荒井美礼「ドラマティック・シューマン」|丘山万里子

荒井美礼「ドラマティック・シューマン」
五島記念文化賞 オペラ新人賞研修記念リサイタル
Mirei Arai ”DRAMATIC SCUMANN”
Goto Memorial Cultural Award for Newcomers — Music( Opera) Division
Training Memorial Recital

2019年8月2日 紀尾井ホール
2019/8/2 Kioi Hall
Reviewed by 丘山万里子
写真提供:公益財団法人東急財団(The Tokyu Foundation)

<演奏>              →foreign language
ピアノ: 荒井美礼
助演:三宅理恵(ソプラノ)
   照屋篤紀(テノール)
   原田 圭(バリトン)
   二期会合唱団
   合唱指揮/水戸博之
   朗読/山本郁子
   演出/伊香修吾

<曲目>オール・シューマン
「ヴィルヘルム・マイスター」による歌曲Op.98aより ミニヨン
  ご存知ですかあの国を
  ただ憧れを知る人だけが
  わたしに語らせないで
  このままの姿でいさせて
ミニヨンのためのレクイエムOp.98b
〜〜〜〜〜〜〜
オペラ『ゲノフェーファ』Op.81より抜粋

 

五島記念文化賞平成27年度オペラ新人賞を受賞したコレペティトゥア荒井美礼が『ドラマティック・シューマン』と銘打って研修帰国記念リサイタルを開いた。コレペティトゥア(以下コレペティ)の受賞は珍しい。

古い話だが筆者は1992年9月上旬から約1ヶ月、ミュンヘンのプリンツレーゲンテン劇場に連日通った。愛知県芸術劇場こけら落とし公演『影のない女』(11月)の稽古がここで行われたからだ。サヴァリッシュの要望で演出は市川猿之助(猿翁)、初日から最後のドレス・リハまでを逐一取材、休憩時間までべったり張り付いた。
その間の西欧オペラスタッフと日本歌舞伎スタッフとのやりとりには実に多くのことを学んだ。初日、猿之助の「歌舞伎では」の連発に、「これはオペラで歌舞伎じゃない!」と反発するオペラサイドの面々が、舞台ミニチュアで演出法を見せた途端「マエストロ猿之助」への敬意に変わる様子は全くもって快感だったが、その折もう一つ、コレペティトゥアというものの存在の大きさ、重さを知った。
ではどんなことをするのか。
以下、荒井のプログラムノートに記されたコレペティの仕事のおよそを列挙する。

  1. 立ち稽古前段階での歌手との音楽稽古
  2. 立ち稽古でのピアノ(オケ代わり)
  3. 指揮者不在 or 指揮者が見えない位置の演奏者/歌手の指揮
  4. 不在歌手の代役でパートを歌いつつピアノを弾く。
  5. オケとのリハ時に客席で音量バランスのチェック

これがオペラ制作時のコレペティのおよその仕事で、それ以外の場や機会ではピアニストもしくは伴奏者として出演する。などなど。

まさにミュンヘンのコレペティは、歌手それぞれの稽古、振付、指揮者不在時はピアノを弾きつつ歌いまくり(歌手より見事だったりする)、指示を飛ばしと八面六臂、歌詞の内容から舞台進行まで全て頭に叩き込み、歌手、演出家、指揮者からの質問(ここはどうだっけ?みたいなことも)や要求に完璧に応えており、実はコレペティこそがステージを支える全知全能神みたいなものだ、と心底思ったのだ。
その全知全能コレペティが日本にも!とうとうこんな女性(しかもうら若き)が出たんだ、と、それはどこぞのコンクール女流指揮者優勝などよりはるかに筆者にとっては驚嘆だったのだ。

さて、荒井のリサイタルだが。オール・シューマンという構成。
第1部はリートと合唱曲。第2部はオペラ『ゲノフェーファ』より抜粋。
プログラム解説、歌詩対訳、字幕も全て彼女だから荒井づくしである。

リートでの彼女のピアノは見事だった。当たり前だが自身も小声で歌いながら弾いており、音色強弱フレージング、あらゆる点で歌手をリード、だがそれが「ついてらっしゃい」ではなく気持ちよくのせてゆく配慮に満ち、これならカイザースラウテルン・プファルツ歌劇場で大事にされるのも納得だ。もともとリートを学びにスイス留学した人ゆえ、実に行き届いた演奏ぶり。

『レクイエム』は合唱がメインステージに並び、ピアノは袖に移動、もちろん音量的にもリートとは全く異なるわけだが、それはオペラのリハで常時経験していることだから泰然たるもの。ページをぱっぱ繰りながら合唱を見やりつつドラマを創って行く牽引力は頼もしい限り。が、ややスケールに欠ける感もあるのは、稽古風景をステージ化しているからで、これが現場であったらそんな感想は持つまい。
というか、現場はもっとヴィヴィッドで自由と緊張が行き交う風景なのだ。どんどんダメだしが出るし。その創造過程こそが実はスリリングで面白い(コレペティの仕事を堪能するには)。

後半の『ゲノフェーファ』はよく工夫されていた。舞台回しに朗読を入れ、字幕を設置、話の筋をきちんと伝え、演出、衣装もそれなりに考えられたもの。
が、こうなってくると、舞台の完成度につい気が行きがちになり、コレペティとしての彼女を見るのが眼目、というのを忘れてしまう。シューマンのたった1作のオペラであれば、音楽的にも気になる。
荒井がプログラムで語るようなシューマンのオペラ作曲についての様々な工夫を舞台に読み取る以前に、肝心の歌唱全体の仕上がりの甘さが目につく。
思うに、オペラ制作過程のどこかの時点を切り取り、そのまま稽古風景を見せたほうがコレペティの存在や意味を的確に提示できたのではないか。

それでも、この公演を成立させた五島記念文化賞に携わる方々と、その成果をしっかり示した荒井の力量は大いに讃えたい。
現在、独仏英伊に加え複数言語でのコミュニケーション力の研鑽に励むとのことで、日本の創作オペラ海外公演での彼女の活躍なども思い描いたひと時であった。

荒井の略歴は以下。
武蔵野音大卒後チューリヒ芸術大学リート室内楽科にて歌曲演奏、特にドイツ・リートを集中的に学ぶ。同大学院を修了後、2012年ドイツ・シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院コレペティトゥア科入学(休学中)、現在ベルギー・インターナショナルオペラアカデミー(IOA)コレペティトゥア研修生。
2014年、アルデン・ビーゼン サマーオペラ『ドン・ジョヴァンニ』、モネ劇場『シェル・ショック』、2015年IOA『春のめざめ』でコレペティを務める。
2018年ノルトハウゼン歌劇場専属コレペティトゥア、2019年8月カイザースラウテルン・プファルツ歌劇場勤務。

(2019/9/15)

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<Performers & Staff>
Piano : Mirei Arai
Soprano : Rie Miyake
Tenor : Atsuki Teruya
Baritone : Kei Harada
Choral Master / Hiroyuki Mito
Chorus : Nikikai Chorus Group
Reading : Ikuko Yamamoto
Production : Shugo Ikoh

<Program> R.Schumann
Lieder und Gesänge aus Goethes “Wilhelm Meisters Lehrjahre ” Op.98a
  Kennst du das Land
  Nur wer die Sehnsucht kennt
  Heiss mich nichit reden
  So lasst mich scheinen
Requiem für Mignon Op.98b
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Auszüge aus Oper “Genoveva” Op.81