本村睦幸リコーダーシリーズ第13回 ヴァレンタインの日に ヴァレンタインのソナタ|大河内文恵
本村睦幸リコーダーシリーズ第13回 ヴァレンタインの日に ヴァレンタインのソナタ
Valentine’s Sonatas on Valentine’s Day
2020年2月14日 近江楽堂
2020/2/14 Oumi-Gakudo
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 斉藤文誉/写真提供:デ・ルストホフ
<演奏> →foreign language
本村睦幸(リコーダー)
角谷朋紀(ヴィオローネ)
中川岳(チェンバロ)
<曲目>
ロバート・ヴァレンタイン:ソナタ作品2の9 イ短調
アルカンジェロ・コレッリ:ソナタ第2番ト長調(作品5-10ウォルシュ編曲版)
R. ヴァレンタイン:ソナタ作品3の12 ヘ長調
~休憩~
ジュゼッペ・ヴァレンティーニ:シンフォニア ハ長調[パオロ・パレンジの手稿譜より]
ベルナルド・パスクィーニ:フォリアによるパルティータ
:パッサカリア 変ロ長調
R. ヴァレンタイン:ソナタ第5番ト短調(作品13-3)[パオロ・パレンジの手稿譜より]
~アンコール~
アレッサンドロ・スカルラッティ:リコーダーソナタ へ長調 よりラルゴとミヌエット
フランチェスコ・マンチーニ:リコーダーソナタ第12番 ト長調 より終楽章アレグロ
これを書いている現在(2020年3月上旬)、この演奏会を思い起こすと、もうずっと前の遠い記憶のような感慨がある一方、演奏会そのものはありありと思い出せそうなリアルな現実味をもっている。前者については演奏会の内容には直接関連するものではないが、ここに記すことをご容赦いただきたい。新型コロナウイルスへの感染拡大防止のため演奏会を含む多くのイベントの中止や延期がおこなわれるようになった2月末以降から振り返ると、2月14日に普通に演奏会が開催されていたことが幻のように思えてくるのだ。
さて話を戻そう。ヴァレンタインという名前の作曲家の作品をヴァレンタイン・デーにおこなうという機知に富んだ企画。ヴァレンタインは18世紀前半にイタリアで活躍したイギリス人作曲家で、イタリア風に読めばヴァレンティーニ。演奏会前に彼の作品をいくつか聴いてみたが、シンプルでどの曲も1つの楽章が1分ほどの短い曲ばかり。これで2時間の演奏会が組み立てられるのだろうか?いったいどんな手を使うのだろうか?好奇心が掻き立てられた。
1曲目が始まる。一見、素朴な味わいに聞こえるが、一歩踏み外したら子どもの発表会になってしまいそうなところを、それとは感じさせないところに本村のリコーダー奏者としてのキャリアを感じた。
2曲目は同時代人としてコレッリの作品。こちらは通常よく演奏されるものではなく、ロンドンのウォルシュという出版社の出版譜による演奏。この出版社はヘンデルの楽譜の出版で知られるが、当時の人気オペラや器楽作品を演奏しやすい編曲版で多数出版しており、その中にコレッリが含まれるというのはロンドンでの彼の人気ぶりを裏付けるものでもある。ヴァレンタインの故国でイタリア音楽がこのように受容されていたという意味で、二重三重に意味深い。
ヴァレンタインの曲に続けて聞くと、コレッリの曲がまさしく「コンサート向け」の曲であることがありありとわかる。コレッリの原曲はヴァイオリン・ソナタなのだが、ヴァイオリンとリコーダーとでは音域が異なるので、リコーダーで出ない音域の部分を中心に書き換えられている。それを差し引いても、旋律そのものや曲の展開に惹きつけるものがある。コレッリが当時人気作曲家であったことが実感できた。
前半最後は再びヴァレンタインのソナタ。本村は今回曲によって楽器を変えており、この曲を演奏したものはよく鳴る楽器で、明るい音色をもつ。楽器の違いというだけでなく、1曲目よりも聴きやすさが増している。第1楽章の最後のほうで、何調なのかわからなくなる不思議な曲調のところが心に残った。
後半はローマで活躍した同姓のジュゼッペ・ヴァレンティーニのシンフォニアから。この作品と最後の作品はパルマにあるパオロ・パレンジの手稿譜によって伝承されているもので、最初のGraveは息の長い旋律が印象的、つづくAllegroでは同じく息の長い旋律ではあるものの、器楽的な旋律になる。
最後のMinuettoではヴィオローネのソロ部分があり、角谷のヴィオローネの音色が堪能できた。角谷のトークにあったように、ヴィオローネはチェロとコントラバスの中間の音域をもつ楽器だが、足して2で割ったというよりも、両者を足した1.5倍の音域をもつ楽器である。正確にはヴィオローネからチェロとコントラバスが分化していったわけだが、チェロにはない低音の魅力とコントラバスでは出ない高音の艶やかさがあって、この楽器が消えてしまったことが残念に思われた。
続いてチェンバロの中川のソロ。パスクィーニの『フォリアによるパルティータ』はよく演奏される曲だが、始まった途端に驚いた。チェンバロ1台を一人で演奏しているはずなのに、室内楽を聴いているようなのだ。チェンバロというのはモダン・ピアノのように音量や音色を大きく変えることはできないので、声部を弾き分けるのは難しいはずなのに、まちがいなく数人で弾いているような立体感がある。一種の変奏曲になっているために、次々と出てくる曲想に聞き入っているうちにあっという間に終わってしまった。
つぎの『パッサカリア 変ロ長調』でも、特別なことは何もしていないのに、その曲のもつ世界観がすっと伝わってくる。楽曲に対する深い洞察とそれを着実に表現する術をもつ奏者であることを確信した。
最後はヴァレンタインのソナタで、この作品はコレッリばりの息の長いゆったりした旋律をもつAdagio、器楽的で連打の伴奏が特徴的なAllegro、急速な3拍子のAllegroと、これまで聞いてきた緩急緩急の楽章構成であるにもかかわらず、最初の曲のような素朴さはもはやなく、ロンドンで出版された作品であることが容易に肯ける。
本日の演奏会では、比較的長めのトークを交えて展開されたということもあるが、ヴァレンタインの短い曲はリピートをおこなうことによって、曲全体のヴォリュームと聞きごたえを確保していた。それがただの繰り返しに聞こえず、最初のメロディーに戻ったなと気づいても、そういうものかと納得させてしまうあたり、奏者の力量のなせる業であろう。
アンコールの2曲も含め、ヴァレンタインの作品をざっと眺めた印象からは、このように豊饒な2時間を過ごすことができるとは想像することすらできなかった。こういうことがあるから、コンサート通いはやめられないのだ。
(2020/3/15)
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<players>
Recorder: Mustuyuki MOTOMURA
Violone: Tomoki SUMIYA
Cembalo: Gaku NAKAGAWA
<program>
Robert Valentine: Recorder Sonata in Aminor op. 2-9
Arcangelo Corelli: Sonata II in G major (arranged from op. 5-10, published by Walch)
R. Valentine: Recorder Sonata in A minor op. 3-12
–intermission–
Giuseppe Valentini: Sinfonia in C major [from a manuscript by Paolo Parensi]
Bernardo Pasquini: Partite diversi di follia
: Passagagli ( in B flat major)
R. Valentine: Sonata V (op. 13-3) [from a manuscript by Paolo Parensi]
–Encore—
Alessandro Scarlatti: Largo and Minuet from Recorder Sonata in F major
Francesco Mancini: the finale Allegro from Recorder Sonata No.12 in G major