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日本オペラ協会 三木稔:《静と義経》|藤堂清

日本オペラ協会創立60周年記念公演
日本オペラ・シリーズNo.79
三木稔:《静と義経》(作・台本:なかにし礼)

2019年3月2日 新宿文化センター大ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)撮影:2月28日(ゲネプロ)

<スタッフ>
総監督:郡 愛子
監修:なかにし礼
指揮:田中祐子
演出:馬場紀雄

<キャスト>
静:坂口裕子
義経:中井亮一
頼朝:森口賢二
弁慶:泉 良平
磯の禅師:向野由美子
政子:家田 紀子
大姫:楠野麻衣
梶原景時:持木 弘
和田義盛:松浦 健
大江広元:三浦克次
佐藤忠信:江原 実
伊勢三郎:川久保博史
片岡経春:下瀬 太郎
安達清経:鳴海優一
堀ノ藤次:立花敏弘
藤次の妻:きのした ひろこ
白拍子:稲葉美保子、小林未奈子、白神晴代、中川悠子、
    中ノ森怜佳、古澤真紀子、増田 弓、松山美帆
合唱:日本オペラ協会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

カーテンコールに呼び出されたなかにしは、拍手に応えつつ、作曲者三木稔の写真を掲げた。なかにしだけでなく、三木も再演を強く望んでいたという。
1993年秋鎌倉芸術館の開館記念のため制作されたオペラ。この時4公演行われ、その後演奏会形式で1回上演されたのみで、作曲者の生前に再演が実現することはなかった。今回、日本オペラ協会の創立60周年の記念公演として、東京での初演がようやく実現した。芸術館の館長という立場でもこのオペラの誕生に一役買ったなかにしが、今回は監修という立場で上演に関与。初演に歌手の一人として出演した、日本オペラ協会総監督・郡愛子の熱意が公演を実現させた。(再演が困難であったことへの作曲者の思いはこちらに書かれている)

若い世代の人たちにとって、義経と静、頼朝と政子のような中心となる人物以外はなじみの薄いものだろう。場面によっては、挿話的で全体の流れの中では重要でないと感じられたかもしれない。頼朝とその家来のやりとりで各々の性格付けや役割を明確にし、その後の場面でのそれぞれの反応や動作が個人個人の性格にふさわしいものであるように描いている。ほかにも、冒頭の場面で義経が静に与えた初音の鼓を最後の場面でも使うなど、なかにしの台本は、以前の場面で提示したことを受け止め解決するという舞台における基本に忠実なもの。
また歌手の言葉がスムーズに伝わってくる。なかにしの台本が自然に歌われる内容を伝えているからである。日本語に限らず歌詞が聴き取りやすいというのは音楽的にも大事なことだが、音楽を優先し、言葉がわからないという場合も少なくない。このオペラでは〈遊びをせんとや〉という梁塵秘抄から採られた歌詞も、静の最後のアリア〈愛の旅立ち〉の言葉も、スーッと入ってくる。

オペラは、第1幕「吉野山雪の別れ」、第2幕「八幡宮静の舞い」、第3幕「静の死と愛のまぼろし」、という三幕からなる。第1幕には義経と静のアリアと二重唱、第2幕には静の舞〈賤のおだまき〉と頼朝主従の議論が、第3幕は、子を悼む〈静の子守歌〉とそれにかぶせて義経主従が歌う〈死出の舞い歌〉、頼朝の後悔のアリア、静の〈愛の旅立ち〉、最後の場面「吉野山愛のまぼろし」と続く。
オーケストラは三管編成で大規模。それに、二十絃箏のほか、打楽器としてキハーダ、ササラといった民族楽器も加えている。

演奏面では、まず田中祐子の指揮をあげたい。西洋の音だけにとどまらず、箏やさまざまな打楽器による日本的な、さらには大陸的な音もとりこんだスコアを自らのものとし、歌手が歌いやすいような配慮も行き届いたものであった。
歌手では、静の坂口裕子、義経の中井亮一、磯の禅師の向野由美子の3名の充実が光った。坂口の〈愛の旅立ち〉で聴かせた琉球旋法の見事だったこと、ロッシーニで聴くことの多い中井の高音の美しさ、また向野の落ち着きのある声と演技がこの物語の中にある人間の苦悩を浮かびあがらせた。

なかにしが病後ということで、演出は若い馬場にゆだねられた。なかにしの指示もあったのだろうが、奇をてらった舞台づくりや照明、映像はなく、オーソドックスなものであった。
日本オペラ協会創立60周年を記念するにふさわしい公演。

このオペラ、日本のグランド・オペラとして評価されてしかるべきだろう。アリア、二重唱、アンサンブル、それぞれが多くの表情を持っている。なにより言葉と音楽の結びつきがすばらしい。なかにしという日本語の扱いに長けた人と三木の多彩な音楽書法がマッチしたからといえるだろう。

(2019/4/15)