東京フィルハーモニー交響楽団 第120回東京オペラシティ定期 | 平岡拓也

東京フィルハーモニー交響楽団 第120回東京オペラシティ定期シリーズ

2018年10月4日 東京オペラシティ コンサートホール
Reviewed by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)
Photos by林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ヴァイオリン:チョン・キョンファ
オルガン:石丸由佳
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
指揮:チョン・ミョンフン

<曲目>
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op. 77
~ソリスト・アンコール~
J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001より アダージョ
サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 Op. 78「オルガン付き」

 

長年の共同作業を経て、2016年9月より東フィルの名誉音楽監督というポストに就任したチョン・ミョンフン。バッティストーニ、プレトニョフと共に同団の三頭体制を形成する趣がある―そんな彼が2018/19シーズンに振るプログラムの中でも、発表当初から大きな注目を集め、早々と完売となったのが今回の公演である。世界的ヴァイオリニストである姉チョン・キョンファとのコンチェルト。日本では16年ぶり、東フィルでの実現は初とのことだ。お互いの音楽言語を真っ向から突き付け、眩い火花を散らしながら音楽を運んでいくのが「協奏曲」とすれば、この2者の共演は実に興味深い。若き日に共に学び、今も互いに尊敬を深める両者が描くブラームスは、いかような演奏になるのか。

長大な序奏。荘重な弦に続いて加わる管楽器、アタックでの発音には一段上の繊細さを求めたいところ。ミョンフンの指揮(暗譜!)が一気呵成にソロを導き、その頂点にキョンファが登場する―この瞬間、オケがきりりと引き締まった。指揮者とオーケストラという二者の関係に独奏という新要素が突如加わり、新たな次元へ駆け上がったとでも記そうか。この緊張感こそライヴの醍醐味であろう。齢70を超えたキョンファに技術的な完璧さはなく、カデンツァ(ヨアヒムか?)の音程などやや怪しいが、弱音での集中力や磨き抜かれた鉄壁のフレージングは流石に彼女の独壇場である。とにかく全篇、険しく聳え立つ岩山、はたまた猛り狂う猛禽のようなブラームスで、彼女の気迫に真正面から応じる東フィルとミョンフンも常以上の迫力を湛える。指揮姿はいつもの彼同様最小限のモーションだが、内的燃焼が凄まじい。第1楽章を聴き終えた時にはどっと疲労感に襲われることに(キョンファ自身も汗を派手に拭っていた)。これ以降では楽章を追うにつれ音楽に(良い意味の)余裕が生まれた。第1楽章の過剰なほどの緊張感はなく、ロマの舞踊たる第3楽章は実に軽やかで、こちらも安心して演奏者の呼吸に身を委ねた。
チョン・キョンファというヴァイオリニストは今、完璧に弾くことよりも演奏の一回性に賭け、そのためにステージ上で全精力を傾けている。勿論どんな演奏者もステージ上では全力を尽くすのだろうが、彼女ほど形振り構わぬ没入を見せる人も珍しい(他に思いつくのは五嶋みどり位か)。DECCAやEMIに残された彼女の名盤の数々―筆者も大いに親しんできた―には、壮年期の彼女の「完璧」への飽くなき追及と情熱が封じ込められている。それらを懐かしく思いつつも、指の故障を乗り越え、常にヴァイオリンと全力で向き合うキョンファの姿に強く打たれた。

休憩を挟んで、チョン・ミョンフンの得意レパートリーであるサン=サーンスの「オルガン付き」。パリ・バスティーユ管との名盤(DG、1991年)は勿論、ロッテ・コンサートホール(韓国)のオープニングを飾ったソウル・フィルとの演奏(DG、2016年)も優れている。リラックスした雰囲気で序奏が始まったのち、弦楽器が16分音符で第1主題を刻み始めるとすぐに管弦楽の蠢きが鋭さを帯びる。ミョンフンの指揮は前述した通りスタティックに見えるのだが、注視すると音楽の静と動が切り替わる瞬間の俊敏さに特徴がある。これがリズムを鋭角に研ぎ、演奏が切り詰められていくのだ。オペラシティのオルガンの美音を交えた第1楽章第2部の揺蕩いも良いのだが、指揮と楽曲が抜群の相性を示したのは骨太・重厚な第2楽章か。やや鳴らしすぎにも感じるが、これが今の彼なのであろう。芝居っ気を排し直截に突き進み、鮮やかに大団円を築く。体操の大技が寸分の乱れもなく決まるような終結に、満員の聴衆はワッと湧いた。

筆者は当初、壮麗な大音響に包まれるサン=サーンスが前半のブラームスの余韻を消し去ってしまいはしないか、と少々危惧していた。しかし終わってみるとそうではなかったばかりか、数日を経てその響きが体に浸透していったのは、あの凄絶なブラームスの方であった。チョン姉弟の「寄らば斬るぞ」と言わんばかりの集中力に、改めて畏れ入った次第。

(2018/11/15)