ウィーン留学記|レハール音楽祭|蒲知代

レハール音楽祭

text & photos by 蒲知代 (Tomyo Kaba)

初めての海外旅行は、大学院入学後の夏休みのことだった。行き先は、ドイツ。旅行会社のバスツアーに参加して、ケルン、ハイデルベルク、ミュンヘン、ライプツィヒ、ドレスデン、ベルリンなどを二週間ほどで周遊した。帰国して驚いたことは、日本の空気が汚く感じられたことだった。空港からバスを利用して帰宅したので、高速道路の排気ガスの影響もあったかもしれないが、圧倒的に緑が少ないと思った。自然の大切さに気付かされた瞬間だった。

*****

オーストリアで自然が美しい場所と言えば、ザルツブルクの南東一帯のザルツカンマーグートが思い浮かぶ。何と言っても、湖が美しい。特に、オペレッタ『白馬亭にて』と映画『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台となった町、ザンクト・ヴォルフガングの湖とシャーフベルクの山頂からの眺めは素晴らしいし、世界遺産の町ハルシュタットの湖を含む景観も印象深い。他にもモント湖、アッター湖、トラウン湖などがあるが、どれも本当に美しい。

カイザーヴィラ

今回訪れたバート・イシュルはザルツカンマーグートの中央部に位置し、二つの川が流れる自然豊かな温泉町である。毎年夏に開催されているレハール音楽祭を観るため、(前回のコラムの)ザルツブルク音楽祭鑑賞の翌々日の8月8日に行ったが、温泉に入るのも楽しみだった(但し、日本の温泉とは違って、水着着用が必須で、水温が低い。今回入ってみたが、気持ち良さより冷たさの方が記憶に残った)。バート・イシュルへは、ザルツブルクからバスで1時間半ほど。観光シーズンのため満席だった。昼前に到着した後、皇帝フランツ・ヨーゼフの別荘「カイザーヴィラ」を見学して、壁に飾られた大量の鹿の角に衝撃を受けた。皇帝が狩った鹿の角のコレクションということだが、鹿が可哀想で仕方なかった。しかし、現在も鹿は名物の一つのようだ。結局、私は夕食に皇帝の狩猟場で捕れた鹿肉料理を注文し、せめてもの償いに、しっかり味わいながら完食した。

さて、レハール音楽祭は、1961年に「オペレッタ週間」という名前で始められたオペレッタの祭典であり、2004年に現在の名称に変更された。今年はレハールの『微笑みの国』(14公演)とアブラハムの『ハワイの花』(16公演)など、合計38公演が行われ、2万3千人以上の来場者があり、私は日程上、『ハワイの花』を鑑賞した。

レハールヴィラ

『メリー・ウィドウ』や『微笑みの国』などで知られる、作曲家フランツ・レハール(1870-1948)は、1906年から毎年バート・イシュルへ避暑に訪れ、「レハールヴィラ」で多くのオペレッタを作曲した。別荘の女性職員によれば、レハールは部屋を閉め切って一人作曲に集中したそうだ。音響にもこだわりがあり、木は音の響きが良いので、ドアは木製だった。また、レハールは芸術品の収集家で東アジアの品物も沢山あり、日本や中国に対する関心の高さが伺えた。(『微笑みの国』は、ウィーンと北京が舞台となっている。)ちなみに、「レハールヴィラ」にも鹿の角が飾られていたが、レハールは動物を殺せない性格だったので、別荘の前所有者の狩猟品とのことだった。

音楽祭では、1961年以来、レハールのオペレッタ作品を中心にプログラムが組まれてきたが、エメリッヒ・カールマンの『チャールダーシュの女王』、カール・ツェラーの『小鳥売り』、ヨハン・シュトラウス2世の『ウィーン気質』など、他の作曲家のオペレッタも1970年を除いて毎年上演されている。(2019年はラルフ・ベナツキーの『白馬亭にて』、ジャック・オッフェンバックの『パリの生活』、レハールの『クロクロ』が上演される予定である。)今年上演されたオペレッタ『ハワイの花』の作曲家パウル・アブラハム(1892-1960)の作品も、1969年と1990年に『ヴィクトリアと軽騎兵』(1930年)の上演が実現しているが、『ハワイの花』(1931年)は今回が初めてである。

『ハワイの花』は、アメリカの支配下にあるハワイ島が舞台となっている。ハワイ島の統治を任されているロイド・ハリソン総督は、自分の姪であるベッシーとリロ=タロ王子を結婚させることによって、自分の地位を確固たるものにしようと企む。しかし、船が港に到着し、ハワイの正統な王位継承者であるラヤ王女がハロルド・ストーン大佐とアメリカのジャズシンガーのジム・ボーイと共に現れる。ラヤ王女はスザンヌ・プロヴァンスという女性歌手だと名乗るが、自分の婚約者であるリロ=タロ王子に正体を見破られてしまう。ラヤ王女はストーン大佐とリロ=タロ王子の間で揺れ動き、ハリソン総督の秘書であるバッフィーは、想いを寄せるベッシーの結婚を阻止するため暗躍する。果たして、ハワイとラヤ王女の運命は如何に、という物語である。

今回の演出では、作曲家アブラハムが梅毒性の脳疾患で精神病院に入れられたという史実に基づいて、アブラハム役のマルク・ヴァイゲルと主治医役のゲインズ・ホールが最初に登場し、アブラハムの頭の中の物語に主治医が付き合うという設定になっていた。アブラハムは主治医にジム・ボーイを演じることを要求し、自身はハリソン総督を演じる。(なお、ジム・ボーイの黒塗りメイクが人種差別にならないように、眉と口まわりを黒く塗るだけにとどめていた。)

二人がハリソン総督とジム・ボーイとして参加した『ハワイの花』の本編は、最初から最後まで、エンターテイメント性に富んでいたが、度々挟まれるアブラハムと主治医の対話は、ノスタルジックな雰囲気を醸し出した。というのも、ハンガリー生まれのアブラハムは、オペレッタ作品の成功によってベルリンに移住したが、ナチスによるユダヤ人迫害の影響でニューヨークに亡命しているからである。観客は彼のオペレッタ作品を楽しむと同時に、作曲家の悲哀に満ちた人生を回顧させられるようになっていた。

コングレス&シアターハウス

上演時間は、休憩を含めて3時間。アブラハムは本作にジャズ音楽を取り入れて、ミュージカル性の強いオペレッタに仕上げている。実際、歌手たちはミュージカルと同様にピンマイクを付け、休憩時間にはもう口ずさめる分かり易いメロディーを繰り返した。また、今回の上演では、歌手たちもダンサーと一緒に激しいタップダンスを踊って会場を盛り上げていた。

昼公演だったので、18時半には会場のコングレス&シアターハウスを出て、花壇の美しい公園を歩いていると、大きなバスが道路に停車していた。観客は高齢者が多かったが、笑顔でバスに向かって歩いていた。

オーストリアでは、毎年夏に各地で音楽祭が開催されるが、ブレゲンツ音楽祭やメルビッシュ湖上オペレッタなどの野外公演もある。また、ウィーンでも毎年夏には音楽フィルム・フェスティバルが開かれ、市庁舎前の広場に設置された巨大スクリーンでコンサートやオペラ等を楽しむことができる。

思えば、ウィーンに来てから自然に触れ合う機会が増えた。オーストリアの人たちは、カフェではガーデン席で語らうのが好きだし、公園の芝生の上で昼寝をしたり、スケッチをしたり、ピクニックをしている姿をよく見かける。都市にいても、過ごし方次第で自然を楽しめる。明日も外の空気を深呼吸して、健康的な一日を過ごしたいと思った。

(2018/11/15)

—————————————————————
蒲 知代(Tomoyo Kaba)
兵庫県神戸市出身。京都大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科修士課程を経て、現在は京都大学及びウィーン大学の博士後期課程に在籍中。専攻はドイツ語学ドイツ文学。主に、世紀末ウィーンの作家アルトゥル・シュニッツラーを研究している。