戦と音楽文化』(青弓社、2008年)など。演奏会監修による「音」の再演にも注力している。第 5 回JASRAC音楽文化賞受賞。