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ドビュッシー《放蕩息子》 ビゼー 歌劇《ジャミレ》|大河内文恵

ドビュッシー《放蕩息子》 ビゼー 歌劇《ジャミレ》 演奏会形式
C. Debussy L’Enfant Prodigue Opéra de G Bizet Djamileh (concert style)

2019年10月26日 東京芸術劇場コンサートホール
2019/10/26  Tokyo Metropolitan Theatre
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyitabe Hayashi)

<演奏>        →foreign language
指揮:佐藤正浩
管弦楽:ザ・オペラ・バンド
コーラス:国立音楽大学合唱団

ドビュッシー/『放蕩息子』
  リア(母):浜田理恵
  シメオン(父):ヴィタリ・ユシュマノフ
  アザエル(放蕩息子):宮里直樹

ビゼー/歌劇『ジャミレ』
  ジャミレ(女奴隷):鳥木弥生
  アルーン(王子):樋口達哉
  スプレンディアーノ(使用人):岡昭宏

 

東京芸術劇場のコンサートオペラシリーズの第7回はドビュッシーのカンタータとビゼーのオペラのダブル・ビル。このシリーズは、日本ではあまり上演されないオペラをコンサート形式ながら本格的に上演する意欲的なもので、筆者は第1回のバルトーク《青ひげ公の城》以来2回目である。第1回はシリーズとしての知名度がなかったためか、演奏のレベルのわりに客入りが今一つでもったいないと思った記憶があるが、今回は空席は目立っていなかったように思う。

フランス語ものとしては、第2回《ドン・カルロス》(フランス語版)、第3回《サムソンとデリラ》、第5回ビゼー《真珠とり》に続く4本目。他の劇場や団体でのフランス語ものの少なさと比較すると、圧倒的な数を誇っており、フランスものの王道であるカルメンを避けていることからも、その心意気がうかがわれる。

ドビュッシーが、1884年にローマ賞(フランス政府による一種の奨学金付きコンクール。大賞受賞者は2~4年のローマ留学が与えられる)大賞を獲得した際に最終審査の課題として作曲したのが、この《放蕩息子》である。いわばドビュッシーの出世作であるが、一方でテーマや歌詞を作曲者が選べないという意味では、代表作と呼ぶにふさわしいかどうかは判断が分かれるところである。

パンフレットの冒頭、指揮の佐藤の「フランス風音楽?」と題する文章では、『放蕩息子』は「中東風」のエッセンスが加わるとしているが、今回の演奏では、第4曲〈行列と舞踏曲で〉で東洋的な響きが聴かれたことが印象的だった。中間部のフルートと打楽器の部分が筆者には尺八と囃子に聞こえた。つづく第5曲のアザエルのレシタティフでは、抑揚が排され、どことなく宗教的な響きがした。この部分を抑えることによって、その後のリアとアザエルの出会いがより劇的なものとなる。

第6曲で息子に気づいたリアは、つづく第7曲で息子と再会の喜びを歌う。ドビュッシーに罪はないが、普通のオペラだったら、再会から互いを認め合うまでには何らかの葛藤、長いやり取り、別の人物の介入などが入り、もっと長くかかる場面であろう。そういう冗長ともいえるやり取りに長さを感じることがないこともないのだが、今回の演奏で「え?もう認めちゃっていいの?早過ぎない?」と咄嗟に思った自分に驚いた。この曲はオペラではなく、まぎれもなくカンタータなのだと実感した瞬間であった。

終曲では、舞台横の2階席に合唱が入り、さらにカンタータらしさが増す。ソリストと合唱の混じり具合など、その50年くらい後に作られた日本のカンタータを髣髴とさせる。もちろん、ドビュッシーのほうが先なのだが。日本で西洋音楽の作曲がなされるようになった頃にはドイツを手本とすることが多かったはずだが、フランスものとの親和性もそれなりにあったのかもしれないと聴きながら思った。

後半のジャミレは、演奏会形式ながら、照明が巧みに使われ、まさしく「オペラ」だった。序曲が始まった途端、オーケストラのまとまり具合が『放蕩息子』よりも格段によくなっていることに気づく。これが、曲の出来によるものなのか、演奏の違いによるものなのかは筆者には判断がつかないが、スイッチが入ったことだけはわかった。

今回の一番の聴きものは第6曲〈ジャミレのラメント〉だろう。ジャミレのせつせつとした歌声に、ヴァーグナーのトリスタン和声がこだまする瞬間には、ぞくっとした。

第7曲でのシェラザートのような異国的な(佐藤いわくエジプト風の)曲調など音楽的な聴きどころの多いオペラである一方、ストーリーはどの人物にも共感するのが難しい。ただ、終盤でアルーン王子が女奴隷ジャミレへの愛を口にした途端、タイトルロール鳥木の表情がぱっと明るくなって顔が輝いたのを見た瞬間に、その心情がすっと入ってきた。

このように、ストーリーよりも音楽で聴かせるオペラだからこそ、演奏会形式が選ばれたのだろうが、随所にセリフがあり、演劇的要素もみられるこの作品の場合には、舞台として上演したほうが良かったのかもしれない。

歌手は総じてよく声が出ていたが、フランス語の歌詞をもう少し生かす歌い方をするともっと伝わったのではないかと思う。19世紀のオペラということで、フランス・バロックから時が隔たってはいるものの、やはり歌詞があってのメロディーというフランスの伝統は消えてはいないはずである。珍しいオペラを上演することに意義があるというだけではなく、次に繋げるためにも。

(2019/11/15)

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<Performers>
C. Debussy: L’Enfant Prodigue
  Lia: Rie HAMADA
  Siméon: Vitaly YUSHMANOV
  Azaël: Naoki MIYASATO

G Bizet: Djamileh
  Djamileh: Yayoi TORIKI
  Haroun: Tatsuya HIGUCHI
  Splendiano: Akihiro OKA

Conductor: Masahiro SATO
Orchstra: The Opera Band
Chorus: Kunitachi College of Music Chorus