アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノリサイタル|松本大輔
アンドレイ・ガヴリーロフ ピアノリサイタル
ANDREI GAVRILOV PIANO RECITAL
2019年7月6日 宗次ホール
2019/7/6 Munetsugu Hall
Reviewed by 松本大輔(Daisuke Matsumoto)
写真提供:宗次ホール
<曲目> →foreign language
シューマン:蝶々
シューマン:交響的練習曲
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ムソルグスキー:展覧会の絵
(アンコール)
ショパン:ノクターン第4番ヘ長調
プロコフィエフ:4つの小品 Op. 4 – 第4曲 悪魔的啓示
これはコンサートではない。
これはいかんだろう。
これはショーだ。しかも血みどろの格闘技。
終演後何人か客席から立ち上がらなかった人がいたが、おそらく悶絶するか、あるいは息をしていなかったかもしれない。
これまでピアノ・コンサートなら数知れず聴いてきた。
ミケランジェリだって、アルゲリッチだって、ポリーニだって。
そう、ガヴリーロフということならあのリヒテルだって聴いてきた。
でも誰もあんな音は出さなかった。
ピアノが違うのか、と。
いや、このホールのピアノではこれまでリルだって、デムスだって、あのシチェルバコフだって聴いてきた。
でも同じ楽器とは思えないような音を今回のピアニストは出していた。
というか、自分が聴いたあれは、ピアノだったのか。
今まで聴いてきた「ピアノ」という楽器とは違うものだったような気がする。
というか、自分が聴いたあれは、そもそもシューマンだったのか。
ロマンティックで文学的で知性あふれるロマン派音楽の旗手。
多分違う。
どんな時代にも属していない新たな作曲家。そうとでも考えないと今夜の演奏は説明がつかない。
いや、もし今夜聴いたのがシューマンだったとしよう。
だとしたら、これはクララの前でひざまずいて共に神に感謝した文学青年シューマンではない。
そのすぐあとに召使のところに行って、別の大事な用件のためにひざまずいた野獣。ワイルドでよだれを垂らしたモンスター。
ぼーっと聞いてたら喉に食いつかれ頭蓋骨を噛み砕かれる。最後にはすべて食い尽くされ消化され排泄されてしまう。
シューマンの音楽は、演奏家によって、きわめてまれに、獣人の音楽となる。
今夜がまさにそう。
そしてこのシューマンのあと、観客は阿鼻叫喚の「展覧会」に連れて行かれる。
恐怖と快楽と狂気の待つ地獄の展覧会に。
その話が聴きたいって?
それはまた酒が入った時にでも。
いずれにせよ小さいお子様がいなくてよかった。ピアノ習いたての子供がいなくてよかった。二度と立ち直れない。
ホールの人が真剣に心配していた。
ピアノは大丈夫だっただろうか。
確かに心配だったろう。
自分もピアノ・コンサートを聴いていて、鍵盤や弦ではなく、ピアノの脚を心配したのは初めてである。
たたきや。
こわしや。
怒る人もいるだろう。
嘲笑する人もいるだろう。
評論家はあるいはボロクソ書くかもしれない。
おそらく宇野功芳も吉田秀和も、生きていたらめちゃくちゃ非難しただろう。
しかしそれはそれでいいではないか。ガヴリーロフという人はこういう人なのだ。
こういう音楽をぶっ放す人なのだ。
こういう人がいたっていいじゃないか。
かつての美青年だったころの面影も幻想も期待も一切必要ない。そんなものは過去に過ぎない。ここにいるのは様々な変遷をたどってさまざまな辛酸をなめて、いまここに生きている一人の表現者。
演奏を批判するのは構わない。しかしこの男を批判する権利は誰にもない。
そんなガヴリーロフがアンコールで最後に弾いたショパンが・・・・
まるで累々と横たわる死体に捧げられた一輪の花のようで、無残なまでに美しく、そして切なかった。
(2019/8/15)
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松本大輔(Daisuke Matsumoto)
1965年、松山市生まれ。
24歳でCDショップ店員に。1998年に独立、まだ全国でも珍しかったネット通販型クラシックCDショップ「アリアCD」を春日井にて開業。
クラシック専門CDショップとしては国内最大の規模を誇る。
http://www.aria-cd.com/
「クラシックは死なない!」シリーズなど7冊の著書を刊行。
愛知大学、岡崎市シビック・センター、東京のフルトヴェングラー・センター、名古屋宗次ホール、長久手、一宮、春日井などで定期的にクラシックの講座を開講。
<Artist>
Andrei Gavrilov
<Program>
Robert Schumann:Papillons, Op. 2
Robert Schumann:Etudes symphoniques (Symphonic Etudes), Op. 13
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Modest Petrovich Mussorgsk:Pictures at an Exhibition
( Encore)
Fryderyk Chopin:Nocturne No. 4 in F Major, Op. 15, No. 1
Sergey Prokofiev:4 Pieces, Op. 4: No. 4. Suggestion diabolique