小人閑居為不善日記|チャイルディッシュ・ガンビーノはハンドルを握らない――《グリーンブック》と〈This Is America〉|noirse

チャイルディッシュ・ガンビーノはハンドルを握らない――《グリーンブック》と〈This Is America〉

text by noirse

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何度も言ってきたが、わたしはミーハーである。そんなわたしにとってグラミー賞とアカデミー賞の受賞式が行われる2月は、盆と正月が一度に来たような特別な月だ。

さてこの両賞、最近のテーマを一言で表すと「多様性」になるだろう。特にアカデミー賞は、2年前の白人偏重がホワイトウォッシュと批難され、昨年から一転、マイノリティ重視の選考に切り換わった。今年もその傾向は続き、黒人が主要キャスト/スタッフを占めた《ブラックパンサー》がアメコミヒーロー映画として初の作品賞ノミネート。黒人映画監督の旗手として尊敬を集めながらもアカデミー賞とは縁のなかったスパイク・リーも、《ブラック・クランズマン》で初の受賞(脚色賞)を果たした。

だがこれらの結果、どうしても表面的なクレーム対応に感じられてしょうがない。それが顕著に表れたのが、作品賞に輝いた《グリーンブック》だ。公民権法制定前の1962年、アメリカ南部へツアーに出た黒人ピアニスト、ドン・シャーリーと白人の運転手の交流を描いた、事実に基づく映画だ。

多様性が求められる賞の傾向には最適かと思われたが、この結果は激しく批判されている。白人が黒人を助け、友情を育む。外聞はいいかもしれないが、黒人が差別される状況を生んだ原因は、結局白人にある。《グリーンブック》のような映画に賞を与えるのは白人によるアリバイ作り、責任回避に過ぎないというわけだ。

賞というものは一種のショウなのだから(ギャグではない)、そこまでめくじらを立てるほどのものでもないという意見もあるだろう。たしかにそうかもしれない。しかし両賞の結果を眺めていると、賞や業界の体質を越えた、表現の領域にまで喰い込む根深い「傾向」が見て取れると思うのだ。

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グラミー賞の主要2部門、年間最優秀レコード賞と年間最優秀楽曲賞を含む4部門を受賞したチャイルディッシュ・ガンビーノ〈This Is America〉のPVに注目してみたい。監督は日本人ヒロ・ムライ。最優秀ミュージック・ビデオ賞も受賞したこともあり、日本のメディアでも大きく取り上げられた。

ガランとした倉庫で繰り広げられる挑発的なラップと奇妙なダンス。銃撃、殺人、暴動。幾重にも張り巡らされたメタファー。不穏さに満ちたこのPV、SNSに投下されるや否や瞬く間にネットで拡散し、アメリカの根深い黒人差別を表現していると、多くの分析や議論を呼んだ。

だがこの曲、PVとセットでなければ、そこまで衝撃力はなかったのではないか。「ただパーティをしたいだけ」「金がほしいだけなのさ」とラップしながら拘束された黒人を撃ち殺し、「これがアメリカだ」「お前はただの黒人」「バーコードに過ぎないんだ」と続けるガンビーノの姿は、たしかにショッキングだ。しかしラップには過激さはつきもので、この程度ならめずらしくもない。議論を呼んだ数々の符号も、リリック自体に仕込まれたものではない。

ガンビーノのラッパーとしての才能はどうか。最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞をラップが受賞したのは今回が初だ。では今までノミネートされてきたラッパーの実力が劣っていたかと言われれば、そのようなことはない。Jay Z、カニエ・ウェスト、ケンドリック・ラマー、エミネム。ガンビーノよりリリックのセンスもラップのスキルも、人気もキャリアも影響力もずっと上と言っていい。〈This Is America〉の受賞に、PVが大きく寄与したのは明白だ。

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ではあらためて〈This Is America〉のPVを見てみよう。わたしは符号とかメタファーには興味が湧かないタチなので、初見時の率直な感想は、「映画としてよくできているな」というものだった。ガンビーノやエキストラの運動感や長廻しにはテオ・アンゲロプロスや相米慎二を、怜悧な殺人シーンの演出には北野武や黒沢清を思い出した。

ヒロ・ムライはジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスを輩出した南カリフォルニア大学(UCLA)映画学部を卒業しており、コーエン兄弟や北野武の影響について口にしている。ガンビーノもマーティン・スコセッシやジム・ジャームッシュ、スパイク・リーを生んだ名門、ニューヨーク大学芸術学部で映像の教育を受けている。彼は本来ドナルド・グローヴァーという名前で俳優から脚本まで活躍する多才な人物で、「チャイルディッシュ・ガンビーノ」とはラッパーとしての芸名だ(この名義での活動は昨年限りで引退すると表明している)。TVドラマ《アトランタ》(2016~)や何本かのPVでメガホンも取っている。〈This Is America〉の映像としての完成度は、映画への深い理解と経験に裏打ちされたものだろう。

だがそれだけに〈This Is America〉がそこまでのカオスを表現できているとはわたしには思えなかった。そこに漂う不穏さは、計算されたものに過ぎない。

悪く言っているのではない。わたしもこのPVは好きだ。だがそれは映画の基本を抑えた、教科書的な演出が気に入っているからである。

同様に業界の人間が見れば〈This Is America〉は、「アメリカの暗部をえぐり出す問題作」ではけっしてなく、「黒人の気持ちを理解できる白人」というポーズが取れる安心できる作品に映るに違いない。ヒップホップは黒人が育んだ文化かもしれないが、映画産業を発展させてきたのは主に白人だ。そうした視点から今回の結果を振り返ると、《グリーンブック》と同じで意外性に欠けた、白人優位的な結果だったことが分かるだろう。

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では、伝統的な映画作法と異なったありかたとはどういうものだろう。ヒップホップにも独自のPV文化がある。たとえばN.W.Aの〈Straight Outta Compton〉(1988)のPVを見てほしい。一見、メンバーが地元のコンプトンを練り歩くだけの、何の変哲もないビデオに見えるかもしれない。技術的にもたいした工夫は見られない。ラップにはこういった「地元をうろつくだけ」のPVが多いし、ありふれたものであるのは間違いない。

けれど先入観を捨て、虚心に向き合ってほしい。生まれ育ったゲットーを歩きながら、そこで経験した事件やトラブル、死んでいった友人について語るラッパーたち。これはドキュメンタリーやリアリズムの手法に近くはないだろうか。

1978年。UCLAに通っていた黒人の青年が、地元L.A.のスラム街ワッツを舞台にそこに住む黒人たちを素人俳優として起用し、1本の映画を完成させた。地元にこだわったのは予算の問題もあるが、ネオリアリズモのようにワッツの現実をフィルムに刻み込みたかったからでもあった。この作品、《Killer of Sheep》はセンセーションを巻き起こし、今では黒人映画史上の最重要作品として評価されている。監督のチャールズ・バーネットは、2017年にアカデミー名誉賞を受賞した。

ラッパーたちの「地元主義」のPVは、《Killer of Sheep》のラップ版ではないだろうか。もちろんPVは商業主義に基づいており、そこに映っているものすべてが「ストリートのリアル」というわけではない。だがそうした虚像もヒップホップという文化が生んだ様式であり、そこにこそ当時の黒人の「リアリズム」が存在していたはずだ。

〈This Is America〉はその対極にある。たとえばPVの舞台。前述したように撮影はどこにでもあるような倉庫の中で行われているが、抽象的な空間として機能することで、思わせぶりな符号が寓意劇として見る者の想像力を喚起させ、バズるように作られている。よくできた仕組みだが、それは現実に生きる人間を実際の場所から引き剥がし、ネットに放り込んだようにも思える。

《グリーンブック》のドン・シャーリーはソビエト生まれでアメリカに故郷はなく、大学でクラシックを学ぶも黒人のクラシック・ピアニストは商売にならないと判断したレコード会社に説得され、ポピュラーに転向した人物だ。けれどそれも白人の聴衆向けであって、黒人は彼の音楽を聞くことはない。

アメリカ人にとって南部とはノスタルジーを喚起する土地だが、シャーリーには何ら感じるものはない。白人の音楽を演奏しながら見知らぬ南部をゆくドン・シャーリーは、黒人でありながら黒人文化を共有することはない。彼はあらゆる意味で、故郷喪失者なのだ。

そしてそれは〈This Is America〉も同じだ。このPVには寄って立つ「場所」がない。だがそれと引き換えにSNSとの親和性を獲得したと考えれば、妥当な取引だったのかもしれない。

スパイク・リーは《グリーンブック》の受賞に嫌悪を示し、自作《ドゥ・ザ・ライト・シング》(1989)がろくにノミネートさえされなかったこと、その年の作品賞を受賞した《ドライビング Miss デイジー》(1989)が白人の運転手を務める黒人を描いていたことを踏まえ、「誰かが誰かを車に乗せると、いつもおれは受賞を逃す」とコメントした。

このコメント自体は軽口だが、的を射てもいる。ガンビーノは伝統的な映画の作法に則って〈This Is America〉をバズらせた。しかしそれはドン・シャーリーのように、「白人の車」に乗っているだけではないだろうか。

もちろんそれはガンビーノも自覚しているのだろう。そうでなければ、白人優位のショウビジネスでは生き残れないのかもしれない。ドン・シャーリーやガンビーノのような才能豊かな音楽家でも、自分でハンドルを握ることはできない。それこそアメリカ――This Is America――なのだ。

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noirse
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