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五線譜のパンセ|芸術家は他人を凌ぐ趣味を持たなくてはいけない!?|近江典彦

芸術家は他人を凌ぐ趣味を持たなくてはいけない!?

Text & Phots by 近江典彦( Norihiko Oumi)

これまで2回このコーナーを担当させて頂き、少々堅い内容が多かったので最後のこの3回目くらいは、軽くユルくと言ったら言葉のニュアンスが違うかもしれないが、自分の趣味に関連するものにしてみようと思う。

さて、実はもうすぐその趣味の一つである革靴のビスポークが出来上がって、この記事が掲載されている頃には筆者が喜び勇んでいるところだと思うが、革靴のビスポークというのは要するにビジネスシューズや若干カジュアル寄り革靴など・・・カジュアル寄り革靴とは、有名なのは例えばアメリカのAlden(オールデン)などに代表される・・、つまりスニーカーではない紳士靴を靴の職人さんに作ってもらう、クラシック関連の方に分かりやすく言うとワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガーの主人公の靴職人、ああいった職人に自分専用に靴を作ってもらうということだ。
まあスニーカーをビスポークすることも全然可能ではある・・・というよりスニーカーの方が製法としては作りやすいと思う・・・が、普通は靴のビスポークというと「高級靴」という代名詞で語られ、特段靴に興味のないみなさんにとっては「そんな豪華なもの!」とか「贅沢~」とか、僕の同級生なんかだと「近江ってブルジョワだよね・・」とか、あるいは単純に「何それ?」という言葉が聞こえてきそうだが、僕に言わせると靴のビスポークというのはそんな低レベルのアホな認識に皮肉を込めながらバカにされる以上に人間にとっては大事なことだと思う。

ここで結論を先に言ってしまおう。筆者は「全ての人間は初めに買う革靴はビスポーク靴にするべき」だと思っている。
一つ目の写真をご覧頂きたい、筆者の木型をご覧になれると思うが、よくよく見ると右側の木型は内側のちょうど親指の付け根になるところを少々盛ってあるのが分かると思う。つまりここの部分は外反母趾になっているのだ。なるほど外反母趾になってるからビスポークすべきなんだね!と思ったそこのあなた、筆者が言いたいのは全く違う。筆者の様に外反母趾にならない様に従前の策として、ビスポークをするべきなのだ。
よく慣れた、足の事についてきちんと知識のある靴職人に初めにビスポークをしてもらう事で、「本当に自分の足に合った」靴がどの程度の感触なのか、足の其々の部分はどの様にフィッティングされているべきか知ることが出来る。
とある非常に優秀な日本の靴職人の方は、合っている靴でありさえすればビスポークで無くても良いだろうと話されていた。恐らく彼は正しい。しかしここにはちょっと落とし穴があって、それは(量販店の様な)靴屋さんの担当者が靴のフィッティングについて熟知していることと、自分が自分の足の特徴をよく理解しているということをクリアしていなくてはいけない。それだけの力量を持った販売員に巡り合うことは稀だし、例えば合っている様に見えても店員さんはあなたの歩き方を普段見ているわけでは無いのでその特徴を細かく知ることはないし、本来は革靴は(合っている前提なら)初めはちょっとキツイぐらいがちょうど良いのだが、一般の量販店だと客が履き心地が良いという方を優先してしまう可能性もある。
初めに最も自分に合う革靴を持つことで、この様な問題をかなり大きい比率でクリア出来るだけでなく、ビスポーク靴はほぼ一生ものなので、例えば黒靴を作れば踵や靴底、爪先などをリペアしながら一生履くことが出来、経済的に余裕が出来てから中堅程度のブランド靴を何足も買っては乗り換えてとするよりも実はコストパフォーマンスが良かったりする。
二つ目の写真はビスポーク靴の仮縫いをしているところである。ビスポーク靴は必ずこの様にお試しの靴を作って、フィッティング具合を見てより細かく自分の足に合う様に作ってもらえる。

ところでこういった高級靴に対して一般の方々が求めているのは「デザイン」の贅沢さなんだと思うが、筆者がビスポーク靴に求めている贅沢さは「健康」である。
いやちょっと待てよ、人類にとっての本当の贅沢とは健康ではないか?特に「精神面での健康」はクオリティ・オブ・ライフに非常に重要な位置を占めていると考えられ、美味しいものを食べるだとか、趣味とか自分の好きなものを買うというのはある意味人類にこそできる最も贅沢な一面かもしれないが、普通は贅沢は不健康なのだが、筆者の場合はさらにその上を行っていて、精神的贅沢が実際の体の健康に結びつくことを求めてしまったのである。

三つ目の写真をご覧頂きたい。いや見てもよく分からないかもしれないが、これはとある整形靴出身のビスポーク職人に作ってもらっている靴の中を写したもので、真ん中付近がふっくら盛り上がっているのが見えるかと思う。
「足」と「健康」というと「マッサージ」や「ツボ押し」を考えるかと思うが、これはまさに靴を履きながらにしてツボを刺激しながらマッサージされているかの様な靴を作りたいと思ってオーダーしたものである。普通はビスポークでもここまではやらないし、多分こんな依頼は断る(笑)。若い職人さんの挑戦する勇気に敬意を評したい。この盛り上がっている位置はツボ押しの自律神経をコントロールする「太陽神経叢」の位置にあり、気管、胃、食道、副腎といったあたりにも(ぴったり作られた靴では歩む毎に足を揉む様に靴が作用するので)微妙に刺激し、歩くだけで揉まれて気持ちよく健康になれるというのを狙ったものである。
芸術家たるもの趣味でも他人をしのぐ趣味を持たなくてはならない・・・という台詞で自分に贅沢させている。

しかしここまで書いて改めて、思い返してみるとなんといっても嬉しくありがたいのはこうした趣味を実現してくれる繊細で勇気のある質実剛健な職人が日本にいるということである。実はビスポークの価格というのはこの10年どんどん上がってきていて、それは日本の職人の質実剛健でセンスの良いところが海外の富裕層に知れ渡ったからでもあり、それはまあ、日本人にとっては嬉しい反面倍の費用が掛かるので痛し痒しだし、とかく外人に評価されて初めて凄さに気づくというのはいかにも日本あるあるのお家芸だけど(もちろん日本の靴職人のレベルの高さに気づいている国内のファンはたくさんいたと思う)。
それはそうと、最後に専門分野の話しを一点(前回の話しと被るが)、素人はとかく有名度や経歴という物差しで価値を図りがちだが、最近も有名な映画をいくつも担当している映画音楽の作曲家がとある重要なポストに付いたので彼の音楽を聴いてみたが、これがもう箸にも棒にも引っかからないマトモな現代音楽の作曲家なら頼まれても書かない様なヒドい曲ばかりで、それに対して世界中の現代音楽(だけじゃ無いけど)の作曲家の中にはまだ気付かれて無いだけで、かなり良い原石より光り輝く良いものが沢山は無いがたまにあって、それを他の人たちが気付く前に知ってしまいたい、そして知ったら「クッソーその手があったか」(創作をする皆さんにはこのニュアンス分かってもらえると思う!)と興奮したいというのが筆者の密かな最もマニアックな趣味である。

★公演情報
うたx箏
2020年4月15日(水)19時開演
日暮里サニーホール コンサートサロン
全席自由 大人3000円/学生1500円
出演
箏・十七絃:吉原佐知子、ソプラノ:薬師寺典子、クラリネット:岩瀬龍太
曲目
渡辺俊哉:委嘱初演~ソプラノ・クラリネットのための~
鈴木治行:委嘱初演~ソプラノ・箏・クラリネットのための~
近江典彦:Drop7(2018)~ソプラノ・箏・クラリネットのための~
趙世顕:Regenbogen(2018/2019改訂)~ソプラノ・十七絃のための~
木下正道:双子素数II(2018)~ソプラノ・箏のための~

(2020/2/15)

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近江典彦(Norihiko Oumi)
作曲家 東京音楽大学非常勤講師
Tokyo Ensemnable Factory代表
norihikooumi.com