ヴィジョン弦楽四重奏団|丘山万里子
ヴィジョン弦楽四重奏団 transit vol.12
Vision String Quartet transit vol.12
2019年10月25日 王子ホール
2019/10/25 Oji Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏> →foreign language
ヴィジョン弦楽四重奏団
ヤーコブ・エンケ(ヴァイオリン)
ダニエル・シュトル(ヴァイオリン)
ザンダー・シュトゥアート(ヴィオラ)
レオナルド・ディッセルホルスト(チェロ)
<曲目>
シューベルト:弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調 D703 「断章」
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 Op.13
シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D810 「死と乙女」
(アンコール)
ヤーコブ・エンケ:サンバ、ヘイルストーンズ
王子ホールtransitに登場は2012年結成、ベルリンで活動の無名に近い若手SQ。跳んで宙舞う2人と陶酔顔2人の宣伝画にそそられたのは筆者だけではあるまい。次々来日のいずれも個性派SQの繰り出すジャブに毎度興奮をミーハーと言われようが、ヴィジョン、やはり目撃したいのだ。
これまた、断然スリリングなカルテットだった。
彼ら、別段ファンキーを装うわけではない、いまどき立奏で全て暗譜ゆえ全身表現が大仰かと言えばそんなことはなく、互いのコンタクトがいかに演奏に必須か、例えば、最初のシューベルトではチェロが右端、メンデルスゾーンではヴィオラと位置を替え緻密な響きの柱、旋流を創意、都度、4人の身体が「語らい」そのものに自在に動く、それだけのことだ。まなざし、身体屈伸、ステップあれこれ、重心移動などなど、全身音楽、満腔音楽。エネルギー傾注火の玉放熱が聴き手をふつふつ沸騰させる。
と書くと異様なテンションのようだが、冷えたる放熱もある、そこが彼らの独特。
シューベルト『四重奏断章』、シュールだ。
ダリの歪みでなく、キリコのひんやりした色合いとライン。小刻みに震えるトレモロの入りにゾクッ、そこから第2主題の滑らかな歌が流れ出す、と思うと天から雷鳴、的シューベルトの内的宇宙がまざまざ描き出される。1vnの清冷な歌に応えるひろやかなvc、2vnとvaのほんのりくすんだ色調が響き合って美しい。そうして楽句楽節アゴーギグが生み出すラインは幾何学的曲線。シューベルトの不安はロマンでない、鋭く近代そのものであった(と彼らは弾く)。筆者がキリコを想う所以。
メンデルスゾーンは18歳の作品。冒頭アダージョ序奏部、青春の翳りを忍ばせる優しい語調の「Ist es wahr?」。数ヶ月前のベートーヴェンの死とその最後の四重奏曲に添えられた「Muss es sein?」との照応と言われるが、この若者もまた内奥に亀裂を抱えた音楽家であった(と彼らは弾く)。アレグロ・ヴィヴァーチェに切り替っての下降付点音符まっしぐらの斬り込み具合がそれ。第2楽章カンタービレ、4声コラール風の重なりは胸しずやかに。ピチカートと羽虫みたいな猛烈細やかトレモロが飛びかうスケルツォから、今度はやたら不気味なトレモロでプレスト開始、さまざま回帰ごと目まぐるしき交錯に筆者息切れしつつようやっとの終句を迎え、作曲家18歳を改めて知るわけだ。シュール。
そうして『死と乙女』。
圧倒的というほかない。
最初の一句の痛撃。音の瞬発力・破壊力・突破力・浸透力。彼らの『死と乙女』はそれに尽きる。
ありとあらゆるニュアンスが細密画のように描き分けられつつ全てが溶け有機的に息づき、こんこんと音楽が迸り出る。極端なアゴーギグに翻弄されつつその波に呑みこまれ抗えない。変奏主題提示での湿り気なき抒情こそ彼ら独自の響きの世界、これが浸透力で、ひたひたひたひた沁んでくるのだ「不思議な明るさをもって」。各変奏での各楽器に各奏者の歌声が溢れる、それがいかに大事か。シューベルトの愛、哀、じわっ、筆者、それとなく目尻を拭う。最終章、烈しくバウンドする走句・旋回がつむじとなってそこらじゅう駆け巡る。息継ぐ暇なき突破。シュール。
いずれもシュールだが、それぞれの世界を持つ。
色、形、デザイン、そこに示される個々の発想力の豊かさ。
全曲、千手観音のごとき全方位アンテナの表現領域から瞬時に選び取った自らの「必然」を、確実な「持続」とするセンスと技量。
音楽は自由だ、演奏は自由だ、「こうあれ」「こうすべき」など、ない。
僕たちにはこう見える、聴こえる、だからこう弾く。
だが、そこに至るに何が必要か。
作品はどこまでも胸を広げ開いて、誰もの訪れを待っている、願っている。
ならば。
アンコールは才人エンケ作の2曲。
全員楽器を横抱きふんふん鼻歌ピチカートを鳴らして現れ『サンバ』踊って、踊りながら引っ込む。イケてる。
『ヘイルストーンズ』は弓でガシガシ、ボディを叩きの変幻自在。
音楽は自由だ、演奏は自由だ!
確かに。
(2019/11/15)
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<Artists>
Vision String Quartet
Jakob Encke (Violin)
Daniel Stoll (Violin)
Sander Stuart (Viola)
Leonard Disselhorst (Cello)
<Program>
Schubert: String Quartet No.12 in C minor, D703 “Quartettsatz”
Mendelssohn: String Quartet No.2 in A minor, Op.13
Schubert: String Quartet No.14 in D minor, D810 “Death and the Maiden”