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フランチェスコ・ドゥランテ ナポリ、対位法の魔術師|大河内文恵

フランチェスコ・ドゥランテ ナポリ、対位法の魔術師
Francesco Durante Napoli, un mago del contrappunt

2020年1月5日 近江楽堂
2020/1/5 Oumi-Gakudo
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by Shumpei K.  /写真提供:オフィスアルシュ

<演奏>        →foreign language
アンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア
松永綾子(バロック・ヴァイオリン)
山口幸恵(バロック・ヴァイオリン)
朝吹園子(バロック・ヴィオラ)
懸田貴嗣(バロック・チェロ)
渡邊孝(チェンバロ)

<曲目>
(全てフランチェスコ・ドゥランテ作曲)
コンチェルト第6番 イ長調
コンチェルト第4番 ホ短調
コンチェルト 変ロ長調(ジェノヴァ写本)
コンチェルト第1番 ヘ短調
~休憩~
コンチェルト第7番 ハ長調
コンチェルト第3番 変ホ長調
コンチェルト第2番 ト短調
~アンコール~
コンチェルト第6番 イ長調より 3声によるカノン
コンチェルト第2番 ト短調より 終楽章

 

「ドゥランテの協奏曲」と聞いて、その音楽がすぐ頭に浮かぶ人はそれほど多くはないだろう。8曲揃った曲集が現代譜で出ており、楽譜の入手はそれほど難しくはない、にもかかわらずである。いつもなら、1人の作曲家の曲集を全部やりますといった演奏会には気が向かないのだが、ドゥランテの協奏曲ばかりの演奏会と知って一周回って興味がわいた。

8曲全部を1晩の演奏会でやるには無理があり、今回は曲集からの6曲と曲集外からの(ジェノヴァ写本を典拠にした)1曲の全7曲が演奏された。1曲目が終わると、渡邊のトークが始まった。プログラムに掲載された論文と言ってもよいほど本格的な解説の一端を軽妙な語り口で紹介するとともに、対位法で書かれている箇所を、どの旋律がどう受け渡されていくのか奏者の実演を交えながら説明する。その直後の第4番では、2つめの楽章がリチェルカーレ、つまり模倣によって書かれており、その追いかけっこがありありと聞こえてくるではないか!

1曲目の4つめの楽章のカノンを聞いたときに、こういった模倣が聞こえていたはずなのだが、ヴァイオリン2本の音色の美しさと掛け合いの絶妙さに耳を奪われ、すっかり見失っていた。曲の構造を「わかって」聞くのと知らないまま聞くのとで、こんなにも違って聴こえるのか?!と愕然とした。よく、音楽を聴くには理論的な知識や歴史的背景についての知見が必要か否かという議論がなされるが、こういう体験を一度でもしたら、答えは自ずと明らかである。

ヴィオラの朝吹をゲストに迎えてのヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、チェンバロというこの編成だと、第1ヴァイオリンがリーダー格になりそうに思えるが、司令塔になっていたのはチェンバロの渡邊だった。とはいえ、指揮をするわけでも、自分の音楽でぐいぐい引っ張るわけでもない。むしろ、必要ないところでは一切音を出さず、一緒に音楽にノッているだけで、さりげなくリードしつつここぞというときのみガンガン盛り上げるスタイル。

前半最後の第1番では調弦をしていたかと思ったら、渡邊が分散和音を弾き始め、そのまま曲にすーっと入っていった。せーの!で始めるのではなく、気づかぬうちに曲が始まっているこの感じ、洒落ている。この曲は最後に向かってどんどん盛り上がっていく曲で、聴きごたえ充分だった

後半は第7番から。普通に弾いているだけのようなのだが、メロディーがキャッチボールのようにあっちこっちで遣り取りされているのが目にも耳にも心地よい。こうした遣り取りの空間性を感じられるのは、生演奏ならではの愉しみである。

最後の曲は第2番。演奏会の前に音源を聞いた際に、この2番が非常におもしろく、この曲を演奏したいがために本日のプログラムを組んだのではないかと思ったのだが、その通りだったようだ。この曲はどの楽章も旋律の作りが独特で、模倣を重ねることによって音のぶつかりが生じるようにわざと作られている。それによって出てくる独特のねじれとグルーヴ感を彼らは巧みに操り、聴いているこちらの心も操られているかのように踊り、正月休みで停滞していた精神が呼び覚まされた。

アンコールは1曲目の4つめの楽章の3声カノン。説明前に聞いたために聞き逃してしまったまさにその部分である。今度は模倣がしっかり耳に飛び込んできた。至れり尽くせり。アンコール2曲目は最後の第2番の終楽章。本篇では一瞬あれ?と思った箇所があったのだが、アンコールでは危なげない演奏でしっかり締めた。

1月5日というまだ正月気分も抜けない時期の演奏会だったが、これまでのシリーズを聞き逃していたことを激しく後悔した。18世紀の作曲家というと、当時の花形であるオペラ作曲家もしくは宮廷楽長が一番偉いと思ってしまい(その点、J.S.バッハは例外中の例外)、ドゥランテのように音楽教師としてのほうが名高かった作曲家は見過ごされがちである。通り一遍でなく歴史を深掘りしてゆくと、まだまだ宝の山が眠っていると突き付けられたようで、背筋が伸びた。

(2020/2/15)


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<players>
Ensemble Ricreation d’Arcadia
Violino: Ayako MATSUNAGA
Violino: Yukie YAMAGUCHI
Viola: Sonoko ASABUKI
Violoncello: Takashi KAKETA
Clavicembalo: Takashi WATANABE

<programma>
(All pieces are composed by Francesco Durante)
Concerto Sesto in La maggiore
Concerto Quarto in mi minore
Concerto in Si bemolle maggiore (MS. Genova)
Concerto Primo in fa minore
–pausa–
Concerto Settimo in Do maggiore
Concerto Terzo in Mi bemolle maggiore
Concerto Secondo in sol minore
–Encore—
Concerto Sesto in La maggiore  Canone à tre
Concerto Secondo in sol minore  Allegro