五線紙のパンセ|ペラルゴニウム・トリステ|川上統   

ペラルゴニウム・トリステ 

text & photos by 川上統(Osamu Kawakami  

植物をいくつか育てている。多年草や越冬できる植物が二年目の春に再び芽吹いた時の喜びは他に代え難いものがある。明朝にはどの位新芽が伸びているだろうか、という風に一日毎の楽しみが増えるこの四月という時期から連載されるという事で、植物と作曲について書いてみ  

第一回の今月南アフリカが原産であるペラルゴニウム・トリステについて。枯木のような塊根部から羽毛のような葉を茂らせるという、非常に不思議な姿をしている。この種類は秋の寒さに当たり始める頃から芽吹き始め、冬に最も葉を茂らせる。春を越え夏に至ると葉を落とし休眠する。
実際にこの植物を育ててみると、冬場に葉を次々と茂らせる姿には季節感が崩壊するような心持ちを味わう事ができ、とても愉しい。葉のない状態は前述の枯木のような塊根部のみの姿になり、秋に無事新芽を拝む事ができるだろうかと、秋場に余計ヒヤヒヤする羽目になる。芽吹かなければ、枯木の姿のまま一年を過ごす事になる(ただしそれでも株は生きている事もあるので注意が必要である)。そんな植物である故、前述の「再び芽吹いた時の感動」というものが一入感動的でありつつ、他の植物の枯れてくる秋冬にたった一株元気になっていくという奇妙な孤独感も味わい、複雑な思いに満たされる。  

私は生物の名をタイトルにした曲を多く書いているのだが、実際に身近にある生物を題材にする事はあまりない。特に私が実際に育てている生物に関しては育て観察し続ける事によって、作曲をする前段階の指向や音決定の嗜好に直接影響するので、むしろ自分の基盤となる混沌とした力の海の中の一要素となり、その特徴を突出させて一つの作品としての個性として出そうとは却って思わなくなってしまう場合が多いのである。
このペラルゴニウム・トリステという植物も未だ作曲作品の題材として作る予定はない(いつか不意に書きたくなるかもしれないが)
ではどうして今回は未だ曲のタイトルにすらしていない、この植物を紹介しようと思ったのだろうか。 

それはこの数年で僅かながらではあるのだが、作曲の仕方(若しくは作曲をする前の前段階の思考の指向性)が少しずつ変化してきた事に気づき、それは植物を育てている事が関わっているような気がしたからである。私の生物に対する興味の比重としては、六年前辺りで[動物7:植物3]だったところ、現在は[動物3:植物7]という感じに七三分けが逆転している生物全般への興味という意味では今も変わりなく、興味のある動物も沢山いるのだが、興味の対象としての変遷は確実にあり、動いていないものように見える程に変化がゆっくり)の造形をなぞって見る事が、今現在非常に興味深い事として感じている

私が作曲をする際に毎度向き合わなければならないものが「定まろうとしない思考の変化エネルギー」である。曲の方向を定めさせない厄介者でありつつ、原動力の最たるもの、その両方を兼ねるこの「変化エネルギー」をいかに宥めつつ嗾ける事ができるかによって曲の完成に至るまでの疲労度は大きく変わり、曲の充実度も変わる。この作業は自分の心のある部分を剥ぎ取って、それを少しずつ育てていく感覚似ているのだな、と気づいた時に既視感として思い出したのが、植物が芽吹いていく成長点を見つめる事であった 

ペラルゴニウム・トリステの話に戻ろう。この植物の塊根部分、どっしりとしていて、どこからでも新葉をそうな頼もしい風体をしているのだが、実際に芽吹くのは驚く程に小さな成長点なのである。しかも芽吹くのはそのシーズンに定めた成長点の数点だけであり「こんなに塊根の体積が確保されているのだから他の成長点を作れば良いのに」と思ってしまうのだが、そんな事は全く意に介さず(当然ながら)頑固にその数点から勢いよく新葉を次々と芽吹かせていく  

この様子を思い出した時に、曲の作り方(育て方)に置き換えると「変化エネルギー」への対処の仕方も画一的ではなく成長させたい主観に任せてしまっても良いのかもしれない、と少し気が楽になった。ただし「対処の仕方=その生物の個性」というわけでも決してなくあくまでも作曲をする心の器のあり方のバリエーションとでも言う事ができるのだろうか、とぼんやりと考えている。成長点を限定して頑固に芽吹きたい時には、要領悪いように見えても小さな成長点に任せてしまった方がよく茂るのかもしれない。「変化エネルギー」は細部において激しく細胞分裂を繰り返している。 

そういえば、一昨年も新葉を茂らせる事には成功したのだが、その時は日照不足で徒長(無駄に伸びてしまう事、あまり良くないと認識される状態)してしまい全く違う株姿になった。これはこれで、なかなか面白い成長の結果だったようにも思う。不思議な事に、その時の方が成長点の量が多かったように記憶している。そんな記憶を認識の底に沈めつつ、全く別の種類の生物の曲を書いている。
  

★公演情報
日時:628 () 1845開演 会場:エリザベト音楽大学セシリアホール
「器楽の夕べ」
川上統:《尾長鮫》2019、初演)
演奏:森川久美(フルート)品川秀世(クラリネット)戸梶美穂(ピアノ)
一般前売:2,000 当日:2,500
http://www.eum.ac.jp/concert/docs/20190330113658.pdf 

CD情報
 ●ROSCO「てふてふもつれつつかげひなた」 ジパングレーベル
  
http://www.zipangu-label.com/product/84 
  《雀》《コウテイペンギン》収録

 ●KOHAKU「歌われる詩たち」 ジパングレーベル
  https://www.amazon.co.jp/dp/B010RVAY0C/ 
  《こねこねこのこ》収録
 ●小寺香奈「ディスカヴァリー・ユーフォニアム」 Florestan 
  http://tower.jp/item/4191144/ 
   《ピューマ》収録
 ●智内威雄「左手のアーカイブCD-008」左手のアーカイブ プロジェクト
  http://www.lefthandpianomusic.jp/?p=3828
  《組曲「宮沢賢治の夜」》収録
 ●會田瑞樹「ヴィブラフォンのあるところ」ALM RECORDS
  http://www.kojimarokuon.com/disc/ALCD113.html
  Wolverine》収録
 ●山田岳「OstinatiALM RECORDS
  http://www.kojimarokuon.com/disc/ALCD114.html
  《ゴライアスオオツノハナムグリ》収録
 ●低音デュオ「双子素数」ALM RECORDS
  
http://www.kojimarokuon.com/disc/ALCD118.html
 《児童鯨》収録
 ●川上統「蛍光晶」HORIZON
  https://www.e-onkyo.com/music/album/tcj4526180418948/  

★楽譜情報
 ●組曲「甲殻」第一集 vln.,vlc.,pf. ショットミュージック
  テッポウエビ(2007
  カブトガニ(2005
  ハナシャコ(2005
  シオマネキ(2005
  タカアシガニ(2007
  http://www.schottjapan.com/publication/shop/composers/kawakami.html
 ●ラナラナンキュラス(2008cl.,vln.,vla.,pf.    Tokyo ensemnable factory
  https://www.ensemnable-factory.com/shop/i/?efsid=1
 ●「宮沢賢治の夜」第一巻(第13番)2012 left hand-pf.「左手のアーカイブ」
  第一番 午后の授業  第二番 銀河ステーション  第三番 苹果
  「宮沢賢治の夜」第二巻(第46番) 2012 left hand-pf.
  第四番 青年  第五番 蠍の火  第六番 星めぐり 
  http://www.lefthandpianomusic.jp/?p=3768 

 2019/4/15

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川上統
 Osamu Kawakami
1979年生まれ。東京生まれ、広島在住。 東京音楽大学音楽学部音楽学科作曲専攻卒業、同大学院修了。 作曲を湯浅譲二、池辺晋一郎、細川俊夫、久田典子、山本裕之の各氏に師事。 2003年第20回現音新人作曲賞受賞。 200920122015年に武生国際音楽祭招待作曲家。 2017年、HIROSHIMA HAPPY NEW EAR 23 「次世代の作曲家たちV」にて室内オーケストラ曲『樟木』が広島交響楽団の演奏によって初演される。 2018年秋吉台の夏現代音楽セミナーにて作曲講師を務める。 楽譜はショット・ミュージック株式会社より出版されている。
現在、エリザベト音楽大学専任講師、国立音楽大学非常勤講師。 
Tokyo Ensemnable Factory musical adviser 
Ensemble Contemporary α作曲メンバー
作曲作品は160曲以上にのぼり、曲名は生物の名が多い。 
チェロやピアノや打楽器を用いた即興も多く行う。