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五線紙のパンセ|自分の音楽的カルテでも書いてみようか その3)|鈴木治行

電子音演奏する鈴木治行

自分の音楽的カルテでも書いてみようか その3)

Text & Photos by 鈴木治行(Haruyuki Suzuki)

連載もこれで最終回となるが、前回までで大学時代、80年代半ばにやっと届いたところである。今回は80年代後半の話に駒を進める。

ともかく、前回も書いたように、それまでのヨーロッパ前衛志向から実験音楽的な方向に大きく針が振れ、そこで大きな影響を受けたのが月刊カセットの体験と近藤譲であったが、この方向転換に大きな役割を果たした存在がもう一人あった。それは高橋悠治である。その頃高橋悠治は水牛楽団の活動を活発に行っていて、僕も一度だけライブに行ったことがあるが、それはおよそ現代音楽の公演とは言い難く、悠治さんはかつての前衛ピアニストのヴィルトゥオジティを自ら封じ、大正琴でアジアンな旋律を訥々と奏でているのであった。客層も違っていたと思う。その後それ以前の彼の仕事について知っていくと、60年代にモダニズムの先端を駆け抜けていた彼だからこそ、水牛楽団に代表されるその後の転回が強い批評性を持つことに気づく。ただ、僕自身がその頃強く惹かれたのは、むしろ遡って新たに発見した60年代の高橋悠治の仕事であった。

ここで少し話は脇に逸れる。一般に、典型的な「前衛(的と目される)作曲家」というのは実質、欧米の戦後の音楽語法を身につけ、それ風の規範に則った傾向の音楽をそれなりのクオリティで世に問う作曲家を指して言われるが、その持てる技を更に磨いてゆくレールの向こうに未来が拓けるのではない。誰かの影響下から出発するのはいい。いやむしろそれは不可避だろう。だが、その先で突然変異のような跳躍が事件のように起きなければ、あとはその作家にやれるのは完成度を高めてゆくことしかない。そういう作家をあらゆるジャンルで多数見てきたが、僕はそれを「工芸化」と呼んでいる。「工芸」においては、目的は決まっていてそこにより洗練されたレベルで到達することを目指す。工芸は工芸で、その道を自覚的に選択するのならそれはそれで価値はあるだろう。しかし少なくとも僕はその方向には全く興味がない。後年になって気づいたのだが、僕が共感し、刺激を受ける創作というのは悉くこうした「工芸」ではないタイプなのだった。

そして再び高橋悠治に話を戻すと、60年代の彼の仕事は、こうした工芸的な方向から最も遠い位置にあった。もちろん、周知のようにクセナキスの影響は強いが、音の雲を推計学的に操作する方向ではなく、推計学的操作を線の生成に応用したのは高橋の全くのオリジナルといえる。こうして『ブリッジス I』や『ローザス I』『ローザス II』などの独自の線的な作品が生まれた。更にアンサンブルでより多くの音を前にする時、全体を一つの音の塊として扱うとクセナキスになってしまうが、そうではなく、一つ一つのシステマティックに淡々と連なる線を束ねるような作り方で『6つの要素』や『ブリッジス II』を作曲。高橋、近藤に共通するのは、既にある技法を学び取って身につけ磨きをかけました、という地点には全くいないということで、こういう存在は極めて少数派である。「工芸的」作曲家も、音楽性豊かで上手ければそれはそれとして評価はするが、僕が最も惹かれ、共鳴するのはそういうタイプではない。この頃、僕自身はこうしたことを考え、彼らの背中に自分自身の方向性のヒントを見出そうとしていた。

山田岳(ギター)と『想起ー迂回』の演奏

こうして、80年代半ばを過ぎる頃には自分自身の音楽は以前のリゲティ、湯浅的な音楽への傾倒からだいぶ離れて来ていたが、そこに持ってきてようやく自作を世に出す機会が訪れる。音大卒ではないので縦の繋がりも横の繋がりもなく、ただじっとしていてはいつまで経っても機会はやって来ない。コンサート通いをしているうちに知り合ったある作曲家のグループ展に混ぜてもらったのだ。その時、参加するに当たって作品を見せることになって見せた弦楽四重奏曲は、そのグループを主宰していた宮澤一人さんに正しく湯浅譲二の影響を指摘された。実はこの曲は、少し前に始まったMUSIC TODAYの第1回作曲コンクールに応募しようと思って取り掛かったのだが、間に合わなくて結局応募しなかったもの。いわば自分の方向性が転換する直前の音楽で、音響エネルギーのドラマティックな変化で持続を作ってゆく路線だった(ちなみにこの弦楽四重奏は現在も未初演)。そして1986年1月に発表した木管三重奏が実質器楽作品デビューとなった(「月刊カセット」では既に世に出ていたが)。この作品『Spring Too Early』には、線の音楽と初期高橋悠治の影響が強い。前に見せた曲とあまりに違うので宮澤さんは面食らったのではないかと密かに思っているが、丁度過渡期だったのでそうなってしまったのであり、別に偽った訳ではないのである。もう一つ、初演後ツカツカとやって来られた松平頼暁さんに絶賛していただいたのは忘れられない。こうして世に作品を出すというサイクルが始動し今日に至る。

一方で、田中賢さんのところでは初め対位法も習っていたのだが、自分の師匠を紹介するからもっとちゃんとやるといい、ということで、南弘明さんを紹介された。南先生に最初にお会いした時、『Spring Too Early』を聞いてもらったら気に入られたようで(全く対位法的な曲ではないが)、それから成増に通うようになった。何年通ったか忘れたが、そこで声楽対位法から器楽対位法、ドデカフォニーまで見ていただいた。また、駒場の東大で近藤さんがときどき講義をされていたのでそれにも参加。近藤さんと個人的に接するようになったのはこの時からである。ただそこは、作曲の学生相手の講義ではないので作曲のレッスンなどではなく、今は翻訳が出ているソーズマンの「20世紀の音楽」(東海大学出版会)の原書購読が主だった。また、その頃の東大ではときどき他にも作曲家のゲストが呼ばれて特別講義が行われており、最晩年のノーノや、これまた心酔していた松平頼則さんも呼ばれて飲み屋でいろいろお話を伺えたのは忘れがたい。

Tempus Novum2019

80年代後半の状況をもう少し記しておくと、東京音大の自主ゼミの流れで、Everything Is Expressiveという作曲家グループに曲を出すようになった。このグループはもともと東京音大の湯浅門下生から成っていて、最初は藤枝守さんが作ったのだが、僕は最初はまだいなくて、途中で抜けた藤枝さんと入れ替わるようにして入った。このグループには他に田中聰さんや神長貞行さん、月刊カセットも一緒にやっていた菅谷昌弘君などがいた。後から入った最年少がなぜかコンサートの企画担当になってしまい、確か2回コンサートを企画したような気がする。1988年の公演が最後になったが、その最後の公演の時、近藤さんに誰かいい若手がいたらゲストとして声をかけたいので紹介して欲しいと聞いたところ紹介されたのが、当時芸大で近藤門下だった山本裕之である。彼はこれが最初の学外デビューだったはず。山本裕之とはその2年後にTempus Novumという作曲家グループを始めることになる。もう一つ余談だが、この公演の時にボーヤをやっていたのが当時高校生の新垣隆であった(当時は気づかなかったが、後年その事実を新垣君から聞いた)。

ご存知の方はご存知のように、今、僕の音楽には複数の路線があるのだが、自分の明確な方向性が見えてきてそれらの路線が始動するのは90年代頭である(「反復もの」は1991年、「句読点」は1992年に始まっている)。今から振り返ると、80年代の間は「習作期」と言ってよい。この頃はまだいろいろ迷っていて、近藤譲の影響も強く、そこからいかに逃れるかが一つの課題でもあった。この習作の時代から今に続く自分の路線に移行するのにはまた一つの大きな飛躍があるのだが、この辺で字数も尽きたのでその話はまたいつかどこかでということにして、このコラムを習作期一杯までで区切りをつけ、締め括ろうと思う。

ビリアナ・ヴチコヴァ(ヴァイオリン)と

【公演情報】
●2019年11月18日(月)19:00開演、会場:文京シビックセンター・小ホール
デニズ・エルデン・ピアノリサイタル 東京公演2019 ~トルコから日本へ、西風に乗って~
鈴木治行/巻き毛(初演)
演奏:デニズ・エルデン(ピアノ)
一般(前売・当日):2000円、学生:1000円
http://www.tkjts.jp/event/2019/09/05/3059/

●2019年11月20日(水)18:45開演、会場:スタジオ・ハル
デニズ・エルデン・ピアノリサイタル 名古屋公演2019 ~トルコから日本へ、西風に乗って~
鈴木治行/巻き毛(初演)
演奏:デニズ・エルデン(ピアノ)
一般(前売・当日):2000円、学生:1000円
http://studioharu.jp/2019/11/20/デニズ・エルデン-ピアノリサイタル-名古屋公演/

●2019年11月29日(金)19:00開演、会場:杉並公会堂 小ホール
ピアノのアトリエ
鈴木治行/同心円
演奏:石田麻由子(ピアノ)
全席自由:1000円
https://www.facebook.com/events/255756152012437/?active_tab=discussion

●2019年12月14日(土)20:00開演、会場:Ftarri
SHIDA
波多野敦子(ヴァイオリン、電子音)
鈴木治行(電子音)
全席自由:2500円
http://www.ftarri.com/suidobashi/index.html

【CD情報】
●アフロディテの解剖学(切断・解体・再構成)
~瀬川裕美子ピアノ・リサイタル vol6&7ライブ~(TFCC-1903)
鈴木治行/Lap Behind(2017)
演奏:瀬川裕美子
https://www.facebook.com/yumiko.segawa.1/posts/2523719644354898

●低音デュオ/ローテーション(2015)
鈴木治行/沼地の水(2009)
演奏:低音デュオ
http://ur0.link/yA2Y

(2019/11/15)

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鈴木治行(Haruyuki Suzuki)
東京生まれ。1990年、若手作曲家グループTEMPUS NOVUMを結成。1995年、『二重の鍵』が第16回入野賞受賞。同年2度目の個展「記憶の彫刻/超克・鈴木治行の音楽宇宙」を開催。1997年、衛星ラジオ「Music Bird」にて鈴木治行特集。2005年9月にはガウデアムス国際音楽週間に招待され、Orkest De Volhardingによって『Expand And Contract』を初演。2006年5月、イタリアのサンタマリア・ヌオヴァ音楽祭にて、ロベルト・ファブリツィアーニらによって新作初演。2007年9月には3回目の個展を開催(「語りもの」シリーズ全作公演)。同年、ボルドーの音楽祭”Les Inouies”に招待され、Proxima Centauriによって委嘱作初演。2010年3月、ニューヨークの”Experimental Intermedia”に出演し、飯村隆彦の映像とともに電子音楽を自作自演。2013年2月、<鈴木治行「句読点」シリーズ全曲演奏会~脱臼す、る時間>開催。2016年2月、ニューヨークのMusic From Japanにて作品が紹介される。2019年8月、第29回芥川也寸志サントリー・サマーフェスティバル作曲賞選考会ノミネート。作品は国内外で演奏、またNHK-FM、CSラジオスカイ、ラジオ・フランス、ベルリン・ドイツ・ラジオ、DRS2、ラジオ・カナダなどで放送され、他ジャンルとのコラボレーションにも関心を持ち、演劇、美術、映像などとの共同作業を行っている。