五線紙のパンセ|引用 – 意味の剥奪と再生|中川俊郎
引用 – 意味の剥奪と再生
text & photos by 中川俊郎(Toshio Nakagawa)
ふと時計を見れば午前2時。今しがた作曲をしている最中に、急に思い立って作業の内容と全く関係のない Schubert の五重奏曲「鱒」の第4楽章を聴いたところだ。
気晴らしではない。…気晴らしに他人(ひと)の曲など聴いている場合ではない!締切を超過し切羽詰まっていて後にも先にも退けない状態なのだ。
それなのに、曲が流れ始めたとたん自分でも思わず顔が綻ぶのが分かる。音楽を聴いて単純に幸せ…というのとも違う。もちろんそうした感覚がない訳ではないが、気弱で薄幸続きの人生でありながら、これほどの作品を作り上げた大先達作曲家に憧れ、彼と同業であることがどこか誇らしく思えるのかも知れない。
ところで今私が書いている作品もそうだが、近年の私の作風はどちらかと言うと一見 Schubert ファンの神経を逆撫でするような、またこの人に限らず他の伝統的な作曲家を、ことごとくパロディ化しおちょくっているとしか思えない様式がかなり多い (一度誰かに聞いてみたかったのだが、Poulenc の作品はコアなMozartファンをムッとさせたりしていないのだろうか?) 。 その好例がピアニスト佐藤祐介さんとの共同制作アルバム「メッセージ」に多く含まれている。彼は大変秀逸で、結果として極彩色の「引用」 (とそれに纏わる悪意(?笑) ) の総カタログの体をなしている。
しかし本当の私の心の奥は、不意に Schubert. Mozart. Bach. Tchaikovsky. Shostakovi(t)chを聴いて涙ぐむ…むしろそちらの方にある。つまり意外にもこの作風は「存在自体への深い悲しみ」の共有(それは時に時空を越える)と敬意の表れで、悪意などとはまったく相反するものなのだ。「鱒」を聴いて破顔する私と、おかしなパロディ・メロディーを作る私とは、別人格ではない。こうした伝統への「捻くれ曲がったリスペクト」の感覚を持つ人は、そう多くはない。ここに私の悲劇(笑)がある。
別な角度から私の音楽について述べよう。言葉を操るのが苦手な私に折角の機会を頂いたのだから…!
先回紹介した私の「断片」主体の作曲作業にも見てとれるように、文脈の繋がりを断つことによる「意味の剥奪と再生」…というコンセプトがある。深夜の音楽TV番組の中で「パロディこそが歴史に風穴を空ける…」と述べたことがある。ちょっと大袈裟な話になるが(笑)、歴史の因果関係については、私たちは「言葉とその意味」の連鎖によって有史以来助けられて来たのは疑いもないが、同時にそれらが歴史の中で、様々な息苦しさを生んでいることも否めない。私たちの仲間の多くが「言葉とその意味」によって差別され時に抹殺されてきたのも事実だし(実際に殺されもした…)。歴史が言葉とその意味の連鎖である、という言いまわしは、多分に詩的に過ぎる。そんな気取りをよそに、現実に言葉や意味は平気で人を傷つけ疲弊させ続ける。そこに風穴を空けて風通しをよくするというのが、私の役割だと考えている。
このことで連想するのは、ケージ、カーゲル、松平頼曉、川島…という今世紀に於ける大変重要な名前である。
日常のあらゆる局面には、好むと好まざるにかかわらず、また気づくと気づかざるにかかわらず、かならずユーモアが潜んでいることを、この4人は始めから気づいていたのではないか?そして個性の違いはあれどユーモアこそが大事な本質を届けるための辛辣なメッセージになり(その効力故に激しく反発もされ)、更にはそれが世界を助ける福音になることも。
中でもカーゲルのブラックさ加減には、既に中学生の頃から虜になってしまっていて(1970年頃だからカーゲルの最も「ヤバい」時期だ。)、写実画家の父(とは言えルオーの影響を多分に受けていたので写実の中では自由な方だったが…)と数学教師の母が「半分本気で」私の将来を心配したくらいだった。しかし同時期に三善晃の門を叩いたことで、今これを書いている私自身も時空を越えて、少しホッとしている(笑)。
ピエロは笑いを提供することに真剣である。自分の命を削ってまで人を笑わせるなぞそれこそ笑い事ではない…。
次回は最後に名前が出た作曲の師匠で生涯の恩人との関わりについて、少し触れたいと思う。
(2018/11/15)
★公演情報
日時 : 12月14日 (金) 19時開演 会場 : 東京オペラシティリサイタルホール
「佐藤祐介 ピアノリサイタルシリーズ、PIANO EPOCH vol.4 フランス音楽、時代の開拓者たち~クープラン一族、フランス6人組からの展開」
中川俊郎 : 入場曲、4つのカリカチュア(戯画)、インヴェンションと退場曲 (2018、初演)
日時 : 12月25日 (火) 19時開演 会場 : 杉並公会堂小ホール
「會田瑞樹ヴィブラフォンリサイタル~旅するヴィブラフォン~」
中川俊郎 : 影法師 Ⅱ. ヴィブラフォンとマリンバ(独りの奏者による)のための (2018、初演)
日時 : 2019年 1月8日 (火)
19時開演 会場 : 東京オペラシティリサイタルホール 「深新會 第35回作品展 二重奏作品百花繚乱」
中川俊郎 : 《7つのエピソード》~不確定な楽器のための旋律の考察 (2018~2019、初演)
演奏 : 岩瀬龍太(クラリネット)、中川俊郎(ピアノ)
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中川俊郎(Toshio Nakagawa)
1958年東京生まれ。作曲家・ピアニスト。桐朋学園大学作曲科卒業。作曲を三善晃、ピアノを末光勝世、森安耀子各氏に師事。70歳になるジョン・ケージを迎えて行われた「Music Today ’82(武満徹企画構成)」の一環として開催された10周年記念国際作曲コンクールにおいて自作自演で第1位を受賞し、ケージにも高く評価される。1988年、村松賞、1993年、演奏・作曲家グル−プ「アール・レスピラン」の一員として第12回中島健蔵音楽賞、2009年、サントリー芸術財団主催で「作曲家の個展2009、中川俊郎」が開催され、その成果に対して、第28回中島健蔵音楽賞を受賞。 他にCM音楽界においても「ACC賞」等受賞多数。
これまでに歌手・作曲家の木村弓、邦楽囃子笛方の福原徹、演出家、小池博史等ともコラボレーションを重ね、2005年にTrp.曽我部清典、Bar.松平敬とともに結成した「双子座三重奏団」の活動も近年注目されている。
東芝EMIから、自作のサントリー「烏龍茶CM曲シリーズ」を収録したCD「chai」、ピアノソロアルバムを兼ねた「cocoloni utao」などを、またフォンテックからCD管弦楽作品選集「沈黙の起源」(2017年3月)、299 MUSIC からピアノ作品集「メッセージ/ 佐藤祐介 × 中川俊郎」(2018年10月)をリリース。
テレビ朝日「題名のない音楽会」などテレビ出演も多数。
現在、日本現代音楽協会理事、日本作曲家協議会常務理事、作曲家団体「深新會」副代表、お茶の水女子大学非常勤講師。