ウィーン留学記|アイネム生誕100年|蒲知代|

アイネム生誕100年

text & photos by 蒲知代 (Tomoyo Kaba)

アイネムの墓

11月27日に、シェーンブルン宮殿の敷地に隣接している、ヒーツィング墓地に行った。オーストリアの作曲家、ゴットフリート・フォン・アイネム(1918-1996)の墓参りをするためである。正門で墓地の地図を貰ったが、墓に番号が付いている訳ではないので、探すのは容易ではなかった。墓地には、画家のグスタフ・クリムト、建築家のオットー・ヴァーグナー(墓が大きい!)、デザイナーのコロマン・モーザーといった、今年没後100年を迎えた世紀末ウィーンを代表する芸術家たちの他、劇作家のフランツ・グリルパルツァー、作曲家のアルバン・ベルクも眠っている(この墓地に墓はないが、画家エゴン・シーレも没後100年。クリムトの墓は、花で綺麗に飾られていて、特に愛されているのが一目でよく分かった)。奥の方に進んで行くと、カラスに出迎えられた。大きくて黒かった。まわりには誰もいないし引き返したくなったが、無事にアイネムの墓を発見し、墓の前で手を合わせた。

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ゴットフリート・フォン・アイネム・プラッツ

なんて面白い音楽なんだ、というのがアイネムの音楽に対する第一印象だった。
アイネムは1918年にスイスのベルンで生まれ、1953年にウィーンに移り住み、1963年から1972年まで(現在の)ウィーン国立音楽大学の教授を務めた。ウィーンの王宮の元帥門の壁にはアイネムの記念碑があり、2017年にウィーン川沿いの通りの一部(シャラウッツァー通りとオットー・ヴァーグナー設計の税関橋に挟まれた場所)が「ゴットフリート・フォン・アイネム・プラッツ」という名称に変更された。今年はアイネム生誕100年の記念の年のため、春から初夏にかけて楽友協会でアイネムに関する特別展が開催され、8月にはザルツブルク音楽祭でオペラ『審判』(または、『訴訟』)が演奏会形式で上演された。また、ウィーンでは3つのオペラ――『老貴婦人の訪問』、『ダントンの死』、『審判』が上演された。
これら3作品は、いずれもドイツ文学を原作とするオペラだが、ビューヒナーの『ダントンの死』(1835年)とカフカの『審判』(1914-1915年)は私の苦手な作品である(アイネムは他に、シラーの『たくらみと恋』とネストロイの『分裂した男』を原作とするオペラを作曲しているし、先妻に先立たれた後に再婚した、オーストリアの劇作家ロッテ・イングリッシュの作品もオペラ化している)。『ダントンの死』は、同じビューヒナー作の『ヴォイツェック』同様、卑猥な表現の部分が受け付けにくいし、『審判』のグロテスクな雰囲気に馴染めないからである。しかし、文学を含め芸術作品に触れていると、卑猥さもグロテスクさも避けては通れない道である。好きになる必要はないが、歩み寄る努力は必要。そのきっかけを与えてくれたのがアイネムの音楽だった。

私が初めてアイネムの音楽を聴いたのは、今年3月20日にアン・デア・ウィーン劇場でオペラ『老貴婦人の訪問』(1971年にウィーン国立歌劇場にて初演)を鑑賞した時のこと。原作はスイスの劇作家フリードリヒ・デュレンマット(1921-1990)の同名の戯曲(1956年)であり、デュレンマットはアイネムと共同でオペラのリブレットを作成している。『老貴婦人の訪問』は今年、ブルク劇場とヨーゼフシュタット劇場でも戯曲が上演されているが、笑えると言えば笑えるし、笑えないと言えば笑えない話である。老貴婦人クレール・ツァハナシアンは大富豪になって、故郷の町ギュレンに戻って来る。全ては昔の恋人アルフレート・イルに復讐するため。貴婦人は貧窮している市民に向かって、宣言する。もし誰かがイルを殺してくれたら、多額の寄付をしよう、と。いやいや、いくら大金のためとはいえ、人殺しなんてできませんよ、と市民は断るが、寄付金を当て込んで贅沢な生活を始める。
イギリスのキース・ウォーナーによる現代的な演出だった。市民は何処となくゾンビのよう。死刑判決を受けたイルは――原作ではイルが人々に囲まれて、人だかりが解けると既に亡くなっているのに対し、派手に殺された。舞台後方の(中の見えない)小部屋に連れて行かれ、斧が振り下ろされ、血が飛び散った。しかも、遺体はバラバラ。黒いポリ袋2つ分。にもかかわらず、市民は大喜びである。舞台後方の壁を突き破って、大きな電車が登場し、先頭車両には寄付金額を記した紙が貼られていた。人々は音楽に乗って軽快に踊り出し、最後にガッツポーズを決めて幕となる。異様な雰囲気で終わるオペラだが、最後を除けば、笑いが絶えない作品だった。今年5月29日にブルク劇場の戯曲『老貴婦人の訪問』も観に行ったが、人々がツケで散財する様子が面白い。何度観ても楽しい作品である。

続いて、3月27日にウィーン国立歌劇場でオペラ『ダントンの死』(1947年にザルツブルク音楽祭にて初演)を観た。原作はドイツの劇作家ゲオルク・ビューヒナー(1813-1837)の同名の戯曲。フランス革命期のパリでロベスピエールによって断頭台送りにされた政治家ダントンの話である。ダントンがギロチンで処刑されたあと、市民が踊りながら喜びを表現するシーンは、『老貴婦人の訪問』のラストと酷似していた。人の死を見て喜び合う群衆。何とも異様である。さらに、気の狂ったリュシールが、夫カミーユ(ダントンの同志)の生首を抱えて出て来て叫んで終わるのだから、堪ったものではない。
しかし、不思議なことに、音楽は心地良かった。指揮者はフィンランド出身のスザンナ・マルッキ。演奏会プログラムによれば、『ダントンの死』には、ジャズ、フランス革命歌、シェーンベルク、リヒャルト・ヴァーグナーらの音楽のスタイルが使われているとのことだが、牢獄に入れられる主人公とは違って、自由な音の動きに気持ちが救われる思いがした。

コンツェルトハウス

最後は、先月22日にコンツェルトハウスで上演されたオペラ『審判』(1953年にザルツブルク音楽祭にて初演)の演奏会形式である。ウィーン放送交響楽団による演奏で、ヨーゼフ・K役のテノール、ミヒャエル・ラウレンツを含め、今年のザルツブルク音楽祭の『審判』公演とほとんど同じキャストが出演し、(アイネムに師事した)HK・グルーバーが指揮を務めた。原作は、現在のチェコ生まれのドイツ語作家フランツ・カフカ(1883-1924)の未完の長編小説『審判』。主人公ヨーゼフ・Kが30歳の誕生日の朝に突然逮捕され、理由が分からないまま無惨に処刑される話である。
ガチャガチャと音楽が始まり、歌は早口だった。音楽は時々、歌手の歌声をかき消してしまうほど前に出て来るし、歌手が歌い終えないうちに別の歌手が歌い始める。対話の最中に別の歌手が歌い続けるということもあった。遠慮のない音楽会。しかし、だからこそとても難しい。問題の処刑シーンで、ピアノのグリッサンドが繰り返されたが、演奏に入るタイミングが難しそうだという印象を受けた。歌手も複数の役を演じている人が殆どで、ソプラノのイルゼ・エーレンスが、ビュルストナー嬢、廷吏の妻、レニ、背の曲がった女の子の声色を上手く演じ分けていたのは素晴らしかった。
『老貴婦人の訪問』も『ダントンの死』も『審判』も、(解釈の違いはあるが)無実の罪で死刑にされる男の話であり、『審判』にはアイネムがスパイ嫌疑でゲシュタポに拘束された経験が生かされている。今年は第一次世界大戦終戦100周年にもあたる。戦争で犠牲になった罪のない多くの命に黙祷を捧げたい。

(2018/12/15)

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蒲 知代(Tomoyo Kaba)
兵庫県神戸市出身。京都大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科修士課程を経て、現在は京都大学及びウィーン大学の博士後期課程に在籍中。専攻はドイツ語学ドイツ文学。主に、世紀末ウィーンの作家アルトゥル・シュニッツラーを研究している。