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2台ピアノの新たな可能性 〜マントラをめぐって〜|平岡拓也

北とぴあ国際音楽祭2018参加公演
2台ピアノの新たな可能性 〜マントラをめぐって〜

2018/11/9 北とぴあ つつじホール
Reviewed by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)
写真提供:北区文化振興財団(1,2)&小倉乙春(3,4)

<演奏>
ピアノ:小倉美春、鈴木友裕
エレクトロニクス:向井響
音響協力:島村孝宏、横山斉実

<曲目>
ブーレーズ:構造 第2集(1961)
石島正博:《宙 SORA》(2018/Duo Ambivalent委嘱作品/世界初演)

シュトックハウゼン:マントラ(1970)

 

北とぴあにて、2人の若きピアニストによる演奏会を聴く。後半に置かれたシュトックハウゼン『マントラ』が当夜の目玉だ。

一曲目はブーレーズ。作曲家・教育者・指揮者と多くの顔を持った(この過去形が悲しい)音楽家ブーレーズの、作曲家としての活動の息の長さは衆目の一致するところだろうが、その中でも1950-60年代は豊作期と言えるのではなかろうか。『ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)』『ピアノ・ソナタ第3番』、今年の夏サントリーホールで上演された『プリ・スロン・プリ』、2台ピアノのために書かれた2つの『構造』もこの時期だ。当夜はその中から、1961年に全曲が完成した第2集が弾かれた。
興味深かったのは第2曲。作曲家の指し示す構造の範疇でその場限りの演奏が生まれる(管理された偶然性)のだが、ここで2人の奏者の個性が強く出たように思われた。小倉美春の鋭い攻め、鈴木友裕のやや柔らかい打鍵―聴感上はこの2要素の対話にとれるが、あくまで両者が完全に独立した状態になるように作曲されているのだから面白い。ロリオ盤、エマール盤と比べても演奏時間はやや長めだったのではないか(計測した訳ではないが)。

石島正博の委嘱新作『宙 SORA』は、当夜の中では当然最新の作品にあたるが、結果として最も「聴き易い」「親しみ易い」作品であった。2台ピアノに加えて、向井響が制作した電子音響が会場を包む。ピアノと電子音響は不可分に結びついて堅牢な構成を成すのではなく、一方にある要素が現れるとそれにもう一方が呼応する、という協奏の形をとっていた。例示するならば、電子音響が自然界の音(水や風など)を奏でる時、ピアノが流麗な水を想起させる楽音(ラヴェルやドビュッシーの作品も遠景にあろう)で返答する、といった具合だ。そこにクロマティックゴングの響きが到来すると、音楽はアジア的な宗教的色彩を帯びる。(この場面に至った時、「梵我一如」の一語が筆者の脳内を駆け巡った)東南アジアに由来する楽器の特性、或いは『トゥーランドット』でこの楽器が効果的に扱われたという先例ゆえであろうか。少なくとも西洋的二元論に基づくのではなく、東洋的一元論に近い世界観ということは明らかであった。音楽を構成する各要素の境界の曖昧さが欠点とならず、空間音楽としての心地よさに繋がったことも記しておきたい。何かを声高に主張する類の音楽ではないが、汎く聴き手の心理に染み渡る味わいがあった。

後半、シュトックハウゼン『マントラ』である。70分近くの長丁場だ。
客席を含めた完全な暗転の後に音楽が始まる。冒頭で演奏される旋律素材(13音からなる)、およびその各音の性格が全体を構造化するフォルメル技法によっており、ピアノの音色はリング変調によって波形が操作され、変容してゆく。
電子音響を用いた作品の中では今や古典となった『マントラ』だが、筆者は初めて実演に接することができた。その音響の変質―ある時は低域でぐいぐいと増幅され、またある時は高域でウワーンと伸びる―の連続は、実に多岐に富んでいる。一音の置き方に至るまで厳格に構成されているにも拘らず、きわめて人間的で、紛れもなく作曲家のメチエの反映であると感じられるのだ。第1ピアニストからの仕掛け、緊張と緩和の絶妙な采配、終盤(687-854小節)における容赦ない追い上げ(演奏者が疲弊しているであろうこのタイミングで!)など、全曲些かも飽きることはない。

余談だが、現代思潮社から出ている『シュトックハウゼン音楽論集』で、作曲家は次のように語っている。「細部・全体を通じて全体的な連関や形式化が感じられないような退屈でひどい響きの音楽は、作曲家がどれほど音の細部の関係を持ち出してこようとも、作りが悪いのである」
まさしくこの言葉に偽りなし、の70分であった。作品に真正面から挑み、確かな成果を挙げた小倉美春、鈴木友裕、向井響の三者に大きな拍手を贈りたい。聞くところによると、小倉美春・鈴木友裕のデュオは『マントラ』の演奏を目標に活動をしてきたという。それを知って当夜の演奏を再び振り返ると、また違った感慨が湧いてくるというものだ。

(2018/12/15)

写真1by北区文化振興財団

写真2by北区文化振興財団

写真3by小倉乙春

写真4by小倉乙春