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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2019 クス・クァルテット ベートーヴェン・サイクル V|大河内文恵

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2019 クス・クァルテット ベートーヴェン・サイクル V
Suntory Hall Chamber Music Garden
KUSS QUARTETT – THE BEETHOVEN CYCLE Ⅴ

2019年6月13日 サントリーホール ブルーローズ
2019/6/13 Suntory Hall Blue Rose (Small Hall)
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)撮影:6月11日

<演奏>        →foreign language
クス・クァルテット(弦楽四重奏)
  ヤーナ・クス(第1ヴァイオリン)
  オリヴァー・ヴィレ(第2ヴァイオリン)
  ウィリアム・コールマン(ヴィオラ)
  ミカエル・ハクナザリアン(チェロ)

<曲目>
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131
~休憩~
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135
マントヴァーニ:弦楽四重奏曲第6番「ベートヴェニアーナ」[世界初演、共同委嘱]

 

サントリーホールの室内楽シリーズ、チェンバーミュージック・ガーデンは今年で9年目。呼び物の1つである、クス・クァルテットによるベートーヴェン・サイクル(すなわち、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を5日かけて完走=完奏する)のうち、最終日を聴いた。このサイクルは、作品番号順ではなく、作曲順で演奏されたため、最終日の曲目は、15番と16番ではなく、14番と16番となる。

ベートーヴェンは晩年の弦楽四重奏曲で楽章の拡大をおこない、(作曲順に)15番は5楽章、13番は6楽章、14番は7楽章と1楽章ずつ増やしていき、最後の16番では再び4楽章に戻している。ベートーヴェンの晩年の作品はジャンルを問わず難解なイメージがあり、とくにこの14番と16番はベートーヴェンの生前には演奏されなかったほどというお墨付きである。しかも14番は7楽章合わせて40分かかり、それぞれの楽章間は切れ目なく演奏される。聴くには少々勇気が必要である。

弾き始めこそ、音がかたかったが、曲が進むにつれて彼らの音楽になっていく。1楽章は対位法的にかかれているが、バッハの曲のように横の旋律を追っていくというよりも、ルネサンス音楽のような一瞬一瞬の響きのうつろいを楽しむ感じ。先日、オケゲムのミサ曲の演奏を聴いたときに、和声の展開としてではなく響きの移ろいとして聴くと楽しめることに気づいたのだが、まさにそれと同じだ。

よく聞くと、彼らは横の旋律を弾いているようでいて、一瞬一瞬の縦の響きもコントロールしていることがわかる。協和音は協和音として純正に近い響きで音をとり、不協和音はきちんと不協和音に聞こえる。だからこそ、響きのメリハリが効いていて、少しも飽きないのだ。長いはずの1楽章があっという間だった。

2楽章はやわらかい音で、これぞ生で聴く醍醐味。5楽章の楽器間の対話も楽しい。彼らの演奏には、ベートーヴェンの作品だからベートーヴェンらしくしなければといった気負いがまったくない。楽譜から立ち上ってくる音を素直に音にしている、ただそれだけ。だから、「ベートーヴェンらしさ」を求める人には物足りなく感じるかもしれないが、筆者には作品のもつ世界を忠実にあらわにしたという意味で、むしろ画期的な演奏なのではないかと思われた。

休憩後は16番。冒頭のpp(ピアニシモ)が効果的。録音ではこの効果は出ない。2楽章はメンバーが遊んでいる感じが出ていて楽しめた。白眉は3楽章。往年の弦楽四重奏団は、第1ヴァイオリンに有名な奏者がいて、残りの3人を引っ張るという形が多いが、彼らは4人が対等であるようにみえる。そのため、この3楽章では内声である第2ヴァイオリンとヴィオラの響きが魅力的で、第1ヴァイオリン+3声として演奏されるときよりも、音楽に厚みが増して豊かになっている。ベートーヴェンの頭の中ではこんな音楽が鳴っていたのかと思うと同時に、ベートーヴェンがこの演奏を聴いたら、どう思うだろう?と想像してみたくなる。

4人の対等な関係は4楽章も続く。この楽章は楽器同士の掛け合いが多く、まるで会話をしているような彼らの音楽は、オペラの四重唱を聴いているかのようだった。

最後を締めくくるのは、マントヴァーニによる『ベートヴェニアーナ』。ベートーヴェンへのオマージュたっぷりの新曲である。グリッサンドとトレモロと微分音を基調とした現代的な響きの中に突如として現れるベートーヴェンの旋律。しかしそれが長くは続かず、また元の「現代音楽」に戻る。そうやって、ベートーヴェンと現代音楽を行きつ戻りつしながら音楽が進む。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲にそれほど詳しくない筆者ですら、思わずニヤっとしてしまう展開。どの曲のどの部分なのかすぐにわかる人にはニヤニヤが止まらないだろうことが容易に想像できる。そういう意味では、この新曲はこのサイクルを全部聴いた人への最高のご褒美になった。

関連評:クス・クァルテット ベートーヴェン・サイクルⅡ|藤原聡

(2019/7/15)

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<Performers>

String Quartet: Kuss Quartett
  Vn: Jana Kuss
  Vn: Oliver Wille
  Va: William Coleman
  Vc: Mikayel Hakhnazaryan

<Program>

Beethoven: String Quartet No. 14 in C-sharp Minor, Op. 131

–Intermission–
Beethoven: String Quartet No. 16 in F Major, Op. 135
Mantovani: Quatuor à cordes N°6, “Beethoveniana” (World Premiere, co-commissioned)