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ナビル・シェハタ コントラバス・リサイタル|丘山万里子

ナビル・シェハタ コントラバス・リサイタル

2018年11月22日 Hakuju Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
写真提供:宗次ホール(11/17撮影@宗次ホール)

<演奏>
ナビル・シェハタcb
カリム・シェハタpf

<曲目>
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 BWV 1007(コントラバス版/イ長調)
ボッテジーニ:グランド・アレグロ「メンデルスゾーン風協奏曲」
ボッテジーニ:ベッリーニの歌劇「夢遊病の女」による幻想曲
〜〜〜〜
ベートーヴェン:ホルン・ソナタ ヘ長調 Op.17(コントラバス版)
ブルッフ:コル・ニドライ Op.47
クーセヴィツキー:小さなワルツ Op.1-2
グリエール:間奏曲とタランテッラ Op.9

(アンコール)
ピアソラ:アヴェ・マリア
フリーバ(Hans Fryba):「古風な様式による組曲」よりⅥ.ジーグ
ピアソラ:リベルタンゴ(カリム編曲)

 

ナビル・シェハタはクウェート生まれ、ドイツに移住しコントラバスを始め、2003年ミュンヘン国際コンクール優勝、その後ベルリンフィル首席奏者として2008年まで活躍、ミュンヘン室内歌劇場音楽監督など指揮活動も盛んな実力派ベーシストである。
筆者、10/8サントリーホールARKクラシックスに登場のイタリアのコントラバス四重奏<ザ・ベース・ギャング>にいささか落胆(まともな四重奏少なくMC悪ノリ)そのリベンジに選んだ公演。
行ったらやはり落胆組が来ており、弓を背負い「今夜は聴けるぞ」気合十分の若者たち、客席もしっかり入っている。

まず、響。ほんのり甘くまろく艶やか。と言ってもツヤツヤでなく、木肌の肌理がぼうっと光る、そういう艶やかさに、おお、と吸い寄せられる。バッハの無伴奏、コントラバス版はイ長調だからこの音色がよく似合う。が、ついチェロを想起してしまい、ほぼ90㎝の指板の上を忙しく走る指、小刻みなボウイングが、何やら象の調教みたいに思え、いやあ、すごいなあ、などという素人感嘆が先に立つ。
滔滔たる音の水流はさすがだが、時折音程がもやもや、こまかなニュアンス(フレーズの作り方)とかはやはり大味。メヌエット1にはも少し軽みが、Ⅱには陰影豊かな表情が欲しい、ジーグはよりシャープさが、など注文はあるものの、いや、筆者は十分楽しんだ。

次のボッテジーニ『グランド・アレグロ』は文句なし。メンデルスゾーン『ヴァイオリン協奏曲』の第1楽章をもとにした作品で、ジャーマンボウのずっしりした重く深い響きが流麗な旋律をたっぷりと奏でてゆく。長い指板をずずっと上から下まで降りてゆく時の安定度、それに高音が透きとおって美しい。独奏カデンツァの終部、繰り返し寄せるアルペッジョの小々波も熱く、コーダの加速は重戦車並みの驀進力だ。
ベッリーニはヴィブラートの深さにこっくりした音色が聴き映えする歌を生む。ただこの人、濃やかな歌心というより筋肉質にぐいぐい歌い上げるタイプで、ここは好みが分かれるだろう(ベース・ギャングのとろけるようなカンタービレを愛でる筆者はやはりもう一味を求めてしまう)。兄、カリムのピアノは時折、無駄に叩きすぎ。

当夜、最も印象深かったのは後半2曲目『コル・ニドライ』。彼の持ち味が全開となった演奏と思う。旋律線の張り、しなり具合。蒼い大海を波かき分けて進む大船舶の舳先のようなスケールの雄大に、薄霧となって立ち込める哀愁、憂愁。底鳴りの低音が聴き手の全身を根っこから揺すぶる、それがホールに共震する。最後、静かに収められた弓から一呼吸置き、客席に満足の嘆声が広がる。
最後のグリエール<タランテラ>の指の上下超高速移動、弓ブンブンの圧倒的ヴィルティオジテに盛大なブラボーがかかったのも宜なるかな。

性格の異なるアンコール3曲も含め、巧みな選曲でコントラバスの魅力全方位を楽しめた。「こういうのが聴きたかったんだよね」の頷きがあちこちロビーに見え、筆者も「そうそう」。
行ってよかった。

(2018/12/15)