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カリフォルニアの空の下|オンライン上の芸術教育プログラム|須藤英子

オンライン上の芸術教育プログラム
Online Art Education Programs

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

子どもたちの学校は、休校のまま学年末を迎えようとしている。カリフォルニアでも各地で外出禁止令が緩和されつつあるが、ここロサンゼルスでは感染者がまだまだ多い。さらに最近は、ミネソタ州の白人警察官による黒人男性暴行死事件に端を発するデモが激化し、新たに夜間外出禁止令が出ている。パトカーへの放火や店舗からの略奪など信じ難い映像の数々に、この国が抱える根深い社会問題が、コロナ禍により一層深刻化していることを痛切に感じる。新年度の学校形態についても、対面授業かオンライン授業かを問うメールアンケートが先日教育委員会から送られてきたが、学校再開には様々な面で難しい判断が迫られることを、親としても痛感している。

外出禁止生活が始まった3月中旬、ニューヨークに住むアヴァンギャルド・ピアニストの恩師マーガレット・レン・タンからメールを受け取った。そこには、「子どもたちをクリエイティブでいさせてね」という励ましの言葉。その後、この言葉を心の支えに日々過ごしてきたが、子どもたちは毎日のオンライン学習が予想以上に忙しく、なかなかクリエイティブな活動はできずに3ヵ月が過ぎてしまった。

これから始まる2ヶ月半の長い夏休みには、ぜひクリエイティビティを育むような活動を、と思いを馳せる。例年子どもたちは、豊富なサマースクールの中から選んだ好きな活動に夏を費やしてきたが、今年は対面でのサマースクールはほとんど開催されない。代わりに、オンライン上のプログラムは充実している。アート分野に限っても、初心者向けのものから専門性の高いものまで、様々なアクティビティがある。中でも、ホールや美術館等の芸術機関が提供する教育プログラムは、無料のものも多く魅力的だ。

これまでにもアメリカの芸術機関は、各々のアーカイブ等を生かした教育プログラムを積極的に行ってきたが、コロナ禍を機に、それらをオンライン上でも充実させつつある。学校教育の一部としてアレンジされたものから、家庭での情操教育としてコーディネートされたもの、またプロを目指す若者向けの専門性の高いものまで、内容は様々だ。今回はそれらの中から活発な取り組みを、各ホームページへのリンクと共にご紹介したい。

◆音楽機関によるオンライン教育プログラム

メトロポリタン歌劇場
子どもたちの自宅学習支援の一環として、オペラへの理解を深め、それを楽しむためのプログラムを、毎日ストリーミング上で公開している。子どもたちは毎週一つのオペラについて、週の前半はZoomやFaceBook上でのライブイベントで歌手や専門家と直接話し合い、週の後半はそのオペラのアーカイブ動画を鑑賞する。学校のオンライン授業の一部を、一週間を通してそのまま肩代わりできるようなプログラムを、パッケージとして提供している。

カーネギーホール
以前から力を注いできた様々な教育プログラムを、自宅学習を支援するツールとして改めて打ち出している。世界各国の音楽を学ぶ“Musical Explorers”というプログラムでは、子どもたちは多くの動画に触れながら世界中の音楽を学び、最後にアーカイブ上の子ども向けコンサート動画を鑑賞する。その他、これまでに行われたワークショップ等の動画を用いて、ユースオーケストラやプロの音楽家を目指す若者、また音楽教師等への専門性の高いコンテンツの提供も行っている。

アメリカ音楽協会
室内楽作品の鑑賞をメインとした、膨大な教育的コンテンツを持つ。中でも一週間ごとのテーマに沿って、毎日異なる作品を学ぶ子ども向けのプログラムが充実している。子どもたちは、その日の楽曲を動画で鑑賞した後、「理解→分析→評価→創造」というサイクルで設計された課題に取り組む。また教育プログラムを総括している作曲家のBruce Adolphe自らが、週一回ストリーミング上で音楽について語るプログラムも開始。さらにプロを目指す若者や音楽教師向けに、これまでに行われたクリニックやセミナー等の専門的な動画も多数公開している。

◆美術機関によるオンライン教育プログラム

グッゲンハイム美術館
自宅学習支援の学校向けプログラムとして、美術館内をクラスごとにバーチャルで巡る“Digital School Tours”を開催。ニューヨーク市の公立学校は無料、その他の学校は有料の予約制で、教員の要望に合わせた内容相談もできる。また“Teaching Materials”として、これまでの展示アーカイブを授業用にまとめた資料を提供。さらに世界中の子どもたちに向けて、Zoomによる有料の工作クラスやスケッチクラス、子ども向け美術館ツアー等も、定期的に開催している。 

ロサンゼルス カウンティ美術館(LACMA)
“Make Art at Home”というプログラムでは、ティーチングアーティストによる自宅で簡単に実践できるアートプロジェクトの動画を、毎週YouTube上で公開している。また“Please Color the Art!”では、収蔵品の中から塗り絵用にアレンジしたポスターを、自宅でプリントアウトできる形で提供。さらに“Free Teaching Resources”では、カリフォルニア州の学習基準に沿って組まれた、美術鑑賞を軸とする学年ごとのカリキュラム案を、資料として多数公開している。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)
収蔵品を用いた子ども向けのアクティビティを“Art-Making Activities”ページにて、またアートへの理解を深めるための教育的ヒントを“Teach art from home”ページにて公開している。また教員向けに、芸術教育の方法論を伝授するオンライン講座を開催。“あなたの教室のための美術館教育戦略”、“テーマで教える”等の題目で、授業でアートを扱う際の効果的な方法について、教育プログラムの専門スタッフが動画やリンク等を用いて講義している。

.◆芸術機関がサポートする学校の芸術教育

ところで、アメリカの公立学校では、音楽や図工が必修ではない。1980年代以降の教育費の削減や、2000年代以降の学力向上政策のために、芸術科目は学校教育から削られてしまったのだ。そのため学校教育の中で子どもたちがアートに親しめるかどうかは、各学校が外部講師を雇う費用を寄付金等から捻出できるか、また各担任が芸術への興味関心を持ち合わせているか等にかかってしまっている。

我が家の子どもたちの学校では、音楽は高学年のみ、外部講師が週一回ギターを片手に歌の授業を行うが、低学年では担任が任意で行う程度だ。また図工は全学年とも、研修を受けたボランティア講師が月一回程度、名作を模した創作の授業を実施する他は、やはり担任の意向に任されている。3月以降のオンライン学習期間中も、4年生の息子は音楽の講師によるプリントや動画を用いた課題に、また1年生の娘は担任による簡単な図工の課題に取り組んでいたが、その他の芸術の授業は行われなかった。

アメリカの芸術機関が提供する教育プログラムに、授業でそのまま使えるようなものが充実しているのも、学校で芸術科目が必修ではないことに関係すると思われる。特に専門知識を持たない担任がアートを授業に取り入れようとする場合、芸術機関が設計したカリキュラムは非常に便利だろう。日本でも芸術機関によるアウトリーチ活動は活発に行われているが、学校では芸術専科の教員による継続的な授業が行われているため、その内容は鑑賞を中心とした特別活動的なものが多いのではないか。

アメリカの教育プログラムでは、その内容も鑑賞に留まらず、芸術を国語や社会等他の教科と結び付けながら学ぶものが多い。オペラを通して登場人物の心情を語り合う、室内楽作品を通して歴史を探る、また現代美術を通して自己を見つめる、廃材からの創作を通して環境問題を考える等、他の分野に芸術を関連付けながら学習を広げていく。そのことにより、学力重視の学校教育でも芸術を取り入れ易くするとともに、社会の中での芸術の立ち位置を確立することにも貢献していると言えよう。

◆芸術教育のオンライン化とアメリカの未来

このような教育プログラムがオンライン上で充実していくことで、アメリカの子どもたちが芸術に触れるチャンスは増えていくだろう。特に学校教育が一気にオンラインに移行した今、教員は質の高いデジタルコンテンツを常に探している。授業に取り込み易い形でまとめられた専門性の高い芸術教育プログラムは、有効な授業アイテムの一つとなり得よう。

私たち保護者にとっても、これらのプログラムをオンラインで利用できる恩恵は大きい。これまで距離や時間の関係で叶わなかったアートの世界に、子どもたちを気軽に連れて行くことができるからだ。他の教科と絡めて設計されたプログラムは、芸術に馴染みのない保護者にもアクセスし易いだろう。これらのプログラムを家庭でも積極的に利用することで、子どもたちは芸術に親しむことができるのみならず、もしもプロの芸術家への夢を抱くならば、専門的なリソースにも簡単にアクセスできるのだ。

芸術機関にとっても、教育プログラムをオンライン上で発信することにより、より豊かな実りが期待できるだろう。社会への貢献をアピールすることで、寄付への理解を促すことができる。また子どもたちに投資をすることは、将来の観客の開拓にも繋がる。それらをオンライン化することで、対象はにわかに世界へと広がっているのである。

芸術文化を通して心を耕し、他者と協調しながら社会を立て直していくことが、今こそ必要だ。芸術教育のオンライン化は、未来を形作る子どもたちに、そのチャンスをもたらすことができる。コロナ禍に連なる情勢不安により、ますます混迷を極めるアメリカ社会にあって、義務教育から芸術科目を排除してきた歴史を省み、子どもたちに芸術文化を与えていくことこそが、この国を救う一つの有効な手段ではないかと、切に思うこの頃である。

(2020/6/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学んだ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。