新国立劇場 オペラ「フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ」|平岡拓也

新国立劇場 オペラ「フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ」

2019年4月17日 新国立劇場 オペラパレス
Reviewed by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) 撮影:4月5日(ゲネプロ)

<スタッフ・キャスト>
演出:粟國淳
美術:横田あつみ
衣裳:増田恵美
照明:大島祐夫
舞台監督:斉藤美穂

【フィレンツェの悲劇】
グイード・バルディ:ヴゼヴォロド・グリヴノフ
シモーネ:セルゲイ・レイフェルクス
ビアンカ:齊藤純子

【ジャンニ・スキッキ】
ジャンニ・スキッキ:カルロス・アルバレス
ラウレッタ:砂川涼子
ツィータ:寺谷千枝子
リヌッチョ:村上敏明
ゲラルド:青地英幸
ネッラ:針生美智子
ゲラルディーノ:吉原圭子
ベット・ディ・シーニャ:志村文彦
シモーネ:大塚博章
マルコ:吉川健一
チェスカ:中島郁子
スピネッロッチョ先生:鹿野由之
アマンティオ・ディ・ニコーラオ:大久保光哉
ピネッリーノ:松中哲平
グッチョ:水野秀樹
ブオーゾ:有岡蔵人(助演)

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:沼尻竜典

<演目>
ツェムリンスキー:歌劇『フィレンツェの悲劇』(全1幕/ドイツ語上演/字幕付)
プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』(全1幕/イタリア語上演/字幕付)

 

『フィレンツェの悲劇』と『ジャンニ・スキッキ』という、フィレンツェを舞台としつつ異言語により書かれた2作品。海外のオペラハウスでは時折見られる組み合わせが、初台にも持ち込まれた。

『フィレンツェの悲劇』のセットはやや傾斜のある中世の洋館(プログラムには15世紀の設定とある)。終始暗めの照明はあまり変化せず、人物の動きも少ない。僅か3人のキャストが物語を動かしてゆくので難しい点もあろうが、作品の起伏の少なさを補う役割も演出にはあるのではないだろうか。
歌手の3人はみな存在感を発揮、その中でもシモーネのレイフェルクスはヴェテランならではの存在感で不気味な人物像を表現した。この日は開演前のアナウンス通り本調子ではなかったようだが、うまく配分して最後まで歌い切った。グイードのグリヴノフ、ビアンカの齋藤純子も演技含め不足はない。
このオペラ、冷めきっていたはずのシモーネとビアンカが幕切れ直前に急に愛を再確認するという展開は奇妙な印象を受ける。このような急展開にもピタリと音楽が併走し、和声的にハッとする瞬間をもたらすあたり、ワーグナーの強い影響が滲むところだ。

後半『ジャンニ・スキッキ』の幕が開くと同時に『フィレンツェ』の舞台装置が引っ込み、新たに『ジャンニ』のものが登場する。そこにドラマトゥルギー的必然性は筆者には感じられず、単なる舞台転換を休憩を挟んで行ったようにしか思えなかった。
この作品での時代考証は第2次大戦後(1950年代)に設定され、亡くなったブオーゾの机上が舞台セットになっている。そこには本や天秤、羽ペンなどの小物や文房具がゴロゴロと転がっており、その上で歌手が乗り、駆け回るという―謂わば「小人設定」が採られている。最も舞台端に置かれた一冊はこのオペラの原作であるダンテ『神曲』であったようだ。これらの設定は、最後にジャンニがプッチーニの肉声に成り代わり客席へメッセージを発することとも関係があるのだろうか。劇中の寸法をあえて不明瞭にし、原作本を舞台に転がしてみたりする粟国の采配は、ジャンニが我々に語りかける瞬間でオペラの虚構世界を軽やかに飛び越える作曲家プッチーニへのオマージュにも受け取れる。また、遺産相続で繰り広げられる喜劇を聴衆が鳥瞰的に観る、という構図を視覚的にも示唆する役割も果たすだろう。

プッチーニの音楽はツェムリンスキーとは一転、情報量がぎっしりと1時間の中に凝縮されている。歌手のアンサンブルもあちこちで繰り広げられ、実に忙しない。ラウレッタの砂川京子、リヌッチョの村上敏明はじめ旬の日本人歌手が脇を固めつつ、外題役のカルロス・アルバレスが頭一つ抜けた素晴らしさ。彼を含めたアンサンブルはきめ細やかで、日本人歌手の良い面と招聘スターの求心力が絶妙に結びついた結果だろう。

両作品とも、沼尻指揮の東京フィルは細かな走句までよく聴き取れる演奏を繰り広げた。ツェムリンスキーではより恍惚たる音が欲しい瞬間もあるが、充分に満足が出来た。

問題は、粟国淳の演出である。それぞれの作品は丁寧に仕上げられていたが、今回は「ダブル・ビル」である。粟国は大野オペラ芸術監督からこの2作を組み合わせる依頼を受けたわけだが、観終わった後、組み合わせの意義は特に感じられなかった。両作品を跨ぐ共通性は、紗幕でフィレンツェの街を写し出していたことだけだろう(この紗幕が上がり、街のある2箇所にスポットが当たる、という流れだ)。単純に「題材がフィレンツェ」「悲劇と喜劇」という対比だけでは、劇場に来てからの発見がない。

(2019/5/15)

【フィレンツェの悲劇】

【ジャンニ・スキッキ】