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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2019 エラールの午后~第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者を迎えて~|大河内文恵

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2019 エラールの午后~第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者を迎えて~
Suntory Hall Chamber Music Garden AFTERNOON CONCERT WITH “ÉRARD PIANO” by The Winner of The First International Chopin Competition on Period Instruments

2019年6月9日 サントリーホール ブルーローズ
2019/6/9 Suntory Hall Blue Rose (Small Hall)
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>        →foreign language
トマシュ・リッテル(ピアノ)
原田陽(ヴァイオリン)
堀内由紀(ヴァイオリン)
廣海史帆(ヴィオラ)
新倉瞳(チェロ)
今野京(コントラバス)

<曲目>
ショパン:ポロネーズ第14番 嬰ト短調
    :2つのポロネーズ 作品26
    :4つのマズルカ 作品33
    :バラード第4番 ヘ短調 作品52
~休憩~
ショパン(ケナー、ドンベク編曲):ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
~アンコール~
ショパン(ケナー、ドンベク編曲):ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21 より第2楽章

 

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2019の呼び物の1つ、サントリーホール所有のピリオド楽器、エラール社のフォルテ・ピアノのコンサートを聴いた。このコンサートは、この楽器の音が聴けるというだけでなく、昨年おこなわれた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの優勝者の演奏が聴けるという二重の意味で貴重な機会であった。

曲目は、リッテルがコンクールの予選および本選で演奏した曲目が並ぶ。最初のポロネーズ第14番では、低音域と高音域とで音量や音色が極端に違い、バランスに苦慮しているように聞こえた。続くポロネーズ作品26ではペダルを踏んだときの弦全体とフレームの唸りのような音が気になった。実際、コンクールでリッテルは、ポロネーズ14番はブッフホルツ、ポロネーズ作品26はプレイエルの楽器を使用しており、曲と楽器の相性があまりよくなかったのかもしれない。

だが、マズルカになった途端、状況は一変した。作品33の1曲目は「悲しげに」とあるためか、ロマンティックに演奏されがちであるが、リッテルはもっと素朴で乾いた感じに弾く。まるで別の曲のように聞こえるが、だからこそこの曲の持つ哀愁が胸に迫ってくる。中間部の明るい曲調の部分もキラキラとした音色は使わない。曲調の明るさは持ちつつも、底抜けの明るさではなく、どこか暗さを秘めた明るさなのだ。ポーランドという国が長年背負ってきた苛酷な状況を暗にあらわしているようで、たまらない気持ちになった。2曲目はまるでモダン・ピアノで弾いているかのような強弱のコントラストがついており、とくに弱音が美しい。3曲目はこれまたpp(ピアニシモ)のなんとも言えない魅力があった。

前半の最後はバラードの4番。日本でショパンのバラードというと1番があまりにも有名で、4番は玄人好みという位置づけであるが、この曲のこれまで知られていなかった隠れた魅力を引き出した演奏だった。まず、出だしのppで心を鷲掴みにされた。この冒頭の部分をただの序奏だと思っていた自分の頭をガーンと殴られたような衝撃だった。つづく部分では、たっぷりと歌わせたり、逆に少し急いたり、ルバートをかけたりといった何等かの手を加えた演奏が多い中、リッテルはテンポの揺らしを最低限にして、テンポではなく、音色の変化の多様さで聴かせていく。

いわゆるモダン・ピアノのキラキラではないのだが、一瞬一瞬の音の煌めきが心の中に積もっていく。転調した後のピアニシモなど脱帽ものだ。この曲は前半の終わりの部分と後半に盛り上がりがあり、前半と中間部は聴き手をどうやって飽きさせずに繋ぎとめるかに勝負がかかっているような曲なのだが、リッテルの演奏で、この部分にこそショパンの魅力が詰まっていたのだと気づかされた。どちらかというと盛り上がりの連続のような1番に比べて、4番は盛り上がったと思ったらすぐ落ち着いてしまって、いまひとつ盛り上がりに欠ける曲のイメージがあったが、いわゆる盛り上がりでない部分をこれほどまでに魅力的に演奏されると、全部盛りのような様相になり、曲のイメージががらっと変わった。いやはや、ショパンコークール1位といっても所詮ピリオド楽器のでしょ?と高を括っていたつもりはないのだが、やはりショパン・コンクールの覇者は次元が違うことを思い知らされた。

休憩後はピアノ協奏曲第2番の室内楽版である。室内楽部分を担当したのは、古楽で活躍中の若手(原田、堀内、廣海)とモダン奏者ながらも古楽に造詣の深い新倉(チェロ)と今野(コントラバス)の組み合わせ。使用楽譜はPWM(ポーランド音楽出版)から出されている室内楽版である。日本で小倉貴久子氏の演奏で知られるドイツ初版譜では、管楽器の部分をピアノが担当するなど、ピアノ奏者は独奏部分以外にも演奏する箇所があるが、PWM版では、ピアノ奏者はピアノ・ソロだけを弾けばよいように編曲がなされている。そういう意味では、「ナショナル・エディション」であるとはいえ、ショパンの時代には存在しなかった演奏形態ではある。

とはいうものの、演奏そのものは素晴らしいものであった。指揮者がいないため、リッテルの演奏に必死でついていっている場面がないではなかったが、室内楽奏者は概して独奏者の演奏によく合っているというよりも、ピアノを含めたアンサンブル全体がよく調和していた。室内楽バージョンだけあって、第2ヴァイオリンやヴィオラにも主旋律が割り当てられることもあり、堀内と廣海の好演がみられた。

この協奏曲でリッテルの真価が発揮された。技術的な完璧さがモダンの奏者顔負けであるというだけでなく、とくに2楽章における音色の素晴らしさと叙情性は、2楽章が終わるときに、もう終わってしまうのかと名残惜しくなったほどである。この名残惜しさは2楽章が終わってしまうことと、もうあと1楽章分しか聴けないのかというのと二重の意味での名残惜しさであった。そのくらい、いつまでも聴いていたい音楽だった。

その願いが通じたのか、アンコールはコンチェルトの2楽章を再び演奏。いやはやすごいピアニストが現れたものである。東京でのコンサートは今回はこの演奏会のみだったようで、早くも次の来日が待ち遠しい。今後、どのように成長していくのか、大いなる期待を込めて見守りたいと思う。

(2019/7/15)

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<Performers>

Pf: Tomasz Ritter *
Vn: Akira Harada, Yuki Horiuchi
Va: Shiho Hiromi
Vc: Hitomi Niikura
DB: Takashi Konno

* Érard Piano (1867, owned by Suntory Hall)

<Program>

Chopin: Polonaise No. 14 in G-sharp Minor
Two Polonaises, Op. 26
Four Mazurkas, Op. 33
Ballade No. 4 in F Minor, Op. 52
–Intermission–
Chopin: Piano Concerto No. 2 in F Minor, Op. 21 (Chamber Music Version)
–Encore–
Chopin: Piano Concerto No. 2 in F Minor, Op. 21 (Chamber Music Version) 2nd movement