だからどうしたクラシック|Oskar Fried / Berlioz: Symphony Fantastiqueop.14|松本大輔
text by 松本大輔(Daisuke Matsumoto)
レーベル/商品番号:
ARIA RECORDS
AR 0061
<曲目>
ベルリオーズ:幻想交響曲
<演奏>
オスカー・フリート指揮
ソビエト国立交響楽団
<録音>1937年モスクワ
★アリアCDでの掲載URL
http://www.aria-cd.com/arianew/shopping.php?pg=label/aria61
編集長の首をぎゅうぎゅう絞め付けていた先輩は、わたしの机の上のあのCDがなくなっていることに気づいたでしょうか。
その日、取材から帰ってきたら、編集長と先輩が喧嘩していたんです。
先輩のスケジュール調整のミスで、その日までに先輩が仕上げなければいけなかったCD評がまにあわなくなりそうだとかなんとか。でもその調整ミスの原因は編集長のせいだとかなんとか。
険悪な言い合いの後、ちょうど編集室に入ってきたわたしが二人の目に留まり、不幸にもわたしが今夜そのCD評を書くことになってしまいました。
そのCD、編集室で取材の片付けしながらちょっと聴いたんですが、、、
・・・怖いんです。
オスカー・フリートという大昔の指揮者が80年前にモスクワで録音したベルリオーズの『幻想交響曲』なんですけど・・・。
おぞましい鐘の音が出てくるんです。
わたし、この曲わりと好きでいろんなCD聴いてきたんですけど、こんな鐘の録音は聴いたことないです。
すごく怖いんです。
CDの解説文を書いているアリアCDの店主松本大輔さんの言葉を借りると
「妖怪変化が人類の愚行をせせら笑いながら、人々を地獄に引き摺り下ろすために鳴らしているかのような鐘の音。
そして地獄に突き落とした死者をなおもなぶりものにするかのような、非人道的で残酷で無情な鐘の音。
この鐘の音には、呪いや憎悪や恨みといったさまざまな怨念が塗り込められている。
この年スターリンは人類史上最悪と言っていい大粛清を行っている。
この鐘は数十万の人々の死を見送ってきたわけである。
おそらくその死を悼むためではなく、嘲笑うために鳴らされていた。
多くの人がこの鐘の音を聞きながら死んでいったかもしれない。
この鐘の音を聴けば背筋が凍りつき、これまで味わったことのないおそるべき戦慄を体験することになる。」
指揮者のオスカー・フリートも数年後に不審死を遂げているんだそうです。
この『幻想交響曲』は、そんなすごく怖い時代のソビエトの録音なんです。
そんなときのモスクワの鐘が聴けるわけですが・・・ほんとに、ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンというこわーい鐘の音がするんです。
ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンと。
そんなCD評を今夜書かなきゃいけないって、すごくいやなんですけど。。。
でも取材の片づけが終わったわたしは、家に帰って、ご飯を食べて、お風呂入って、さあ CDの原稿を書こうとしたんですが、、、、きっと書きたくなかったんでしょうね、ほんとにおばかな話ですが、デスクに CDを置き忘れてきてしまったんです。
やれやれ。
でも大丈夫です、家と編集室は自転車で10分。
編集室の電気がついてるからおかしいなとは思ったんです。
9時過ぎてるから普通ならたいていもう誰もいない時間なんですけど。
そーっと部屋のドアを開けると、編集長のデスク横のハンガーにコートがかかってました。編集長がいるみたいです。奥のコピー室の明かりがついているので何か作業してるんでしょう。見つかるとまたお小言とか言われそうなので、またまたそーっと自分のデスクに近づくと・・・ありました、オスカー・フリートの『幻想交響曲』。
で、CDをコートのポケットに入れたところで・・・気づいたんです。
先輩のかばんがあるんです。前の席の先輩のデスクに。
あれ。
先輩もいるんだ。
え?編集長と一緒にコピー室にいるのかな?
でも話し声とか、喧嘩してる感じもしない。
見たらコピー室の部屋の戸がちょっと開いてるから、・・・少し覗いたんです。
そうしたら見えたんです。
足が。
誰かが寝転がっている、その足が。
あ、倒れてる、そう思ってコピー室に近づいたら。
先輩が、寝ている編集長の首をぎゅうぎゅう絞めていたんです。
その瞬間、頭が完全にフリーズしてしまって。ドラマとかならそこでキャーとか言うんでしょうけど、声も出ない。
で、何を考えたかというと、あ、家に帰らなきゃ、と。
わたし、そのまま何も見なかったような感じで、編集室を出て、頭真っ白なまま家に帰ったんです。
今のは夢で、明日になったら、普通に戻っているはず。そう思い込もうというか、そうならないはずがないというか。
で、しばらく放心したまま部屋でしゃがんでたんです。
そのとき、ふと気づいたんです。
編集長の首を絞める前にはあったわたしのデスクの上の『幻想交響曲』のCDが、編集長の首を絞めたあとにはなくなっている・・・。
先輩は、わたしの机の上のあのCDがなくなっていることに気づいたでしょうか。
もし気づいたら、どう思うでしょう。何を考えるでしょう。
先輩はみんなでここに遊びに来たことがあります。ここにわたしが住んでいることを知っています。
はっと顔を上げて、ようやく正気に戻ったとき、部屋のチャイムがなったんです。
ピンポーンと。
でもそれがわたしには、ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンという鐘の音に聴こえました。
(2019/1/15)
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松本大輔(Daisuke Matsumoto)
1965年、松山市生まれ。
24歳でCDショップ店員に。1998年に独立、まだ全国でも珍しかったネット通販型クラシックCDショップ「アリアCD」を春日井にて開業。
クラシック専門CDショップとしては国内最大の規模を誇る。
http://www.aria-cd.com/
「クラシックは死なない!」シリーズなど7冊の著書を刊行。
愛知大学、岡崎市シビック・センター、東京のフルトヴェングラー・センター、名古屋宗次ホール、長久手、一宮、春日井などで定期的にクラシックの講座を開講。