ロシア・ナショナル管弦楽団<オール・チャイコフスキー・プログラム>|大河内文恵
2018ロシア年&ロシア文化フェスティバルオープニング
ロシア・ナショナル管弦楽団<オール・チャイコフスキー・プログラム>
2018年6月12日 サントリーホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
木嶋真優(ヴァイオリン)
イオランタ:アナスタシア・モスクヴィナ(ソプラノ)
ヴォテモン伯爵:イリヤ・セリヴァノフ(テノール)
ルネ王:平野和(バス・バリトン)
ロベルト侯爵:大西宇宙(バリトン)
エブン=ハキア:ヴィタリ・ユシュマノフ(バリトン)
アルメリック:高橋淳(テノール)
ベルトラン:ジョン・ハオ(バス)
マルタ:山下牧子(メゾ・ソプラノ)
ブリギッタ:鷲尾麻衣(ソプラノ)
ラウラ:田村由貴絵(メゾ・ソプラノ)
合唱:新国立劇場合唱団
ロシア・ナショナル管弦楽団
指揮:ミハイル・プレトニョフ(創設者・芸術監督)
<曲目>
セレナーデ・メランコリック Op. 26
~休憩~
歌劇「イオランタ」 Op. 69 <演奏会形式>
ロシア文化フェスティバルのオープニングとして開催されたこの演奏会では、日本におけるロシア年2018を祝賀するためのセレモニーとして、ロシア組織委員会委員長M.E.シュヴィトコイ氏と日本組織委員会委員長高村正彦氏のスピーチから始められた。
セレモニーが終わり、チャイコフスキーらしい題名通りメランコリックなメロディーでコンサートが始まる。ソリストの木嶋は高音楽器のヴァイオリンを弾いているのにもかかわらず、低音が豊かに響くところに魅力がある。オーケストラは金管が咆えるところなど迫力充分だっただけでなく、低音の音が深く充実している。そういう意味でソリストとの相性はよかったといえる。
20分の休憩を挟んで、いよいよイオランタ。いわゆるP席には合唱団がおさまっている。オーケストラの前に譜面台がたくさん並んでいるが、全員が常にそこにいるわけではなく、出番になると登場する仕組みだ。イオランタ役のモスクヴィナは2016年にも同じタイトルロールを経験しているだけあって、譜面台に楽譜があってもほとんど見ておらず、イオランタになりきって演技に集中していた。もちろん、歌唱もピカイチ。筆者はロシア語には詳しくないのだが、一番ロシア語に聴こえたのは彼女の歌だった
演奏会形式での上演だと、通常のオペラ上演のようにアリアが1曲終わるたびに拍手が入るといったことはあまりない。しかし、ロベルトのアリア「わがマチルダに並び立つ女性がいようか?」では大西のあまりの熱唱に「これに拍手しないのはあり得ないのではないか?」と思ってしまった。やはり同じように感じた人が多かったのか、歌い終わった瞬間に自然と大きな拍手が沸いた。やっぱりオペラはこうじゃなくちゃ。
物語は、生まれつき盲目でその事実を隠してルネ王に大切に育てられてきた、娘イオランタが、許嫁ロベルト侯爵とともに迷い込んできたその友人ヴォテモン伯爵に自分が盲目であることを知らされてしまうことで大きく動き始める。と同時にイオランタとヴォテモン伯爵は恋に落ち、その恋の力によってイオランタは手術を受ける決心をし、無事に光を得てハッピーエンドになるのだが、話はそう単純ではない。それまで見えないことを前提に世界を構築してきたイオランタにとって、「見える」ということは未知との遭遇であり、恐怖でしかない。
このオペラは歌と音楽だけでなく、じつは歌詞も深い。第5景では医者(エブン=ハキア)がモノローグ「生きとし生けるものには」で、肉体の世界と精神の世界とがあり、病識のない人はどんな名医でも救えないといった内容を切々と訴える。そこでイオランタが盲目という設定が俄然活きてくる。見えるということは喜びと同時に苦痛をも伴うのだということが、手術後のイオランタの苦悩に反映されているのだ。もちろん、フィナーレはこれでもかというくらいロシアらしさを強調した音楽によって盛り上がるのだが。
新国立劇場合唱団はさすが劇場付の合唱団だけあって、オペラらしいの雰囲気を高めるのに重要な役割を果たしていた。演奏会形式でも物足りなさを感じさせなかったのは、彼らの功績も大きい。劇的なストーリーとチャイコフスキーらしい優美な音楽をもつこのオペラは、日本ではあまり上演されてこなかったが、非常に日本人好みだと思う。
イオランタが眠れないと訴える時のチェロ・ソロは絶品だったし、第4景のルネ王の苦悩のアリオーソ直後に奏されるいかにもロシアらしい悲哀たっぷりの上行音型など、歌唱だけでなくオーケストラ部分でも聴きどころが多かった。さらに、山場の1つであるイオランタとヴォテモン伯爵2人だけの長いシーンの音楽がまるっきりヴァーグナーなのだ。ロシア・オペラとヴァーグナーとをいっぺんに味わえるお得さ。演奏会形式だけでなく、通常の上演形式でも見てみたいと思った。
(2018/7/15)