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五線紙のパンセ|自分の音楽的カルテでも書いてみようか その2)|鈴木治行

自分の音楽的カルテでも書いてみようか その2)

Text & Photos by 鈴木治行(Haruyuki Suzuki)

さて、乗りかかった船なので前回に続き自分の来た道を早送りしながら書き綴ってみよう。湯浅譲二に手紙を書いた前後のことは他でも何度か語っているのでここでは簡単に流すが、結論からいうと、僕がコンタクトを取った頃というのが、折悪しく湯浅先生がカリフォルニア大学サンディエゴ校に赴任されるタイミングで、師事は叶わなかった。しかし、このコンタクトは2つの状況の変化をもたらした。一つは、自分の代わりにと、当時ベルリンから帰国して新進気鋭の作曲家として注目されていた田中賢に預けられ、田中氏のところに通うようになったこと。もう一つは、湯浅先生に夏に帰国して東京音大で集中講義をやるので来なさい、と誘っていただき、東京音大の集中講義に参加するようになったこと。勿論講義には日参し、毎回一言でも聞き漏らすまいとモグリなのに一番前の席でかぶりつくようにして聞いた。自分の正規の方の大学でもあそこまでの情熱で講義に望んだことはない。そこで知り合った学生とやがて交流するようになって、後述する自主ゼミへとつながってゆく。

田中賢氏の方は、御自宅が当時、今川崎市岡本太郎美術館のある生田緑地の更にその先にあった。今でも岡本太郎美術館に行く度に通っていた日々を思い出す。何しろ自分の作った音楽を誰かに見てもらうという体験そのものが初めてだったので、毎回が新鮮だった。あの時教条的な指導を受けなかったのは後から思うとありがたい。指導は、まず限定された素材を用意し、これをどうやってこねて切ってねじってつなげて音楽にしてゆくかを考える。あたかも音という粘土を自由にこねて何かを作るように。そこでは調性も無調も関係ない。粘土を形にしてゆく過程でいちいち直面する壁とそれを乗り越える創意工夫の繰り返しを経て、ものを作るとはどういうことかが体得されてくる。最初からある様式が与えられ、このように作りなさい、ということではない。もの作りの原則が一旦体得されれば、それはどんなスタイルの音楽にも応用できるわけで、後から思うとこのように導かれたのはありがたいことだった。

さて、再び東京音大の方に話を戻そう。湯浅先生の夏の集中講座は毎年開催されていて数年は通ったが、それは夏だけのことで、その他の季節には週に1回湯浅門下の有志による自主ゼミに顔を出すようになっていた。自主なので、先生はおらず学生が勝手に勉強会をやっているだけである。僕だけ音大の外部から、音大的な勉強の機会を期待してそこに入ってきたのだが、実はこのゼミは音大生が、音楽の狭い世界だけに閉じこもっていてはいけない、もっと外の世界に目を向けねば、ということで哲学や現代音楽外の勉強をやっているゼミだったと次第にわかってきた。つまり僕と他の参加者の求めている方向は逆だった。もしあれが普通に楽曲分析などをやっているゼミだったなら、それはそれで勉強になっただろうが、自分のその後の方向はだいぶ違ったかもしれない。ちなみに、音楽の外にも視野を広げよというのは湯浅先生が常に言われていたことで、このゼミはその教えに沿っていたとも言える。

諏訪敦彦(映画監督)とパリにて/2015

当時、80年代というのはご存知のように西武が日本の文化、芸術に多大な影響力を持っていた時代。しかも東京音大は池袋にあって帰りに池袋駅に向かうとそこの西武にはアール・ヴィヴァンやスタジオ200や西武美術館があり、音楽だけでなく文化、アート全般に関心を持っていれば当然のようにそういう場所に入り浸るようになる。それはまた絶好の現代芸術の学校でもあった。アール・ヴィヴァンで知った未知の新しい音楽は多かったし、寺山修司の実験映画もカール・ストーンの初来日もスタジオ200で体験し、アルマンも菅井汲も西武美術館で初めて見た。松平頼暁氏もスタジオ200でいつもお会いしているうちにお話しするようになった。このような入り方は音大の作曲科に入って正統的に音楽を学んでいくのとはかなり異なった道筋だろうが、こうした環境での諸々の遭遇が今の自分を形作っていることを思うと、あんなに音大に行きたかったとはいえ一概に行った方がよかったかどうかは後から振り返るとわからない。

自主ゼミでは普段は主に読書会をやっていたが、やがて、一人一人が毎週カセットテープに何でもいいから3分間音を入れて持ち寄り、シャッフルして持ってきたのとは別のカセットを持ち帰り、その続きにまた何でもいいから3分間音を入れて次回持ってきて・・・というのを繰り返す「テープ交換」というのをやり出した。これは読書会だけでは飽き足らなくなってきて、何らかの課題を実践し創作にも活動を接続してみようということで始まったものだが、仮にその場に「ウェルメイドな美しい曲」を提出したとすると、自主ゼミの文脈ではそのコンセプトの平凡さ、外部性のなさはむしろ評価されない。そこでの価値観は音楽としての洗練度とは異なるところにあった。音大の中のゼミとはいえ、実はかなり音大的ではない環境に身を置いていたのである。テープ交換の体験は結果的に「作品」の概念と批評的に向き合う思考の訓練になったと同時に、変化球的な発想の修練の場ともなった。そうして作られたカセットが溜まってきた時点で、折角なのでこれを一般にも公開しようということで、アール・ヴィヴァンに置いてもらって販売するようにした。それが「月刊カセット」である。月刊カセットは85年から88年まで数十本が発行された。

『回転羅針儀』スコア/2018

自主ゼミの読書会や月刊カセット、スタジオ200などでの体験の蓄積がある閾値を超えたのだろうか、僕自身の作曲の方向はこの頃大きく転換してゆくことになる。元々自主ゼミはエクリチュール志向とは正反対で、むしろアメリカ実験音楽に親和性があった。そうした環境にいたこと、さらに当時読んでいた近藤譲「線の音楽」の影響から、それまでの音響エネルギーの推移で音楽を作ってゆく方向性が変わってきた。田中先生の音楽志向は完全にヨーロッパ前衛寄りの、エクリチュールを極めて音響エネルギーをコントロールしてゆく方向だったが、そこから僕自身は徐々に遠ざかっていったのである。「線の音楽」は、一人の作曲家の技法、様式の解説などといったものには留まらない。その重要さは、西洋の音楽史を内面化した上で、その延長線上を無自覚になぞるのではなく、いったん音楽の成り立ちのレベルにまでラディカルに立ち返ってもう一度音と音の連接のレベルから思考し直すという創作へのアプローチの一つのモデル、姿勢を提示しているところにある。そうしたアプローチを一度追体験し、自分の方向性を再考するきっかけを模索してみるために、一度「線の音楽」を自分でも通過してみる必要性を感じたのである。僕の持ってくる音楽が次第に変化してゆくのを、田中先生は快く思ってなかっただろう。ただでさえ田中賢と近藤譲は同い年で注目の若手で意識もしていたろうに、弟子が相手の方に接近してゆくのだから。だが、おずおずと足を踏み出してみた方向にいったん手応えと可能性を見出したからには、もはや元の道に戻ることなどあり得なかったのである。

【公演情報】
●10月24日(木)19:00開演、会場:豊洲シビックセンターホール
高橋アキ・ピアノリサイタル2019
鈴木治行/句読点 VIII(2011)
演奏:高橋アキ(ピアノ)
入場料:4000円
http://www.camerata.co.jp/concerts_events/detail.php?id=234

●2019年11月1日(金)19:00開演、会場:ゲーテ・インスティトゥート東京ホール
ベルリンー東京・実験音楽ミーティング、ビリアナ・ヴチコヴァ・ヴァイオリンリサイタル
鈴木治行/Perception V(初演)
演奏:ビリアナ・ヴチコヴァ(ヴァイオリン)
一般:3000円、通し券(10/31~11/3全4日間):9000円
https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=54285

●2019年11月18日(月)19:00開演、会場:文京シビックセンター・小ホール
デニズ・エルデン・ピアノリサイタル 東京公演2019 ~トルコから日本へ、西風に乗って~
鈴木治行/巻き毛(初演)
演奏:デニズ・エルデン(ピアノ)
一般(前売・当日):2000円、学生:1000円
http://www.tkjts.jp/event/2019/09/05/3059/

●2019年11月20日(水)18:45開演、会場:スタジオ・ハル
デニズ・エルデン・ピアノリサイタル 名古屋公演2019 ~トルコから日本へ、西風に乗って~
鈴木治行/巻き毛(初演)
演奏:デニズ・エルデン(ピアノ)
一般(前売・当日):2000円、学生:1000円
http://studioharu.jp/2019/11/20/デニズ・エルデン-ピアノリサイタル-名古屋公演/

【CD情報】
●アフロディテの解剖学(切断・解体・再構成)
~瀬川裕美子ピアノ・リサイタル vol6&7ライブ~(TFCC-1903)
鈴木治行/Lap Behind(2017)
演奏:瀬川裕美子
https://www.facebook.com/yumiko.segawa.1/posts/2523719644354898

●OSTINATI(ALCD-114)
鈴木治行/想起ー迂回(2016)
演奏:山田岳
http://tower.jp/item/4553077/OSTINATI

山田岳(ギター)と『想起ー迂回』の演奏

(2019/10/15)

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鈴木治行(Haruyuki Suzuki)
東京生まれ。1990年、若手作曲家グループTEMPUS NOVUMを結成。1995年、『二重の鍵』が第16回入野賞受賞。同年2度目の個展「記憶の彫刻/超克・鈴木治行の音楽宇宙」を開催。1997年、衛星ラジオ「Music Bird」にて鈴木治行特集。2005年9月にはガウデアムス国際音楽週間に招待され、Orkest De Volhardingによって『Expand And Contract』を初演。2006年5月、イタリアのサンタマリア・ヌオヴァ音楽祭にて、ロベルト・ファブリツィアーニらによって新作初演。2007年9月には3回目の個展を開催(「語りもの」シリーズ全作公演)。同年、ボルドーの音楽祭”Les Inouies”に招待され、Proxima Centauriによって委嘱作初演。2010年3月、ニューヨークの”Experimental Intermedia”に出演し、飯村隆彦の映像とともに電子音楽を自作自演。2013年2月、<鈴木治行「句読点」シリーズ全曲演奏会~脱臼す、る時間>開催。2016年2月、ニューヨークのMusic From Japanにて作品が紹介される。2019年8月、第29回芥川也寸志サントリー・サマーフェスティバル作曲賞選考会ノミネート。作品は国内外で演奏、またNHK-FM、CSラジオスカイ、ラジオ・フランス、ベルリン・ドイツ・ラジオ、DRS2、ラジオ・カナダなどで放送され、他ジャンルとのコラボレーションにも関心を持ち、演劇、美術、映像などとの共同作業を行っている。