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カリフォルニアの空の下|教育のデジタル化|須藤英子

カリフォルニアの空の下
Under the California Sky

教育のデジタル化
Digitization of Education

Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)

◆“テレワーク” ならぬ “テレスタディ”?!
真っ青な空にキラキラと輝く太陽。そんなカリフォルニアでも、新型コロナウイルスの市中感染が確認され始めた。私が住むロサンゼルス郊外のこの町は、アジア人率が35%とかなり高いが、それでも少し前までは差別的な空気を多少なりとも感じた。しかし今はそれよりも、どこに潜むか分からないウイルス自体へと、街中の警戒意識がシフトしてきた気がする。マスクや消毒液は店頭からすっかり姿を消し、水やトイレットペーパー等も品薄になりつつある。

私自身も、当初は差別からの逃避、最近ではウイルスへの警戒から、買い物やヨガなどで公共の場に行くことを避けるようになった。代わりに家に居ながらAmazon.comで買い物をし、YouTubeでヨガに励んでいる。ウイルス問題以前にオフィス通勤を“テレワーク”に切り替えたご近所さんも数人いるが、今ではその働き方が最も安全であろう。発達したIT環境の恩恵を感じる機会が、最近特に増えている。

子どもへの感染例は少ないとされるウイルスではあるものの、この状況下、“テレワーク”ならぬ“テレスタディ”がもし可能なら、その方が安心ではないか、と考え始める。“テレスタディ”…我が家の子どもたちが通う公立小学校の状況を見ると、それはまだ難しいかもしれないが、全く不可能でもない気がする。日本でも、一人一台の端末配備を目指す「GIGAスクール構想」予算案が、先日可決されたところだ。近い将来 “テレスタディ”が実現する日も来るのではないか。そんなことを夢想しながら、今日はアメリカの教育のデジタル化について、ご紹介したい。

◆日常的に使われるデジタルツール
「今日は学校のWi-Fiが壊れてたから、タブレットが全然使えなかったよ…」。ロサンゼルス郊外の公立小学校に通う4年生の息子が、先日こうボヤきながら帰宅した。毎日学校で使っているデジタル教材がその日は使えず、一日中プリントや教科書など紙の教材だけで授業をしたという。

息子のクラスでは、一人一台ずつ無料で貸し出されたタブレットを、毎日学習に用いる。英文読解や算数のアプリケーションに日課として取り組み、テストやプロジェクト発表もタブレット上で行う。紙の教材を使いながら先生が口頭で進める従来型の授業も日々実践されているが、その中でもよく動画などのネットソースを見るという。雨の日の休み時間にはタブレット上の教育的ゲームで遊び、生徒会役員の選挙ではデジタル投票が行われるというから、驚きだ。

「タブレットや動画で勉強すると、色んなことをたくさん知れるから面白い」、と息子は言う。確かに、例えば英文読解のデジタル教材では、あらゆる分野の無数の文章が読み放題だし、先生が選んだ動画では、学習内容をより広く深く理解することができる。画面の向こう側には、広大な知識の世界が広がっているのだ。

◆デジタル教材の便利さ
そもそも先生方が、ご自身のパソコンや携帯電話を教室で常に使われるお姿に、渡米した当初の私は衝撃を受けた。子どもたちがデジタル教材に取り組む間、授業の準備のみならず、メールや電話を通じた親とのやりとり、そして時には教室に必要な備品のネットショッピングまで、ご自身のデバイスを使って颯爽となさる。良い授業と学級運営のためには、便利で効率的なものはどんどん使うべきなのだ!そこには、規制も縛りもない。

子どもたちのデジタル教材への取り組み状況(学習時間や正答数など)も、先生方はご自身のデバイス上で瞬時に確認できる。その上、AIが自動的にそれらを解析したデータを見て、個々人の得意不得意を把握することも容易にできるのだ。このことから、一人ひとりのペースに合わせて効果的に能力を引き上げる“教育の個別化”が、実現可能になるという。

デジタル教材は、宿題としても頻繁に使われる。子どもたちは家のパソコンやタブレットを起動し、学校でも使用するアカウント番号を用いて個々のポータルサイトにログイン、宿題のアプリを開き学習の続きに取り組む。もちろん先生方はその進捗状況も全てご存知だ。ごまかしは…、きかない。最近ではGoogle Classroomというアプリにログインし、先生がそこにアップロードされた回答を見ながら答え合わせをしたり、同じ時間にログインした友達とそこでチャット(文字による会話)議論をしたりする宿題も、増えてきた。

◆アメリカの教育デジタル化
このように、子どもたちが日常的にコンピューターやタブレットを使う教育のデジタル化が、アメリカでは進んでいる。もちろん地域や学校の資金力、また先生方のITリテラシーによって、その導入具合に差はあるだろう。しかし特にオバマ政権以降、その動きはますます加速している。

カリキュラムとしても、整いつつあるようだ。まず小学校低学年でタイピングの技術を学び、その後スペリングや計算、読解の学習へと続く。これらはゲーム的な要素の強いアプリ上で行われるため、子どもたちは遊びの延長上で楽しく取り組める。小学校中学年になると、プレゼンテーションの作成や発表等でもデジタルツールを使うようになり、中学生に至っては、各授業での宿題や課題、自身の成績等も、生徒自身が日々ポータルサイト上で確認管理するようになるという。

また、ホームスクールやチャータースクールなど様々な学校の形態が認められているこの国では、オンラインスクールが公立の義務教育機関として運営されている地域まであるそうだ。病気や不登校、親の方針など、様々な理由から学校に通うことができない生徒が、ここでは授業やテストの全てをオンラインで受講する。先のようなデジタル教材に加え、スカイプ等のビデオ電話機能を使った対面式の授業等も、柔軟に行われているようだ。Wi-Fiとデジタル端末さえあればどこでも教育を受けられる環境が、アメリカでは整いつつある。

◆デジタル化された教育の先にあるもの
「新型コロナウイルスで学校がもし休みになったら、家のパソコンで学校と同じ勉強できるかな?」と、我が家の子どもたちに聞いてみた。4年生の息子の答えは、「STMath(算数アプリ)とかAchieve3000(英文読解アプリ)はできるけど、プロジェクトで友達と話し合うことができないよ…あ、Google Classroomでチャットすれば、できるかも!でもそれだと、話しがなかなか進まないな」とのこと。なるほど、“テレスタディ”は不可能ではなさそうだ。一方1年生の娘の方は、「ムリ!」と一蹴。デジタル教育初歩段階の低学年では、やはりまだなかなか難しいのだろう。

ただ、学校に行く理由は、学力のためだけではない。友達や先生と触れ合うなかで、日々のささやかな出来事から学び、人間力を磨いていくことも大切なことだ。特に低学年は、その基礎を築く大事な時期でもあろう。何より来たるAI社会においては、その人間力こそが最重要課題とも目されている。休み時間が楽しみで学校に行く我が家のような子どもたちにとっては、友達との自由な遊びがない“テレスタディ”は、学校とは呼べないのかもしれない。

近年「ミネルバ大学」というアメリカの新しい大学が、世界一の難関大学として注目を集めている。キャンパスは持たず、授業は全てオンライン、代わりに学生は、世界7都市で共同の寮生活をしながら、各都市ならではの問題解決型プロジェクトに多くの時間を当てる。オンラインでの学びとオフラインならではの学びとを、究極の形で融合させたこの大学は、最先端の“テレスタディ”の在り方を示しているのではないか。

ところでこの“問題解決型プロジェクト”というフレームワークは、もしかすると、私たち芸術に関わる者が昔からやってきたことと重なりはしないか。混沌の中から新しい価値を見出し、周囲との協働の中でそれを実現していく…。これはまさに、作品創造のプロセスでもあろう。
“テレスタディ”への夢想が、思いがけず芸術の領域まで来てしまった。次回はこの問題解決型の新しい教育について、ご紹介していきたい。それまでには新型コロナウイルスをめぐる世界情勢が、少しでも良くなっていることを願いつつ…。

(2020/3/3記)
(2020/3/15)

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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学んだ。04年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。