Menu

ハインツ・ホリガー《80歳記念》オーケストラ・コンサート|齋藤俊夫

ハインツ・ホリガー《80歳記念》オーケストラ・コンサート
Heinz Holliger 80th Anniversary Orchestra Concert

2019年10月2日 東京オペラシティコンサートホール
2019/10/2 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供: ヒラサ・オフィス

<演奏>        →foreign language
指揮&オーボエ:ハインツ・ホリガー
ヴァイオリン:郷古廉(*)
イングリッシュ・ホルン:マリー=リーゼ・シュプバッハ(**)
管絃楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

<曲目>
ヴェレシュ:『トレノス』
ホリガー:『2つのリスト作品のトランスクリプション』
 I.暗い雲
 II.凶星
バルトーク:『ヴァイオリン協奏曲第1番』(*)
細川俊夫:『結び―ハインツ・ホリガーの80歳の誕生日を祝して―』オーボエとイングリッシュ・ホルンのための(**)(2019、世界初演)
マルティヌー:オーボエ協奏曲 H.353
ラヴェル:スペイン狂詩曲

 

オーボエ奏者、指揮者、作曲家として至高の位を占めるハインツ・ホリガー、今回の来日公演でも2年前の『スカルダネッリ・ツィクルス』のような音色の魔術をまた目の当たりにしてしまった。

ヴェレシュ『トレノス(慟哭)』は彼の師・バルトークの死に際して書かれた作品。なんとも悲しく美しい弦楽の背後で、ティンパニーが延々と拍打ちを重ねるのが悲嘆の情を増す。葬送の棺桶を肩にした人々の足音のよう。クレシェンドからのスビト・ピアノが曲中に何度も現れ、また様々な楽器が呻き嘆くように、別れの言葉を告げるように奏でられるのだが、そのそれぞれの音色・抑揚がホリガーのあのオーボエの音色のように美しく響く。最後にティンパニーの拍打ちが止まるのは、足音、いや、心臓の脈拍が止まったかのような厳かで静かな雰囲気をたたえていた。

ホリガー指揮による自作自演『2つのリスト作品のトランスクリプション』、第1曲『暗い雲』はどうやら6音の主題の反復によっていたようだが、冒頭、ピアニシモでふわっとした雲のような音がただよう、それがどんな管弦楽法によって出しているのか全く想像できない。ソロの上手さは先のヴェレシュ作品と同じく、しかもそれが纏うベールのごとき謎の音響群が言葉では言い尽くせないほどの神秘に満ちている。
第2曲『凶星』は禍々しい旋律がパート間で受け渡されながら大音量の波が押し寄せ、トゥッティが炸裂する!一旦長調で穏やかな風が吹いたかと思えば、凶星が勝ち誇った後の終末の景色が広がる。そして低弦が不動のまま終末の全てを見たかのように歌を奏で、沈黙する。

バルトーク『ヴァイオリン協奏曲第1番』、まずヴァイオリンソロの主題にうっとりする。半音階的なこの旋律線にこのような「愛」が込められていたとは。オーケストラ全体が息の長い、ゆったりとした波形の音を形作り、ほのかな光が会場を包む。愛、法悦、官能、そんな単語が頭の中を行き交う。
第2楽章は快活に。でも決して騒がしくなることなく。ソロの郷古廉の音は細くとも決して途切れたり息切れしたりすることなく歌い続ける。音量は大きくなくとも全てのパートの音が耳に届く。駆け抜けるアレグロの変奏部分に至っても乱雑になることなく、見事に「愛の大団円」を遂げてくれた。

細川俊夫『結び』、大ホールを満たすオーボエとイングリッシュホルンの、実に強い線同士の鬼気迫る絡まり合い。しかし絡まり合いつつお互いがお互いを高め合う。ごくごく微妙な音高・音量・音色のずらし方にホリガー、シュプバッハ、細川の天才がはっきりと現れている。息ができなくなるほどのオーボエの弱音のディミヌエンドで終わり、暫しの静寂の後、盛大な拍手が。

マルティヌー『オーボエ協奏曲』、なんと朗らかな!自由自在に転げ回る、あるいは悠然と歌い上げるオーボエソロ。ややオーケストラとソロとの連繋が甘くなっていた箇所もあるが、この華やかにして温かな音楽を表現する言葉が見つからない。第3楽章のカデンツァは「至芸」の一言に尽きる。

最後を飾ったラヴェル『スペイン狂詩曲』、紗のように繊細な超弱音。フゥワァとふくらみ、フゥッと引く音の雲。それぞれの演奏者にホリガーが乗り移ったかのよう。音に重さというものが全く感じられない〈マラゲーニャ〉。蜃気楼に映った〈ハバネラ〉。儚くも美しすぎる〈祭り〉。オーケストラとはこんなにも柔らかなものだったのか?と思いつつ、祭りが盛り上がりフォルテシモに至る。その後、木管のアンニュイなソロが繋げられ、さあ祭りもたけなわ!オーケストラの音が会場を華やかに、しかし極彩色ではない彩りで満たして、終演。

音楽とは、いや、「音」とは、かくも心を豊かにしてくれるものだったのか、と改めて感じ入った。この巨匠・ホリガーと同じ時を分かち合えたことを心から喜びたい。

(2019/11/15)

関連評:ハインツ・ホリガーと仲間たち~ホリガー生誕80年記念~|齋藤俊夫 


—————————————
<players>
oboe&conductor: Heinz Holliger
violin: Sunao Goko(*)
English horn: Marie-Lise Schüpbach(**)
Tokyo City Philharmonic Orchestra

<pieces>
Veress: Threnos in memoriam Bartók
Holliger: 2 Liszt-Transcriptions
 I. Nuages gris
 II.Unstern!
Bartók: Violin concerto No.1(*)
Toshio Hosokawa:Knoten-Für Heinz Holliger zu seiner 80. Geburtstag-for oboe and English Horn (2019, world premiere)(**)
Martinu: Oboe concerto, H.353
Ravel: Rapsodie espagnole