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特別寄稿|私のフランス、私の音|(2) 偉大な室内楽|金子陽子 

(2) 偉大な室内楽
L’essence de la musique de chambre 

 Text & Photos by 金子陽子(Yoko Kaneko) 

1.
1987年初頭、桐朋のバイオリン科の友人に、フォーレの室内楽曲のみをバックミュージックに使った美しいフランス映画『田舎の日曜日』(Un dimanche à la campagne)を観に行こうと誘われて、都心の深夜映画に赴いた。映画館としては広いとは言えない畳の部屋に、私達も含めてかなりオタクなお客達が雑魚寝というでの都会の丑三つ時の初体験だった。フォーレの音楽は、日本フォーレ協会にも関わられて造詣深くていらっしゃる恩師徳丸聡子先生からすでに教えを受けていたので幸い馴染みのあるものだったが、フォーレのピアノトリオ、カルテット、クインテットの控え目ながら情熱漲るメロディが、この映画の淡々として美しい、哀愁のある田舎の景色や、時には物悲しい登場人物の内面を、台詞に代わって見事に表現していることに深く感銘を受けた。『田舎の日曜日』がフランスの映画大賞を独占した名画である知ったのは渡仏後であった。 

フランス映画『田舎の日曜日』から

フランス留学の日が近づいた。他の音楽友達からは、お餞別にと、当時発売されたばかりのCDプレーヤーと、フランスERATO社のフォーレのカルテット、クインテットのCD2枚をプレゼントされた。私が初めて手にしたCDであった。しかも、あのフランス映画に使用されてた録音であることを後に知った。 

2.
室内楽とは演奏者全員がそれぞれ対等の立場にあることを前提とした楽曲で、楽器が交互に主張し合い、衝突と対話と協調をくりかえす音楽作品である。言い換えればなんとも人間味に満ち、人間であるためのかけがえのないアティチュードである。自分だけでなく、常にパートナー達の演奏も聴き反応、それぞれのパッセージにおいて、音楽上大切な要素を即座に判断して、必要ならリーダーシップを取って表現する、という作業には、指揮者、ソリスト、伴奏者としての高度な力量、絶え間ない努力と経験が求められる実に偉大な分野である。

3.
フォーレの2枚のCDと共に私はパリの空港に降り立ち、秋にパリ音楽院生としての生活が始まった。クインテットのファーストバイオリン、ジャン・ムイエール(Jean Mouillère)と、ピアノのジャン・ユボー(Jean Hubeau) の演奏に取り分け惹かれ、2人の名をメモし、いつか見つけ出して師事したいと思っていた。

お餞別にもらったエラート社
のフォーレピアノ5重奏曲のCD

その日は意外と早く訪れた。翌夏スペイン国境に近い、フランスバスク地方のサン・ジャン・ド・リュズでの、国際モーリス・ラヴェル・アカデミーに2人が揃って教授として来る事を知り、受講を申請、ジャン・ユボー氏のアパルトマンの応接間に早々と私は面接の為迎えられた。すでに退官していたユボー氏は・誰もが認める真の名ピアニストであっただけでなく、ポール・デュカスの徒である優秀な作曲家でもあった。ERATO社にシューマンのピアノ室内楽曲全集、フォーレの室内楽全集を録音後、病と密かに闘いながら強い意志でフォーレのピアノ曲全集を録音中であった。フォーレの、取り分け後期の作品が好きだと、たどたどしいフランス語で言い張る私を、分厚い老眼鏡の奥からユボー氏は暖かい驚いた瞳で見つめた。

4.
作曲家の立場になってみよう。『ヴァイオリンソナタ』は『ヴァイオリンとピアノのための対等なソナタ』であり、『デュオ』とも呼ばれる。そこには<伴奏>という言葉も概念も存在しない。そしてトリオ(三重奏)カルテット(四重奏)、クインテット(五重奏)において、それぞれの場面で主役を勤める楽器があるとしても、皆対等ということには変わりはない。
演奏とは作曲家の意図した音による芸術を具体的に楽器又は声によって音響によって空間を通じて観客に伝える行為である。作品が書かれた目的、時代背景、作曲に使われた楽器、社会的状況を考察しつつ、作曲家の魂と一体になること。演奏というものは、本来は決して演奏家のエゴを発揮する場でも、採点をされる場でも優勝者やスターを誕生させる手段でもないはずだ。

5.
国際モーリスラヴェルアカデミーでのユボー氏の、作品の核心に触れる厳しいレッスンは、その後に私がイギリスとカナダのアカデミーで師事したハンガリーの作曲家で名ピアニスト、ジョルジュ・クルターク氏 (György Kurtág)と、ボーザールトリオとソロで世界を感動させてきたメナへム・プレスラー氏 (Menahem Pressler)の教えと共に、一生心に深く刻まれるものとなった。そしてユボー氏の弟子でもありヴィアノヴァカルテット創設者、名ヴァイオリニストのジャン・ムイエール氏のパリ音楽院の室内楽クラスに私は入門を許された。
氏の計らいで私を囲む3人のフランス人のやる気に満ちた生徒達とピアノカルテットが生まれた。名前は尊敬するフォーレのファーストネーム、ガブリエル・ピアノカルテット。大学院を含めて5年間に渡る氏との勉強で、フランス音楽と室内楽全般についての伝統と信念を叩き込まれた。イタリアの2つの重要なコンクールで入賞後、私達は次々とCD録音と演奏の機会を与えられて世界に出かけることになる。
世界というのは、必ずしも輝かしい満席のホールという意味だけではなく、フランス各地、とりわけアルザス、ドイツの小さな村々に練習のための数日間の連続コンサートツアーを何度も体験して、この地方で少なくとも30回以上演奏させて頂いた。これらのコンサートは地元の音楽ファンが若手を応援する為に音楽愛好会を作って手弁当で企画するものであった。
又、パリ音楽院の同窓会のアソシエーションでは卒業生からの寄付金や義援金で、私達のカルテットをフィンランドとスウエーデンでの交換演奏会に派遣、ヘルシンキのシベリウスアカデミーの大ホール、同小ホールでコンサートを頂き新聞にも好評がでた。フランスのバンクポピュレール(旧ナテクシス)財団からは、3年に渡る奨学金とガラコンサートの数々を頂いた他、若い才能を紹介する音楽祭からも沢山声が掛かった。
日本でも、私の地元神奈川県で、25年以上前から室内楽愛好会を立ち上げてコンサートを開催されている、平井満先生に、会創設の頃からご支援をいただき、師ジャン・ムイエール氏やガブリエル・カルテットの来日公演が実現した際に演奏の機会を頂いてきた。室内楽は聴衆と間近な距離で演奏するのが実はとても面白い。鵠沼サロンコンサートは、近年では藤沢市鵠沼のレスプリフランセというレストランで月一度の火曜の夜に開催されているが、このような手作りの、アットホームなコンサート形式ももっと日本でも発展して欲しいものだと思う。

6.
室内楽と結婚は似ているかもしれない。上手く行っている時の幸福感は比類が無い反面、トラブルが出現すると地獄のような事態が発生する。プロとしてステージを共にする同士が皆友達であると言う訳ではない。
世界最高峰の国際コンクールで優勝したピアノトリオが仲間割れし、弁護士を立てて契約済みの演奏会をめぐっての争いが始まり、トリオ自体がすぐ解散に追い込まれたり、真っ二つに仲間割れをした弦楽カルテットが、新たな2人のメンバー候補と計6人でコンサート当日に同時に会場に到着した、という驚愕の事態も耳にしたことがある。又はグループとしては世界のトップの活動を続けつつも、旅行やレストランはメンバーの好みの違いを尊重して4人が全くの別行動、というカルテットもあるそうだ。

7.
パリ音楽院を退官後のジャン・ムイエール氏が私と共に始めて今も続いているのが、ラ・ロッシュギュイヨン城 (Château de La Roche-Guyon) の室内楽マスタークラスだ。モネなど印象派の画家が愛したセーヌ河下流の静かなこの村には商店とカフェなどが数件しかないが、毎年春に、将来が楽しみな若い演奏家達が数日間集って、モネの絵でも有名な隣のヴェトイユ村 (Vetheuil) の教会やロッシュギュイヨン城内で室内楽の公開レッスン、リハーサルに深夜まで励む。受講生達のコンサートはすべて録音され、良い演奏は記念CDに収められる。2010年版のCDはその充実した内容で日本でも発売されて好評を博した。

ラ・ロッシュギュイヨン城

東京の深夜映画、友人達からのお餞別のCDのご縁で出会い、32年間室内楽を通じてご一緒してきたムイエール氏から伝授されたことは、音楽家としての生き方の根底を成すもので、演奏する時の一瞬一瞬を全身全霊で燃焼し生きる、と言う事に尽きる。この事は正に人間の一生にも当てはまる。室内楽とは人生の同義語だと言っても過言ではないかもしれない。

最後に2つの余談をご紹介しておこう。ムイエール氏主催で毎年若手達とコンサートを開催している美しいヴェトイユ村が、1987年の深夜に観たあの『田舎の日曜日』のロケ地の一つでもあったということ。
そして、1984年のフランスセザール賞受賞で話題になったこの映画を観るべくパリの映画館に赴いたムイエール氏は、バックミュージックに使われているフォーレの演奏が「なかなか良い」と思いきや、なんとそれが自分自身のCDである!ということに気づき、慌てて著作権料の支払いを請求したという、大爆笑してしまうオチを、今でも面白可笑しい表情で語ってくれる。

ヴェトイユ村の師匠のお宅の
バルコニーから見下ろしたセーヌ河

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金子陽子(Yoko Kaneko)
桐朋学園大学音楽科在学中にフランス政府給費留学生として渡仏、パリ国立高等音楽院ピアノ科、室内楽科共にプルミエプリ(1等賞)で卒業。第3課程(大学院)室内楽科首席合格と同時に同学院弦楽科伴奏教員に任命されて永年後進の育成に携わってきた他、ソリスト、フォルテピアノ奏者として、ガブリエル・ピアノ四重奏団の創設メンバーとして活動。又、諏訪内晶子、クリストフ・コワン、レジス・パスキエ、ジョス・ファン・インマーゼルなど世界最高峰の演奏家とのデュオのパートナーとして演奏活動。CD録音も数多く、新アカデミー賞(仏)、ル・モンド音楽誌ショック賞(仏)、レコード芸術特選(日本)、グラモフォン誌エディターズ・チョイス(英)などを受賞。
洗足学園音楽大学大学院、ラ・ロッシュギュイヨン(仏)マスタークラスなどで室内楽特別レッスンをしている。
これまでに大島久子、高柳朗子、徳丸聡子、イヴォンヌ・ロリオ、ジェルメーヌ・ムニエ、ミッシェル・ベロフの各氏にピアノを、ジャン・ユボー、ジャン・ムイエール、ジョルジュ・クルターク、メナへム・プレスラーの各氏に室内楽を、ジョス・ファン・インマーゼル氏にフォルテピアノを師事。
2020年1月にはフォルテピアノによる『シューベルト即興曲全集、楽興の時』のCDをリリース。パリ在住。