エリック・ル・サージュ  ピアノ・リサイタル|藤原聡

エリック・ル・サージュ  ピアノ・リサイタル

2019年5月9日 横浜みなとみらいホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<曲目>
シューマン:『子供の情景』 op.15
ドビュッシー:『子供の領分』『映像第1集』『喜びの島』
シューマン:『花の曲』 op.19『謝肉祭』 op.9
(アンコール)
シューマン:『ダヴィッド同盟舞曲集』 op.6〜第14曲
ドビュッシー:『子供の領分』〜グラドゥス・アド・パルナッスム博士

 

みなとみらいホールが平日の昼間に定期的に開催している「みなとみらいアフタヌーンコンサート」。2019年度は前・後期でそれぞれ5回ずつ計10回のコンサートが行われるが、その前期の第2回目に開催されたのがこのエリック・ル・サージュのリサイタルである。ル・サージュと言えば筆者などにはレ・ヴァン・フランセや各種室内楽におけるアンサンブル・ピアニストの印象が強いのだが、とは言えAlphaレーベルから発売されているシューマンのピアノ独奏作品全集などを聴くとソロ奏者としてそこに独特のテンペラメントの発露を感じることが出来る訳で、つまりは非常に芸域の広い音楽家なのだろう。演奏する作品及び形態によって柔軟に「攻め方」を変化させる。この日のリサイタルはル・サージュが得意とするシューマン作品にお国ものたるドビュッシーを組み合わせた大変魅力に富んだプログラムで構成される。

先に「独特のテンペラメント」と記したが、それは1曲目の『子供の情景』から既に明らかだ。細やかで自在なテンポの揺らぎと両手のリズムの微妙な「ずらし」。響きはまろやかで柔らかい。物理的なテンポはかなり速かったと思うし、ほとんど間を空けずに弾き進んだのだけれどもそこにせわしなさの印象が皆無だったのは、全体の流れを重視しながらも細部の彫啄にも目配りが効いていたためだろう。一聴そっけない演奏のようにも聴こえるが全くそうではない。この辺りはル・サージュの個性であると同時に独墺系の演奏家とは明らかに異なるラテン的な感性で照射されたシューマンという気がする。タイプは異なるがイーヴ・ナットのシューマン演奏を思い出した。

2曲目の『子供の領分』でも同様の演奏。しかし、ここではいささか弾き飛ばしの傾向なしとしない。個人的には各曲に内在する詩情をよりゆったりと丹念に表出して欲しかったと思われるのだが、それでも「小さな羊飼い」での音色の作り方などには唸らされる。以下は憶測だが、ル・サージュは作品の情感や情念を個人的な思い入れで増幅させて表現することに警戒心を抱いているのではないか。 だからその演奏には常に趣味の良さと節度があるのだ。これを物足りないと感じるかは聴き手次第というところか。またはこうも言えるか、「秘すれば花」に通じる美学。

前半は同じくドビュッシーの『映像第1集』と『喜びの島』。前者の第3曲「運動」の快速さには驚いたが、後年の『練習曲』に繋がって行くアブストラクトで純粋な運動性を感じさせることの多いこの曲にル・サージュの演奏はより生身の身体性に富んだ起伏を持ち込んでいて新鮮であったし、『喜びの島』ではそこに音色の鮮明さと鋭さが付加される。思わぬ「飛ばし」の事故はあったにせよ作品が求めるヴィルトゥオジティを存分に発揮しての快演を展開。それにしても終結の鮮やかさと言ったら。

休憩の後には再びシューマン。うっとりするような柔和な音色と繊細な歌い口を披露した『花の曲』を挟んでの『謝肉祭』が圧巻。流れを重視という点では前半の『子供の情景』と同様の演奏だが、しかしその中で各曲のテンポのコントラストや表現の起伏が最大限に生かされていたと言える。つまり流動性と個々の曲の性格が2つながらに生かされていた訳で、これは生半な演奏ではない。例えば「ピエロ」と「アルルカン」、「オイゼビウス」と「フロレスタン」、あるいは「ノーブルなワルツ」と「ドイツ風ワルツ」の対比あるいは相同性の妙味。気まぐれとも思えるそれぞれの性格的な小品の万全な表現と、音列云々を差し置いたとしても全体を貫く浮かれたような「謝肉祭」の熱気の持続。この曲の演奏としては理想に近いル・サージュの演奏ではなかったか(客層のためか、客席が意外に冷めていたのが残念…)。

夢見心地のレガートが堪らない『ダヴィッド同盟舞曲集』からの第14曲(「繊細に、かつ歌って」)と、本プログラムよりもさらに興に乗った『子供の領分』からの第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」をアンコールに弾いてリサイタルは終了。

作品の「かたち」を尊重しながら、そこに押し付けがましくなくさりげないやり方で演奏者の美学が滲み出る。これは「スタイル」やら「個性」やらと呼ぶような大仰なものでもないある意味で慎ましやかなものだ。ル・サージュの演奏から感じ取れるのはそのような誠実な音楽のありようである。

 (2019/6/15)