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クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団|藤原聡

ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2019 ダイワハウス スペシャル
クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Wiener Philharmoniker Week in Japan 2019 DAIWA HOUSE Special
Christian Thielemann conducts Wiener Philharmoniker

2019年11月11日 サントリーホール
2019/11/11 Suntory Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:サントリーホール

ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調 WAB108(ハース版)→foreign language
(アンコール)
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ『天体の音楽』作品235

 

本年のウィーン・フィル来日公演はティーレマン(6年ぶり)とオロスコ=エストラーダ(初)が帯同して敢行された。ティーレマンとウィーン・フィルの組み合わせによる最初の来日は2003年であるが――当初サヴァリッシュが帯同する予定であったが、同氏の病気のためにティーレマンが代役――、この際のブラームスの交響曲第1番はデフォルメと大見得の目立つ特異な演奏であり(客席に若干のとまどいの空気が流れていた記憶がある)、ウィーン・フィルからは離れるが同指揮者が2010年にミュンヘン・フィルと来日した際のブルックナーの交響曲第8番(つまり今回と同一プログラム)においても、やはり作為的なテンポ設定や表情がいささか鼻につき、そのオーケストラのドライヴ力には感嘆しながらも素直に音楽に入り込めなかった記憶が蘇る。とは言え、ここ最近のティーレマンはスケールの大きさと細部の彫琢を見事に止揚し、かつ音楽の流れも遥かに自然になっていると見受けられる。それは2016年にシュターツカペレ・ドレスデンと来日した折の『ラインの黄金』と『アルプス交響曲』に接した際に大きく印象付けられたのだが、日本で9年ぶりに披露されるこの度の「ブル8」ではどのような演奏が展開されるのか。

そして当夜の演奏、いきなり結論から記すならば筆者が実演で接したブルックナーの交響曲第8番でも最高峰、と言いうる稀有なものであった。何よりティーレマンの円熟には恐れ入る。テンポは中庸かこころもち速めであり(スケルツォ及び終楽章に顕著)、しかし各楽節や第1主題~第2主題などの移行部では実に自然にテンポを細かく変化させて接続し、インテンポ基調の演奏ではないにも関わらずそこに作為的なものをいささかも感じさせない。場合によっては独自の解釈も見受けられるが、極めて大きな説得力が備わる。こういった辺りに以前と比べ格段に上手さを増したティーレマンの確信を感じるが、わけてもアダージョの豊穣さには唖然。近年、時としてこのオケらしからぬ演奏を聴かせないでもないウィーン・フィルの弦楽器群はふんだんに倍音を含んだ極上のまろやかな音を披露し、しかし管楽器群は鋭角的な音色に傾く気配を感じさせながらも決して美しさの領域を逸脱しない(昨年の来日公演におけるウェルザー=メストのブルックナー:第5ではウィーン・フィルらしからぬ轟音が聴かれいささか戸惑ったものだ)。部分の効果に気を取られて全体性に難のあったミュンヘン・フィルとの演奏とはまるで別物の構築性も感じさせ、この点で陶酔性を前面に出す以前のティーレマンから大きく変化したことが伺われる。この重層的な表現があるからこそ227小節以降のクライマックスの効果がいやが上にも生きるというものだ。そして終楽章、ここでは粗野なほどのエネルギーの発露を聴かせるが、ここでも各部のテンポの対比の上手さは抜群である。コーダの見通しの良さも良く、心持ち力を抜いた最後のG-E-D-Cも表情からアンサンブルから完璧に決まった感。あまりの「決まり具合」に終結和音が鳴り終わった後も会場中が静まり返り、しばらく身じろぎ1つせず固まっていたティーレマンが緊張を崩すや発生した拍手はみるみるうちに膨らんで行き大変な喝采となる。かような演奏を聴かされてはそれも道理だろう(筆者は今の演奏を反芻して逆に固まっていたのだが)。

まさかあるまい、と思っていたアンコールは『天体の音楽』。この曲でウィーン・フィル、となればどうしてもカラヤンやカルロス・クライバーを思い出さずにはいられないが、あれらの名演に決して引けを取らないこの演奏には全く魅了された。なるほど独特の腰の重さや表情の粘りもあるが、それはシュトラウス・ファミリー作による数多くのワルツの中でも最高位に位置するこの傑作の奥深さと言うか彼方/遠方への憧憬と言った感情を豊かに表出していた。この「彼方への憧憬」という点において、ブルックナーの後に演奏されて違和感が全くなかったことにも驚く(その昔ショルティ&シカゴ響の来日公演でブル8が演奏された際のアンコールはベルリオーズの『ラコッツィ行進曲』-苦笑)。

先にも少し記したが、この日ウィーン・フィルは彼らの最上の演奏を成し遂げた。柔らかくも時には切っ先鋭い弦楽器群、まろやかにそれを縁取りながらも要所で強烈な吹込みを聴かせる金管群(ワーグナー・テューバは全く特筆に値する)、そしてそれらの間を取り持ち絶妙のバランスを保つ木管楽器、控えめながら深みある音で物足りなさを感じないティンパニ…。このようにオケのポテンシャルを最大限に引き出したのはティーレマンの実力の賜物。今やどのオケを振ろうとも聴き逃せない「偉大な指揮者」になったのではないか。まだ60歳手前、これからのさらなる深化をぜひとも聴き届けねばなるまい。

(2019/12/15)

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<Performers>
Cond: Christian Thielemann
Wiener Philharmoniker

<Programme>
Bruckner: Symphony No. 8 in C Minor, WAB 108 (ed. Robert Haas)
———————-(Encore)————————
Josef Strauss: Sphärenklänge. Walzer, op.235