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東京フィルハーモニー交響楽団 第916回 サントリー定期シリーズ|佐野旭司

東京フィルハーモニー交響楽団 第916回 サントリー定期シリーズ

2019年2月15日 サントリーホール
Reviewed by 佐野旭司 (Akitsugu Sano)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:チョン・ミョンフン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

<作品>
マーラー:交響曲第9番

 

交響曲第9番はマーラーが完成させた最後の交響曲である。作曲の前後の時期には、自身の病気や妻アルマとの関係の悪化といった出来事に見舞われたこともあり、人生に対する諦観の空気が作品を支配している。マーラーの知人や批評家などもこの交響曲に「死」や「生への別れ」といったイメージを見出すが、それは第1楽章と終楽章の曲想によるところが大きいだろう。
第1楽章の第1主題は2度下行の音形で始まるが、これはため息を想起させる。そして曲全体の構造としては、すべての楽章が2つの主題の交替や発展からなり、各主題には何らかの形で第1楽章の2度の要素が含まれている。
今回は、こうした作品の内容と構造的な特徴を両立させた演奏だったといえよう。

第1楽章は、虚無的な第1主題と激情に満ちた第2主題が交替しながら曲が進むが、この対比的な部分に移る際は、旋律の自然な流れを損なわずに劇的な変化もうまく作っていた。さらに楽章を通して、オーケストラ全体のバランスを配慮しつつも、随所に現れる2度の音形をよく際立たせていたといえよう。
そしてこの楽章のもう1つの特徴は、ファンファーレと行進曲である。マーラーの交響曲では、主題の旋律とは関係なくファンファーレ風の旋律が唐突に挿入されることがよくある。それは特に第1~4番や第7番で顕著だが、第9番の第1楽章でも提示部や展開部で見られる。さらに展開部の終わりでは、そのファンファーレの旋律を用いた行進曲が登場する。
マーラーの交響曲には様々な性格の行進曲がある。厳粛な葬送行進曲(第2番と第5番の第1楽章)、明るく快活な楽想(第3番第1楽章)、民謡の旋律を短調にしたアイロニカルな冒頭主題(第1番第3楽章)などが有名だが、第9番第1楽章の場合はどうか。
ここではテンポやリズムは行進曲だが、神秘的な暗さの中をあてどなく漂うイメージを想起させる。この部分は、和音は明瞭だが、それぞれトニック、ドミナント、サブドミナント等の機能がきわめて弱い。さらに、ファンファーレ等の旋律の間に弦楽器によるレガートの旋律(これも調性が曖昧)や、2度のため息の音形が挿入される。これらの要素が、前に進む力を失わせているのであろう。
ところが今回の演奏ではこの行進曲はむしろ決然としていた。そうすることで、後続の静かな再現部との間に、緊張→弛緩という対比を作ろうとしたのだろう。しかしこの両者には、虚無的な雰囲気という共通性があり、むしろそこを重視すべきだったのではないだろうか。

さて、この第1楽章の2度下行音形は第2楽章でも重要な役割を担う。この楽章は2つの主題AとBが交替するが、まずAでは冒頭の旋律の後半2小節に、Bでは最初の2小節にこの音形が現れる。さらに2回目と3回目のAでは、第1楽章の再現ともいえるくらいこの音形が目立っている。この演奏ではその2度の要素が概ね強調されていた。
さらに、分かりにくいが第2楽章には2度のモティーフ以外にも循環的要素がある。楽章の後半ではB部分の途中で、高音の木管楽器が突如新たな旋律を奏するが、これは第1楽章の第2主題の変形とも考えられる。チョンは音楽の自然の流れを優先していたためか、この旋律を特に強調してはいなかった。しかし楽章内で異質な旋律であることを考えると、もっと存在感を出してもよかったのではないだろうか。

第3楽章は激しく諧謔的な主題Aと、おどけた曲調の主題Bからなり、楽章の後半ではA主題の旋律が穏やかな表情で発展させられる。そして第4楽章を構成するのは、順次下行を基本とした厳かな主題Aと、主に低音楽器で表される順次上行音形を中心とした主題B。この楽章では両主題とも第1楽章の第1主題と同様にうつろで、前進する力を持たない。
本公演ではどちらの楽章とも、各部分の性格的な相違を巧みに引き出していたといえよう。とりわけ終楽章においては、2つの主題の違いを顧みつつも一貫して諦念に満ちた雰囲気を作り出していた。
また第4楽章の最後は、旋律が複数の声部に断片的に現れながら息絶えるように終わるが、各声部を明瞭に出しつつ静謐の中に消え入るディミヌエンドの仕方は見事であった。曲の表情を作り上げる巧みさと、細部に目を向ける緻密さが相互に作用した、チョン・ミョンフンの力演といえるだろう。

関連評:東京フィルハーモニー交響楽団 第123回東京オペラシティ定期シリーズ|藤原聡

(2019/3/15)