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B→C 山澤慧チェロリサイタル|齋藤俊夫

B→C 山澤慧チェロリサイタル
B to C Kei Yamazawa Cello Recital

2020年2月18日 東京オペラシティリサイタルホール
2020/2/18 Tokyo Opera City Recital Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団

<演奏>        →foreign language
チェロ:山澤慧

<曲目>
久保哲朗:『空間における連続性の唯一の形態』
     (2019~20、山澤慧委嘱作品、世界初演)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007から
     「プレリュード」「アルマンド」「メヌエット」「ジグ」
向井航:『ラス・メニーナスによる』
    (2020、山澤慧委嘱作品、世界初演)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV1009から
     「プレリュード」「ブレ」「ジグ」
高橋宏治:『踊りたい気分』
     (2019、山澤慧委嘱作品、世界初演)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011から
     「プレリュード」「サラバンド」「ジグ」
茂木宏文:独奏チェロのための『6匹のカエルと独り』
     (2019、山澤慧委嘱作品、世界初演)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調BWV1008から
     「プレリュード」「クラント」「メヌエット」「ジグ」
平川加恵:『RUSH TO THE PAST!』
     (2019、山澤慧委嘱作品、世界初演)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調BWV1010から
     「プレリュード」「サラバンド」「ジグ」
坂東祐大:『カデンツ/アンバランスとレトリックのためのエチュード』
     (2019~20、山澤慧委嘱作品、世界初演)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調BWV1012から
     「プレリュード」「ガヴォット」「ジグ」
(アンコール)
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番より「サラバンド」

 

久保哲朗作品を聴いて、筆者はまず「?」となってしまった。チェロの弦や駒やテールピースや側板など色々な所を擦ったりノックしたり、奏者の息で「シュー」という音を鳴らしたりと、喩えるならば、有声音ではなく無声音のみの〈カサカサした〉音が延々と続く。何故に「?」となったかと言うと、「山澤慧にしては凡庸な音楽」としか感じられなかったからである。作品が悪いのか?山澤が足りないのか?
久保作品からアッタッカで続いた(今回、新作とバッハは全てアッタッカで演奏された)バッハの無伴奏第1番を聴いて、「?」と同時に「!」が加わった。異常に音がきしんでおり、テンポもリズムも慌てている。ロマン的でも幾何学的でもなく、〈カサカサした〉バッハ。こんなバッハの無伴奏第1番は初めてである。「どうした山澤慧?!」「何が起きたんだ?!」と思わざるを得なかった。

向井航作品、弓毛が大きく曲がり、4弦を全く同時に弾くことができる、筆者所蔵の弦楽器特殊奏法技術書にあるバロック・ボウを改良したもの、もしくは筆者の知らないバロック・ボウの一種か何かを用いて、和音単音ピチカート特殊奏法など、手を変え品を変え、実験的な映画の異常に速いモンタージュのような目まぐるしい音楽的展開を見せる。と思ったら、通常の弓でバッハの一部が挿入され、それがまた色々な技術・楽想とモンタージュされて終わる。
そしてバッハの無伴奏第3番、これまた「?!」であった。とにかく音楽的展開が速い。そして粗い。聴いていて全く安らげない。「ブレ」「ジグ」の舞曲も暗黒舞踏的身体性とでも言うべきか、音と音の間に何かが詰まっていてそれが耳の中に入ってくるような感覚。
ここで「そうか山澤慧!」と閃いた。バッハに倣った現代音楽を委嘱し演奏しているのではなく、バッハのプレリュードのプレリュードとして書かれた現代音楽の鋳型にバッハを嵌め込んでバッハをメタモルフォーゼさせているのか、と。先の久保・バッハ第1番の〈カサカサっぷり〉も意図的であったに違いない。

高橋宏治作品、軽快な舞曲風の楽想と、そこから外れた音でのロングトーンが交互に反復され、歪んでいく。舞曲風の楽想も変容し、ロングトーンだけではなくアルペジオやピチカートなども使われ、しかし交互に反復する運動は続く。「踊りたい気分」に意地悪をするような作品。
そこからのバッハ無伴奏5番は、悲劇的過ぎてこっちの気分が引いてしまうような粘っこいテヌートがやたら効いている。と思えば速い所は機械的にゴリゴリ突き進む。感情過多な所と力押しする所との対照っぷりが、なんというか「バンカラ」「硬派」なバッハであり、これで踊る人がいるならばよほどの人物であろうと思ってしまった。

ここまでで約1時間。恐ろしいチェロリサイタルに立ち会っている、という雰囲気が休憩中も会場中に立ち込めている。

茂木宏文作品、木製の洗濯バサミで弦をかしめて、ウシガエルのような「ゲコゲコ」した音を弓奏しながら、左手のピチカートでバッハの断片を模倣する。もしかするとウシガエルもバッハを模倣していたのかもしれない。ゲコゲコゲコゲコ……。
ウシガエルの後のバッハ無伴奏第2番はその落差が嫌らしい程に、実に滑らかなバッハ。いや、厚化粧をした田舎のご婦人とでも言えるか?速い箇所はしゃなりしゃなりと「お上品ぶって」いる。ウシガエルの後にこんなバッハを聴かされるのはアイロニーか、ユーモアか。

平川加恵作品は、ポピュラー音楽の細かなジャンルはわからないが、ハードボイルドな、昔クロノス・クァルテットが「パープル・ヘイズ」を弦楽四重奏で演奏したような曲調。音を奏でるというよりは音を刻むようなビートの効いた曲。
となるとバッハの無伴奏第4番もハードボイルド足らざるを得ない。テヌートなどはなく、ロングトーンも必要最短で、サラバンドでもフレージングを切りまくって、スパスパザクザクと音が刻まれていく。こいつぁクールなバッハだぜ。

坂東祐大は特殊奏法によるきしみ、フォルテシモで歪んだロングトーンから脈絡なくジャガジャガジャガと擦りまくり、また特殊奏法によるロングトーン、ジャガジャガジャガ、の反復が様々な奏法で繰り返される。最後は異常に太い音で奇妙に壮大に終わる。
最後のバッハの無伴奏第6番、速弾き部分は流石に疲れの色が見え、スコルダトゥーラも祟ったのであろう、楽器のチューニングにもズレが。だが、弓の運びもテンポも強弱法も朴直な味わい。と思えば、ガヴォットとジグはもはや軽いのか重いのかわからない、チェロなのかチェロでないのかすらわからないが、とにかく宴もたけなわの喜びに満ちた音楽。
最後のC音でよくやってくれた!と盛んな拍手が。時刻は既に9時10分を回っていた。

同時に複数の音を出す特殊奏法(サブ・ハーモニクスであろうか?詳しくはわからない)を数回延ばして弾いた後に、アンコールにバッハの無伴奏第1番よりサラバンド。思わずため息が出てしまう。

バッハの完璧に均整の取れた無伴奏チェロ組曲によって、これだけ異形の音楽が溢れ出るとは思わなかった。新作を書いた作曲家6人もさることながら、このコンセプトを決め、実現した山澤慧の冒険力に脱帽したリサイタルであった。

関連評:B→C 山澤慧チェロリサイタル|丘山万里子

(2020/3/15)


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<player>
Cello: Kei Yamazawa

<pieces>
Tetsuro Kubo: “Forme uniche nella continuità dello spazio (2019~20,commissioned by K.Yamazawa, world premiere)
J.S.Bach: “Prélude”, “Allemande” , “Menuet” and “Gigue”, from Suite for solo violoncello No.1 in G major, BWV1007
Wataru Mukai: “Las Meninas” (2020, commissioned by K.Yamazawa, world premiere)
J.S.Bach: “Prélude”, “Bourrée” and “Gigue”, from Suite for solo violoncello No.3 in C major, BWV1009
Koji Takahashi: “Feel like dancing” (2019, commissioned by K.Yamazawa, world premiere)
J.S.Bach: “Prélude”, “Sarabande” and “Gigue”, from Suite for solo violoncello No.5 in C minor, BWV1011
Hirohumi Mogi: “Six frogs and a solitary man” (2019, commissioned by K.Yamazawa, world premiere)
J.S.Bach: “Prélude”, “Courante”, “Menuet” and “Gigue”, from Suite for solo violoncello No.2 in D minor, BWV1008
Kae Hirakawa: “RUSH TO THE PAST !” (2019, commissioned by K.Yamazawa, world premiere)
J.S.Bach: “Prélude”, “Sarabande” and “Gigue”, from Suite for solo violoncello No.4 in E flat major, BWV1010
Yûta Bandoh: “Cadenz/etude for unbalance and rhetoric, for violoncello” (2019~20, commissioned by K.Yamazawa, world premiere)
J.S.Bach: “Prélude”, “Gavotte” and “Gigue”, from Suite for solo violoncello No.6 in D major, BWV1012
(encore)
J.S.Bach: “Sarabande”, from Suite for solo violoncello No.1 in G major, BWV1007