音楽との出会い|楽しかった音楽教室とエアチェック・ブーム|谷口昭弘

楽しかった音楽教室とエアチェック・ブーム

text by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi )

物事を記憶する以前から私は音楽に出会っているに違いない。それは誰もがそうなのだろう。しかし、私が音楽好きになった決定的なできごとといえば、それは小学校に上がる前に通っていた地元富山の音楽教室である。某楽器メーカー系列の音楽教室で、歌ったり電子オルガンを弾いたり、簡単な伴奏付をするもので「幼児科」と呼ばれるグループ・レッスンだった。その時の先生が何よりも音楽に興味を持たせてくれた素敵な人で、毎週音楽教室に通うのが楽しみだった。扱われている音楽は、当時だから70年代までのポピュラー・ソング。特に有名なヒット・チューンではなかったと思う。でも子どもの頃はそんなことは分からなかったし、体が自然に動き出すような軽快なリズム、ニュアンスに富む和音。そこでは簡単な聴音もやっていたらしく、誰よりも早く「音当て」ができていたと祖母に聞いた。

しかし幼児科が終わり、ピアノの個人レッスンが始まると、楽しい音楽教室が一変して恐怖の時間になった。毎回怒鳴りつける音楽教師にすっかり恐れを感じた私は、しばらくして音楽教室を辞めてしまった。また小学校で出会った文部省唱歌の単調なリズムと和音、そして和音付けの能力もできない学校教師(もっとも私は小学校の先生がどのくらいの音楽の訓練を受けているかなど全く知らなかった)に幻滅するなど、音楽を実践する楽しみは遠ざかっていった。
でも最初に出会った幼児科の音楽教師は、今の私につながる決定的な出会いだった。

もう一つ、クラシック好きになった要因ということであれば、それはFMラジオ放送だった。父親はクラシックに多少興味があるのか、家にはクラシックの名曲を集めた通販のレコード・セットが置いてあった。また中学から高校の私は、吹奏楽でホルンを吹きつつ、クラシック音楽にも興味を持つようになった。しかし故郷の富山はクラシック音楽の生演奏を都市のように楽しめる環境ではないし、そもそもコンサート代など、月々のお小遣いから払うことは到底できない。高校生になれば、他の高校の吹奏楽の演奏会や、なけなしのお金を使ってレコードや、出始めたばかりのCDも買うことができた。しかしその数は限りがある。幸いだったのは、当時はいわゆる「エアチェック・ブーム」であり、ラジオを私的に録音してストックし楽しむのが流行していた。カセット・テープも決して安くは感じられなかったが、FM雑誌の番組表の赤字(クラシックの曲目は赤字で印刷されていた)を見ては録音できるカセット・テープを買っていた。同時にクラシックのガイドブックを買い、そこで紹介されている曲や演奏家がないかFM放送の番組表と見比べる日が続いた。

ただ、周りにクラシックをコアに楽しむ友人は全くおらず、本当に自己流だった。だが、もしかしたら、それは幸いだったのかもしれない。変な先入観を持たずにクラシックを楽しむことになった可能性がある。大学ではオーケストラに入り、富山では到底出会えなかったマニアックなクラシック音楽のファンがおり、いろいろ情報を得たり、CDを借りたりすることができた。エアチェックはこの時も続き、ライブ録音を中心に続けていった。世界的な演奏家でも調子が悪い時もあれば、簡単な音をミスすることを知るようになった。大学では教育学部の音楽科で勉強したので、そこで出会った音楽もラジオやテレビで録音・録画するようになった。

しかし最初ポピュラー音楽でスタートした私がなぜクラシックの方に行ったのか…。一つの要因は、80年代に入る頃から流行歌がアイドル路線になり、そこに音楽的な魅力を感じなくなったこと。また「流行」が廃れたあと、その流行当時のことを振り返ると、その当時が何となく気恥ずかしく感じられてしまったことがある。クラシックならば、流行に左右されずに音楽に楽しめるだろうと考えたのだった(今から振り返ると、これはいろんな意味で間違いだったと思うのだけれども)。

改めて「音楽」と「クラシック」の出会いを考えると、もちろん嫌な思い出もあることはあるけれど、改めて、いまメルキュール・デザールに書いたり、音楽に関する職業につく喜びを感じた。なによりも、小さいころから音楽が好きだった自分をうれしく思い出すことができた。これからもこの気持ちを大切に、そしてこの気持ちを多くの人たちと共有できるようにできればと思う。

(2018/10/15)