佐藤洋嗣コントラバスリサイタル|齋藤俊夫

佐藤洋嗣コントラバスリサイタル

2019年1月29日杉並公会堂小ホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 稲木紫織

〈演奏〉
コントラバス、エレキベース(*):佐藤洋嗣
ヴィオラ:甲斐史子(**)

〈曲目〉
増本伎共子:『コントラバス・ソロのための「或る種の日本風な?」物言い』
L.ベリオ:『PSY』
J.S.バッハ:無伴奏組曲第2番BWV1008
磯部英彬:『Van Napoli』(*)
S.スコダニッビオ:『Humoldt』(**)
川島素晴:『パgani蟹/Paganinissimo』
藤倉大:『Bis』
藤倉大:『es』
(アンコール)川島素晴:6人のコントラバス奏者のための『The Yagi 節』(**)

 

コントラバスとは、極めて「異形」の楽器と言えよう。例えば和太鼓は「自然」な大きさと、それに見合った音がするのだが、コントラバスの大きさと音は実に異形のものである。何故このような弦楽器が作られたのか、そこに音楽と人間の面白さと世界の真理が存在する。

その異形っぷりが最も現れたのは、バッハの無伴奏チェロ組曲第2番を「無理矢理」コントラバスで弾いてしまったときであろう。音高・速度感・音色・アーティキュレーション、フレージング、全てが「無理矢理」過ぎて、異形かつ奇怪なバッハだったのである。聴いていて全く音楽に安らげることがない。安らぐことを許してもらえない。ホラー映画をあえてスローモーションにして見るような体験である。では音楽的喜びはなかったのかというと、能動的に聴かざるを得ないナニモノカに満ちていたのである。バッハの異化であり、特殊奏法を超えた音楽の異化であったとすら言えよう。

しかし、コントラバスはただ異形なだけの楽器ではない。ハーモニクスやコル・レーニョといった特殊奏法とアルコやピチカートのような通常の奏法を自在に駆使し、コダーイの無伴奏チェロソナタの迫力にも匹敵する「正統な」コントラバスの可能性を引き出した増本伎共子『「或る種の日本風な?」物言い』の「カッコよさ」もまたコントラバスの真の姿である。

ベリオ『PSY』で前期バロック音楽に似た旋律線をコントラバスという重量級の音色で奏でるのもまた、イタリアの大男の「色気」にも似たコントラバスの魅力であろう。

そしてコントラバスではなく佐藤洋嗣の魅力はプログラムでの予告なしにエレキベースと電子回路を持ち出してきて、「それらしい」服装に着替えての磯部英彬『Van Napoli』でもまた十全に発揮されていた。エレキベースならではの音色や残響の特性を把握し、さらに電子回路による増幅やディレイを活用しつつ、全てがしっかりと作曲・構築=compositionされており、即興=improvisationではありえない構造を持つこの作品で、佐藤とエレキベースに否が応でも魅せられてしまった。

甲斐史子のヴィオラとの共演によるスコダニッビオ『Humoldt』は、お互いのハーモニクスと通常の音色の混じり合いにより、廃墟に宿る透明な安らぎとも言うべき不可思議な音響空間が会場を包んだ。しかも、その音響はただ空間を包むだけでなく、「動き」がある。時間と共に音楽が進行し、終盤では舞曲的――ただし人間の身体のためではない――音楽も聴こえてきて、そして去るようにディミヌエンドして了。なんと美しい弦楽器たちであろうか。

川島素晴作品、これはコントラバスが楽器として異形というより、作曲家の発想が異形であり、それをちゃんと再現してしまう佐藤もまた異形である。
楽器を構えても弾かず、弓をかざしてゆっくりと辺りを見回し、しばらくして楽器があることに気が付いても弓を使わず左手で楽器を叩いたりはじいたり。弓を使い始めたかと思ったら、弦の隙間に縦にそれを差し込んで上下にゴシゴシと擦る。などやっていると思えば、アルコでの超絶技巧高速旋律や弓を弦に叩きつけて跳ねさせるサルタートやグリッサンドで謎の「うた」を奏でる。
そして遂に両手を使ってのピチカートでパガニーニのあの主題がはっきりと(?)現れ、ピチカート、コル・レーニョ、サルタート、楽器を手で叩く、などの断片群でしっかりとパガニーニ主題を再現・変奏する。
しかしラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』の第18変奏アンダンテ・カンタービレを少し弾いてしまい、しばし演奏を止めて考え込む。
が、何かに納得してパガニーニ主題に戻った……と思ったら、「パッ!」「ガ!」「ニー!」「ニ!」と奇声を挙げながら楽器を掻き鳴らし、しまいには弓で宙を擦りながら叫び続け、両手を使って駒の近くでの超高音でパガニーニ主題を弾き、さらに楽器を弾こうとして止まない手をもう一方の手が必死に抑えて、おしまい。会場から喝采が上がった。

藤倉の小品2つは珍味佳肴に溢れた演奏会を締めるに相応しい。ピチカートと弦を手で叩いての音で打楽器独奏曲のように軽やかに踊る『Bis』は甘いデザートのよう。これよりやや低く重い音でのピチカートや超高音での高速アルコなどの後、バルトーク・ピチカートで渋くキメる『es』はコーヒーか。

鳴り止まない拍手に応えて、5人分の自分の録音と同時に演奏したアンコール『The Yagi節』では甲斐史子も加わって(乱入して?)「いよ!」「は!」とかけ声も挙げ、会場からは手拍子も始まり、なんともアヴァンギャルドな本来の民謡の「エネルギー」が蘇った。

「この世に普通なものなど存在しない。全ては異形でおかしなものである」という世界の真理を堂々とコントラバスで現した佐藤と作曲家たちに皆が贈ったのは拍手喝采と笑顔であった。

(2019/2/15)