忘れがたいコンサート|《ばらの騎士》とカルロス・クライバー|藤堂清 

《ばらの騎士》とカルロス・クライバー 

text by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh) 

指揮者はピットを早足で指揮台へと向かい軽く客席に向かって挨拶をすると、拍手が消えるのを待たずに指揮棒を振り始める。ホルンの強奏、続く弦楽器の厚い響き、冒頭から輝かしい音の奔流にのみこまれた。
カルロス・クライバーの日本デビューとなった、1974年バイエルン国立歌劇場来日公演の《ばらの騎士》。 

このオペラの日本初演は、1956年、マンフレット・グルリットの指揮、日本人歌手による日本語上演であった。1966年には、エルザ・カベルティ、クルト・ベーメ、ヘルタ・テッパーといった歌手を招き、原語による上演が大阪・東京で行われる。1974年のバイエルン国立歌劇場によるものは、これらに続く国内では3回目の上演ということになる。
その間、1960年ザルツブルク音楽祭で収録された《ばらの騎士》、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、エリーザベト・シュワルツコップ、クリスタ・ルートヴィヒ、アンネリーゼ・ローテンベルガー、オットー・エーデルマンという当時のベスト・キャストによる映画の上映が何度かあった。近年の  METやロイヤル・オペラのライブ・ビューイングとは映像も音響も較べものにならないが、実演を見る機会が何時あるか分からないこともあり上映のたびに行き、その演奏、舞台を自分の中で基準としていた。 

クライバーの作り出す音楽は、カラヤンのそれとは違っていた。「勢い」という言葉で十分説明できるとは思わないが、流れを一瞬止めるようにして、それを一気に解き放つ。そこで音楽は加速され、強い輝きを発する。リズムの微妙な変化や管楽器の強調によりオーケストラの色彩感が際立ってくる。
ギネス・ジョーンズ、ブリギッテ・ファッスベンダー、カール・リッダーブッシュといった歌手たちも厚みのある声でオーケストラと対峙していた。このときは、シュワルツコップの少しくぐもった声での細かな表情と較べ、ジョーンズの歌はダイナミックすぎるように感じたが、いろいろな歌手を聴いてきた後で振り返ると、シュワルツコップの方が特異な歌い方でありそれを継承する者もいなかったと分かる。
この日、第一幕の途中で幕が降ろされ演奏を中断した。客席に爆弾を仕掛けたという電話があったということで、聴衆をホワイエに出し客席内をチェックした。三菱重工爆破事件から間もない時期であり、ありえないことではないとだれもが感じた。結局、爆発物は見つからず再開したが、中断によって覚めてしまった会場の空気を一気にヒートアップさせるような演奏を聴かせ、聴衆を惹きつけた。 

カルロス・クライバーは、この後4回来日公演を指揮している。ミラノ・スカラ座と2回、バイエルン国立管弦楽団、そして最後となったのが1994年のウィーン国立歌劇場との来日、演目はふたたび《ばらの騎士》。
歌手は20年前とは変わっている。フェリシティ・ロットの元帥夫人、アンネ・ソフィー・フォン・オッターのオクタヴィアン、クルト・モルのオックス男爵、バーバラ・ボニーのゾフィー、みな歌曲を得意とする歌い手たち。
クライバーの指揮も以前とは違い、響きの美しさ、繊細さを引きだすもの。歌手が、歌詞の一言一言をていねいに歌うこともあり、細やかな表情が浮き上がってくる。
カーテンコールに応えて出てきた彼の姿が、64歳という年齢にしては弱々しく感じられたこともあっただろうか、”bella come un tramonto”(夕陽のように美しい)という《ラ・ボエーム》のミミのセリフが頭に浮かんだ。 

クライバーが聴衆の前に立つことは、この後数えるほどしかなかった。 

日本におけるオペラ《ばらの騎士》の上演回数は増えてきており、2007年6月~2008年9月にかけては、5つのプロダクションで公演が行われるという状況であった。オペラを実演でみるために10年待たなければいけないということはなくなってきたし、当時と較べれば、海外へ見に行くことも容易になってきている。
情報がどんどん入ってくる時代、またYouTubeやネットで最新映像をみることができる時代、新たな才能を発見すること、「私にとってのカルロス・クライバー」を見出すことはむずかしくなっているだろうか。 

(2018/10/15) 

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1974年 バイエルン国立歌劇場公演 

リヒャルト・シュトラウス:《バラの騎士》
9月24日(火)、28日(土)、10月9日(火)@東京文化会館
10月3日(水)@大阪フェスティバルホール 

元帥夫人:ギネス・ジョーンズ
オックス男爵:カール・リッダーブッシュ
オクタヴィアン:ブリギッテ・ファスベンダー
ファーニナル:ベンノ・クッシェ
ゾフィー:ヒルダ・デ・グローテ(イレアナ・コトルーバス)
歌手クラエス=アーカン・アーンシェー(ジェームス・キング)
指揮カルロス・クライバー
演出オットー・シェンク
装置・衣装ユルゲン・ローゼ