評論|「敗戦75年」の音楽文化(2)~文化政策の歴史~|戸ノ下達也

「敗戦75年」の音楽文化(2) ~文化政策の歴史~
Japanese music culture 75 years after the defeat. ~History of Japanese cultural policy~

Text by 戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)

◆はじめに
近年の政治と文化の関わりは密接である。2018年には、内閣官房に設置された「<日本の美>総合プロジェクト懇談会」と協調する形で、「ジャポニズム2018」がフランスで開催された。一方で2019年には、「あいちトリエンナーレ・表現の不自由展」の脅迫や政治家の介入、文化庁の補助金不交付など、政治と文化の現状に直面した。そして今年は、東京オリンピック・パラリンピックに向けて「東京2020 NIPPONフェスティバル」という文化プログラムが展開していく。
文化が、経済や観光などの政策と連動させられ文化立国やパブリックディプロマシ―と共に唱導される昨今だが、近代日本の文化政策には、どのような歴史が存在するのであろうか。本稿では、政治と文化を再考する手掛かりとして、戦時期の音楽に関わる文化政策の一つの事例から歴史を見据えてみたい。

◆「出版法」という法律
戦時期の音楽文化に関わる文化政策のひとつの系譜は、内務省の思想・風俗統制としての舞踏場(ダンスホール)や興行の取締りや、出版法に基づくレコード検閲である。特に出版法という法律に基づく政策のあり様は、今日の文化政策を考える上でも重要であろう。
出版物の取締りは、1893(明治26)年公布の出版法(法律第15号)で開始されていたが、1934(昭和9)年1月から開かれた第65回帝国議会では、「出版法中改正案」「出版物納付法案」「著作権法中改正案」が政府提案され、貴族院出版法中特別委員会で一部修正の上、「出版法中改正案」「著作権法中改正案」が3月25日に可決成立した。「出版物納付法案」は、同月22日の委員会討議で出版法や新聞紙法の法律違反に対する規定との整合が問われ、結局議会では取上げられずに廃案となっている(i)。
「出版法中改正案」の目的は、第一が「皇室ノ尊厳ヲ冒涜スル文書図書ヲ出版スルノ行為ヲ処罰」、第二が「安寧秩序ヲ妨害スル文書図書ヲ出版スル行為ヲ処罰」、第三が「犯罪ヲ煽動スル文書図書ヲ出版スル行為ヲ処罰」、第四が「蓄音機<レコード>ニ出版法ヲ準用」であった。処罰規定が強化されたこと、レコードを出版物として取締ることの二点が改正の目的で、その理由を内務省参与官の勝田永吉は「淫猥ナ音曲ヲ吹込ンデ暴利ヲ食ラントスル者ガアルノミナラズ、之ニ依リ不穏思想ヲ宣伝、又ハ煽動セントスル者漸ク多キヲ加ヘントスル実情」と委員会で説明していた(ii)。レコードを出版物とすることに反対意見はなく、出版法第36条に「発売頒布ノ目的ヲ以テ音ヲ機械的ニ複製スルノ用ニ供スル機器ニ音ノ写調セラレタルモノニ之ヲ準用ス但シ著作者トアルハ吹込者トス」の条文が新設され、同年9月1日に法律第47号出版法中改正法律と、出版権設定とレコードの著作権規定が盛り込まれた法律第48号著作権法中改正法律が、それぞれ公布された。ただ出版物納付法案は議会提出こそ見送られたが、1934年7月に出版法施行規則(内務省令第17号)が施行され、出版物発行に際して内務大臣への指定様式での届出差出(レコード、製品と内容の解説書添付)が規定され事前納付が義務付けされた。
もっとも、両院の委員会では、司法処分の基準の明確化、内務省の検閲基準の客観性、言論の自由との整合などが議論されており、同議会で治安維持法改正が進展していたこともあって、思想統制の厳格化と同時に懸念も表明されていた。それは、1934年3月23日の衆議院出版法中改正法律案委員会第二回の審議で、

「合法的ナル言論ハ何処迄モ之ヲ尊重シナケレバナラヌ」(立憲政友会・星島二郎衆議院議員)
「奇怪ナコトハ正シキ言論ガ抑圧セラレントスル傾向ガアル」(立憲民政党・山枡儀重衆議院議員)

といった与野党の議員発言からも伺える(iii)。このように、立法の議論では、運用形態や検閲基準の問題や矛盾、検閲官の裁量の問題などが指摘されているものの、改正は行政の強い意向を受けて、議会承認を得て可決された。レコード検閲が、法令に基づく政府による文化統制としてスタートしたという、人々の日常を政府が干渉した事実に変わりは無い。それは1934年5月16日の警察部長会議での内務大臣・山本達夫の指示事項「一蓄音機レコードノ取締ニ関スル件」からも明白である。

近時蓄音機「レコード」ノ普及ニ伴ヒ其ノ社会ニ及ボス影響ノ益々増大セルニ鑑ミ今般出版法ノ改正ヲ行ヒ蓄音機「レコード」ニ対シテモ亦同法ヲ準用スルコトトセリ蓄音機「レコード」ノ検閲ハ今回始メテ施行セラルル所ナルヲ以テ予メ其ノ取締方法ニ就キ考究ヲ遂ゲ又当業者ニ対シ取締ノ趣旨ヲ周知セシムル等改正規定ノ運用上過誤ナキヲ期セラレタシ」(iv)

◆レコード検閲の実態
その後のレコード検閲は、内務省がレコード業界を集約し懇談会という形で施策を業界に周知し徹底させていくこととなるが、実際の検閲が、検閲官の主観に基づき運用されていたことは、以下の事実からも明白である。
レコード検閲の典型的な事例が、1936(昭和11)年3月にビクターから発売、同年6月に発売頒布禁止となった、《忘れちゃいやよ》(作詞・最上洋、作曲・細田義勝、歌唱・渡辺はま子)だった(v)。この楽曲について、内務省警保局図書課の検閲官だった小川近五郎は、

「問題は、最後の括り文句の「ねえ、忘れちゃ嫌よ」の歌い方にある。「ねえ」で甘えてみせて「いやーんョ」と鼻へ抜けた発声で、しなだれかかったエロを満喫させようとする手法は感心する程巧者なものであった。無論この歌は問題となって兎角の論議を生じたのであったが、当時この歌い方を文章でどういう風に表現したらよいものかと思案した揚句“恰も婦女の嬌態を眼前に見る如き官能的歌唱”と書いてみたことを記憶している」(138ページ)

と述べていた。《忘れちゃいやよ》の発売頒布禁止処分の最大の問題点は、既に事前納付され検閲を通過し発売されたレコードがヒットして類似のレコードが続々と発売されたことに危機感をもった内務省が事後になって処分を行なったこと、あくまで演奏法が官能的歌唱であるという検閲官の主観的な価値観に基づく判断で処分がなされたことであり、明らかな出版法の条文を逸脱した恣意的な運用がなされたのである。
レコード検閲は、敗戦に至るまで継続するが、日中戦争が流行歌への統制強化となったことは、小川の言説からも明白である。

「実を言うと、風潮刷新の手段として娯楽一般はもとより、流行歌の末に至る迄、その質の根本的建直しを熱心に希望していたのである…隙があったら踏み込んで斬る。太刀尖に狂いをもたせたくない覚悟もしていたのであった。隙というものはチャンスである。が、そのチャンスは到頭やって来た。それは支那事変であった」(156ページ)。

もっとも、検閲の実態は、変わることはなかった。例えば、内閣情報部(娯楽政策と国民生活の統制を進めた機関、後の情報局)が作詞・作曲を公募して1937年12月に発表した《愛国行進曲》では、1938(昭和13)年になって各レコード会社が一斉に様々な演奏形態のレコードを発売するが、ポリドールが申請した東海林太郎と関種子の作品は、「東海林太郎の歌唱法が従来の流行歌調から一歩も脱していない卑俗きわまるもので、国民精神昂揚にもよくない」との理由で不許可となっている(vi)。《忘れちゃいやよ》と同様、検閲官の主観的な検閲が継続していた。
もっとも、内務省は流行歌を駆逐することはできないと認識していた。小川は、

「私的生活感情を代弁する私的流行歌を駆逐しようとする無理を敢てする必要はないのである。私的流行歌は、教養指導なり警察的干渉なりによって、質の向上を図ったり或は又変質せしめることは出来ても、これを根絶せしめることはできない。仮令表面上出来たようにみえても、実体の根絶は不可能である。それ故に、善き変質をなさしめて存置する他はないのであろう」(170ページ)

この、出版法によるレコード検閲の事実からは、出版物の取締りとして表現を抑圧し、国民統制のために文化を善導していくこと、さらに法令を立法や行政が主観的かつ恣意的に運用していたことが見て取れる。音楽文化が、時代状況の中で、政府によって濫用されていた。

◆表現の自由
「日本国憲法」は第11条で「基本的人権」、第21条で「集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保護」を保障している。また2017年に公布された「文化芸術基本法」では、国や地方公共団体の責務、表現者の自主性の尊重が条文化されている。しかし、私たちは、本当に憲法や法令に「保障」されているのであろうか。「あいちトリエンナーレ・その後」の事実は、憲法や法令が、市井の人々や文化を「保障」することの意義と共に、立法や行政の怖さと恐ろしさを突きつけている。憲法や法令を自らのこととして理解し、見据え、間違いなく、方向性を誤ることなく運用され遵守されるよう、私たち自身が考え、行動しなければいけないことを教えてくれたのではないか。
今回の様々な議論の中で、「文化芸術基本法の活動内容に干渉せずとの基本理念に反する」(vii)、あるいは政治が文化に介入してはならないことを定めている、との主張が見られたが、果たしてそうだろうか。「文化芸術基本法」の条文を再掲しよう。

文化芸術基本法
(前文)
(略)このような事態に対処して、我が国の文化芸術の振興を図るためには、文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し、文化芸術活動を行う者の自主性を尊重することを旨としつつ、文化芸術を国民の身近なものとし、それを尊重し大切にするよう包括的に施策を推進していくことが不可欠である。 (以下略)
(目的)
第1条 この法律は、文化芸術が人間に多くの恵沢をもたらすものであることに鑑み、文化芸術に関する施策に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、文化芸術に関する施策の基本となる事項を定めることにより、文化芸術に関する活動を行う者の自主的な活動の促進を旨として、文化芸術に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り、もって心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。
(基本理念)
第2条 文化芸術に関する施策の推進に当たっては、文化芸術活動を行う者の自主性が十分に尊重されなければならない。
2. 文化芸術に関する施策の推進に当たっては、文化芸術活動を行う者の創造性が十分に尊重されるとともに、その地位の向上が図られ、その能力が十分に発揮されるよう、考慮されなければならない。
(以下、3~10項略)
(国の責務)
第3条 国は、前条の基本理念にのっとり、文化芸術に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

このように、文化芸術基本法は、前文で「表現の自由の重要性を深く認識し、文化芸術活動を行う者の自主性を尊重すること」がうたわれ、基本理念でも文化活動を行う者の「自主性」と「創造性」が「十分に尊重されなければならない」と断言している。しかし、「活動内容に干渉するな」とは、前文や条文のどこを探してもひと言も書かれていない。「自主性を尊重すること」を「活動内容に干渉してはならない」あるいは「政治が介入してはならない」と解釈するのは、趣旨としての解釈であり、前文や条文に明記されてない以上は、そうあるべきだ、そうあって欲しいという願望に過ぎないのである。自主性が尊重されるよう、私たちが主張していかなければならない。
さらに第3条では、国が「文化芸術に関する施策を総合的に策定」することと「実施する責務を有する」と規定されている。しかし、国や地方公共団体が「基本理念」を無視することは、「あいちトリエンナーレ・その後」で河村名古屋市長や菅官房長官が明確に証明した。この事実は、国や地方公共団体が、恣意的に「施策を総合的に策定」し「実施する」危険が現実味を帯びていることを明確化している。文化政策の歴史は、2019年の現実に異議を唱え、日本国憲法や文化芸術基本法の本来の理念を政治と共有し理解することの重要性を喚起している。

◆おわりに
本稿で指摘したとおり、戦時期には、立法や行政が文化統制を推進し、法令を恣意的に解釈し運用した。そして現在でも、立法や行政が、日本国憲法や文化芸術基本法を無視している事実が、「あいちトリエンナーレ・その後」で露呈した。この現実を、私たちは自らのこととして直視しなければいけない。芸術の問題だけではない、私たちの日常が脅かされているのである。私達は、立法や行政を鋭く見つめ、監視し、問題提起して法令が適正に運用されるよう行動しなければならないのではないか。戦時期から戦後の歴史は、継続し、現在に警鐘を鳴らしている。

―つづくー

i 第65回帝国議会貴族院出版法中改正法律案特別委員会議事速記録
ii 第65回帝国議会貴族院出版法中改正法律案特別委員会議事速記録第一号(昭和九年三月十日)、および同議会衆議院出版法中改正法律案特別委員会議事(筆記速記)第一回(昭和九年三月二十二日)の提案説明
iii 第六十五回帝国議会衆議院出版法中改正法律案委員会議録(速記)第二回
iv 「指示事項 昭和九年五月十六日於警察部長会議」(国立公文書館アジア歴史アーカイヴA06030075100)
v 以下のレコード検閲についての当事者の言説は、小川近五郎『流行歌と世相』(日本警察新聞社、1941年)
vi 「愛国行進曲に厳重な当局のテスト検閲」讀賣新聞1937年12月28日
vii 耕論「芸術祭 吹き出た感情」の宮台真司「「非日常」の本質伝わらず」(2019年8月10日)

(2020/1/15)

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戸ノ下達也(Tatsuya Tonoshita)
1963年東京都生まれ。立命館大学産業社会学部卒。洋楽文化史研究会会長・日本大学文理学部人文科学研究所研究員。研究課題は近現代日本の社会と音楽文化。著書に『「国民歌」を唱和した時代』(吉川弘文館、2010年)、『音楽を動員せよ』(青弓社、2008年)、編著書に『戦後の音楽文化』(青弓社、2016年)、『日本の吹奏楽史』(青弓社、2013年)、『日本の合唱史』(青弓社、2011年)、『総力戦と音楽文化』(青弓社、2008年)など。演奏会監修による「音」の再演にも注力している。第5回JASRAC音楽文化賞受賞。