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マルク・ミンコフスキ&オーケストラ・アンサンブル金沢 東京特別公演|藤原聡

マルク・ミンコフスキ&オーケストラ・アンサンブル金沢 東京特別公演
Marc Minkowski &  Orchestra Ensemble Kanazawa Concert in Tokyo

2019年7月9日  東京芸術劇場コンサートホール
2019/7/9 Tokyo Metropolitan Theatre Concert Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>        →foreign language
ヴァイオリン:クリストフ・コンツ
オーケストラ・アンサンブル金沢
指揮:マルク・ミンコフスキ
コンサートマスター:アビゲイル・ヤング

<曲目>
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
ブラームス:セレナード第1番 ニ長調 作品11

 

昨年8月における『ペレアスとメリザンド』以来のミンコフスキ&オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)東京公演は意外に渋めの曲を持って来た印象。ベートーヴェンの協奏曲はむろん大名曲ながら大向う受けするような演奏効果が上がる訳でもないし、ブラームスのセレナードは佳曲ながら実演ではなかなかお目にかからない。都響客演時もそういう印象があるが、オケ側からの提案は当然あるにせよ、ミンコフスキはその時自身が本当に興味のある演目を素直にぶつけて来るイメージがある(実際の「先方の提案」と「自身の希望」の内訳は知らないが)。その演目が意外、と感じるとすれば、やはり聴き手たるわれわれはミンコフスキを未だバロック上がりの指揮者とのイメージで考えがちなためかも知れない。『セビリアの理髪師』(2017年2月/OEK)、ブルックナー(2017年7月/都響)もやれば『くるみ割り人形』(2018年8月/都響)、『新世界』(2019年10月/OEK)や『悲愴』(同/都響)もやるミンコフスキの興味と守備範囲は実際驚くほど広いのだ。そしてその演奏は楽曲のイメージを刷新するかのようなフレッシュな表現となることが多い。という訳だからミンコフスキのコンサートは1回1回が「何かが起こりそう」との期待感をもって参加することとなる。この日もまた然り。

まさにベートーヴェンの協奏曲から何かが起こっている。前奏のオケは奇を衒ったことをしている訳では全くないのだが、どの楽器にも極めて繊細な表情付けが施され単調に流れる瞬間が全くない。ソロとのバランスも最良で、特に展開部の短調のエピソード部分はヴァイオリンの音量と表情の浮き沈みに応じて魔法のようにオケも表現を変化させる。第2楽章ではオケ部の冴え冴えした音色が絶品だし、終楽章では意図されたであろう快速調のテンポの中でも音楽が上滑りせず全ての瞬間に多様な色調がある。この演奏、デュナーミクで聴かせるのではなく(もちろんこの効果も抜群だが)、テンポやちょっとした力感の変化を演出するソロとそれを丹念にフォローするオケの入念なサポートで聴かせる演奏であって(これはどの演奏でもそうあるべきだろうが、実際はそうではない)、その徹底度は厳しいリハと既に金沢公演を経たからこそのものとも想像する。オケのことばかり記したが、ウィーン・フィルの首席第2ヴァイオリン奏者を務めるクリストフ・コンツのソロもまた予想以上に良い。技術的に見事だが、それがこれみよがしに前面に出て来ない。音色は清冽で引き締まりいささか辛口(ウィーン・フィルのイメージとは違う)、細部のリズム的処理などにはやや癖もあるが、それもまた味の1つ。このコンツ、指揮者としても活躍し、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルの首席客演指揮者に就任した、というのだからミンコフスキに薫陶を受けているのだろう、それがオケとの完璧な調和に現れていたとも思える。

後半のブラームスは冒頭からベートーヴェンとはまた違ってミンコフスキの豪快な側面が伺えるような勢い、と言うか竹を割ったような明快な表現で微笑ましく、ここでこの指揮者は明確にこの作品を後年のブラームスに繋がるような重厚長大な作品としてではなく、ある種の「若書き」の勢いの元に演奏しようとしている(とは言え曲自体がセレナードと形容するには長大過ぎるけれど)。第3楽章でのゲミュートリヒな緩さ(これもまた意図的なものだ)は楽曲冒頭のホルンの旋律から想像させるオーストリア的(チロル的?)な心性への接近とも取れる。これは構えは大きいが交響曲ではないのだ。第5楽章のスケルツォでの剛直さ、そして終楽章での畳み掛けるような溌剌とした勢いは、多少の粗さは犠牲にしても曲の本質を具現化しようとする指揮者の意図によるものだろう(大体、ミンコフスキはやりたいこと/どういう方向性で演奏するか、が聴き手にはっきり伝わる演奏をする)。オケも木管群のソロを初めとして大健闘、なかなか実演で聴けないこの曲の素敵さを理解した方もたくさんいたことだろう(ちなみにセレナード第2番も金沢で演奏予定がある)。

筆者は2015年12月にミンコフスキ&OEKのシューマン:交響曲全曲演奏会を聴くために金沢に行ったが(それ以前にはやはりミンコフスキ&レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルを金沢で聴いている)、その演奏はいかにもミンコフスキらしく、本番の一期一会的な即興性に富んだ快演であった。OEKが定期的に開催してくれる東京公演、ミンコフスキが芸術監督である間はこの指揮者が帯同するのだろうが、地元と同一プログラムを持って来るにせよホームである石川県立音楽堂という素晴らしいホールで聴く演奏はまた格別であろうし(オケのキャパシティ的にこのホールがジャストフィットなのだ)、もちろん地元でしか演奏しないプログラムもあろう。ミンコフスキと言わずOEK、観光も込みで地元・金沢でのコンサートもおすすめしておく。

(2019/8/15)

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<Performers>
Conductor:Marc Minkowski
Violin:Christoph Koncz
Orchestra Ensemble Kanazawa

<Program>
Beethoven:Violin Concerto in D major, Op. 61
Brahms:Serenade No. 1 in D major, Op. 11