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安達真理ヴィオラリサイタル|西村紗知

安達真理ヴィオラリサイタル
Adachi Mari Viola Recital

2019年11月23日 美竹清花さろん
2019/11/23 Mitake Sayaka Salon
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by ILA/写真提供:美竹清花さろん

<演奏>        →foreign language
安達 真理(Vla.)
入川 舜(Pf.)

<曲目>
エルネスト・ブロッホ:2つの小品「瞑想と行列儀式」
ハンス・ジット:6つのアルバムの小品 op.39
フランツ・リスト:忘れられたロマンス
ヨーク・ボーエン:ヴィオラ・ソナタ第1番 ハ短調 op.18
【アンコール】
アルヴォ・ペルト:鏡の中の鏡

 

ヴィオラは、遥かなる恋人になれそうもないクラスメイトのような楽器だ。誰かにとっての理想の人というより、身近で普段あまり意識を向けられることのない人のよう。見た目はそれほど変わらないのにどうしてこんなにヴァイオリンと違うのだろう。音域のことや音響学的なことで、ある程度説明されるのかもしれないけれど、もっと表現上の問題などを考えたとき、それではヴィオラにできてヴァイオリンにできないものはあったりするんだろうか、などと思ってしまうと案外積極的な答えは出てこない。もちろん、こんなものはお門違いな思案なのだろう。
この日、ヴィオラは何をやってもヴィオラだった。血色のよい、青白さの足りない音。しっかりと地に足のついた、妖しさを感じさせないフレージング。精神ではなく肉体、つまり健康。精神化を目指して時折病気がちなロマンティッシュな音楽、つまりこの日のプログラムにあるような作品だと、そうしたヴィオラの健康さが際立つようではあった。それでもなお、その肉体らしさ、あざとくなりきれない性格ゆえにそれ相応の表現が可能だったのだ、と説得されもしたのである。

ブロッホの「瞑想と行列儀式」には、全体を通じて線的な美しさが行き渡っている。この美しさは伴奏の入川の助けによるところが大きい。2つの小品それぞれの性格を、前者は妖艶さで後者は清冽さなどと言い表せるのかもしれないが、実際にはその性格の違いはヴィオラだとあまりはっきり出せない。しかし部分部分に、充実した瞬間が訪れる。「瞑想」では、フーガ的書法の隙間からときよりふと光が差す。しゃがれる高音が色っぽい。「行列儀式」では悠然とした流れがひたすら続いていく。力強い清冽さとなると、さすがにヴァイオリンよりヴィオラの方に分があるようだ。

続くハンス・ジットの小品集は、これぞサロン音楽といった風体の愛らしい音楽。最初から順に、風のようなハ長調、少し悪天候なト短調、ちょっぴり焦燥感のあるト長調、伸びやかなイ長調、沈痛な面持ちのヘ短調、最後はすばやい三連符でまくしたてるニ短調。ヴィオラは大きな声ではきはきと、それぞれの曲調、調性のニュアンスにしっかり合わせて歌う。まぁ、そういうものだろうなと思ってぼんやり聞いていたら、ときおり低音にチリのような倍音が混ざったりするので、はっとする。むしろそういうところが魅力的なんだろうに、などと思う。

冒頭と中間にある、伴奏なしのちょっとしたカデンツァのようなところに、フランツ・リストの「忘れられたロマンス」の魅力は凝縮されているように思う。というのも、苦悩し、逡巡するヴィオラの姿をそこで見ることになるのだから。しかしながらここでもやはり、積極的に魅せようとするその姿形より、音色そのもののハスキーさや、ふとした瞬間にちょっと棒読みになってしまうフレージングの機微に惹かれるのだった。案外、無自覚なところに表現は結実するものかもしれない。

この日のメインは、プログラム最後のヨーク・ボーエンの「ヴィオラ・ソナタ」だったろう。全楽章通じて、どの主題も抒情的でないものなどない。第1楽章の再現部に戻る前、ピアノ伴奏の渦巻くトレモロの上でヴィオラが叫ぶ。作品自体は過剰なまでにロマンティッシュだけれど、聞いていて不健康だったりうるさかったりしないので、ヴィオラの控えめさがよい方向に転じた印象を受ける。第2楽章は、始まりの暖かさそのもののような主題に恍惚としていると、そのうち訪れるドラスティックな局面の変化に呆然としてしまう。第3楽章はこの日最も激烈な音楽で、ヴィオラはもっぱらマルカートで自らのクールな側面をアピールする。竜巻のような上行音型。かつてこれほどまでに荒ぶるヴィオラがいただろうか。

アンコールは、伴奏の長音に延々と同じヴィオラの音型が響く、「鏡の中の鏡」。ボーエンの終楽章の暴風域から聴衆は再び、穏やかな風景に帰って来れたのだ。

ヴィオラの多面的な魅力を堪能できたこのコンサート。ヴィオラの魅力を発見するまたとない機会となった。

(2019/12/15)

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<Artist>
Mari ADACHI, Viola
Shun IRIKAWA, Piano

<Program>
Ernest Bloch:Meditation and Processional for viola and piano
Hans Sitt:6 Albumblätter (6 Album Leaves) for viola and piano, Op. 39
Franz Liszt:Romance oubliée
York Bowen:Sonata No. 1 for viola and piano, Op. 18
<Encore>
Arvo Pärt:Spiegel im Spiegel