五線紙のパンセ|島の記憶(2)|山本裕之

島の記憶(2)

text & photos by 山本裕之(Hiroyuki Yamamoto)

50年前に日本でどのような歌謡曲がヒットしていたのかを探してみた。「ああ、この曲が」と現代の日本人でさえ誰でも知っている超有名曲もあれば、おそらくその時代を経験していないとわからないような時代限定曲もある。これらの中から8曲を選び、それぞれ印象的な部分を1、2分程度ずつ抜き出していった。すると「1963年ヒット歌謡曲」のポートフォリオができ上がった。さてこれらを10人のサックス・アンサンブルでどのように活用していこうか。まず二組のクインテットに分ける。それぞれ4曲ずつ演奏することにする。歌謡曲の断片はサックス・クインテット用に編曲しなければならないのだけど、ただ編曲するだけではつまらない。ここでいきなり話が飛ぶが、たとえば江戸時代の人々と現代の異文化の人々(たとえばアメリカ人でもなんでも)のどちらが今の日本人に文化的に「近い」かと考えると、私は江戸時代の同国人の方が「遠い」と思っている。世界のニュースや食文化等を共有する現代の「同時代性」は強固だ。だから50年とはいえ同じ日本ではあっても、いまから見たらちょっとした「外国」のようなものじゃないかと思っている。人々の記憶が漂う木造の空間、昔の歌謡曲に加えて、50年という時間の飛翔を考えると、そこには時空の歪みのようなものがあってもおかしくないと思えた。実際この旧公民館の内部にいると、なんともいえない外界からの遮蔽感や古い建物特有の閉塞感を感じる。そこでクインテットの一部の楽器を4分音ずらして調律し、音が歪むアンサンブルになるようにしてみた。

もう一つ考えたのは、島のアイデンティティだ。昭和歌謡はラジオによって全国に普及したはずだ。それはこの瀬戸内海の小島でも同じようなものだったと思う。一方、メディアにあまり乗らない地方固有の音楽もあったはずだと、この島に伝わる民謡がないものか調べてみたところ、「豊島製糸唄」というものが見つかった。オリーブが渡ってくる前の当時の豊島にとって、製糸業は重要産業の一つだったのかもしれない。かつてこの島で歌われていたであろう製糸唄のメロディが、4分音が混ざったヨーロッパ産の楽器によってユニゾンで演奏されるのは、これもまた時空を越えた再現だということにした。

そんなこんなで、最終的に作品の構成はつぎの通りとした。筒を間に挟んでお互い別れた二組のクインテットは、あらかじめ決められたタイミングによって、歌謡曲の断片を間欠的に演奏する。50年前のこの建物は、当時の大工たちによって歌われ聴かれた音楽と一緒に「遠い記憶」を蘇らせるのだ(なんだか三流の幻想小説やホラー映画みたいになってきたけどまあいい)。互いに不規則的に演奏される歌謡曲は、ラジオの混線のように重なり合う。30分ほど経つと、そこに「豊島製糸唄」が絡んでくる。さらに10分後、二つのグループがようやく一緒に、50年よりもさらに遠い島の記憶である「豊島製糸唄」をユニゾンで歌い上げて、このパフォーマンスは終わる⋯⋯。

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ちょうど4ヶ月後の2013年9月1日朝、私は再び島に来た。今回はもちろん一人ではなく水上タクシーで、大阪音大のサックスメンバーたちと。水上タクシーも初めての経験で、颯爽と水面を切り裂きながら瀬戸内海を滑る何とも便利な乗り物だ。しかもフェリーと違ってこちらの好きな時間に走ってくれる(自分で手配したわけではないけど)。

日曜日とはいえ午前中の瀬戸内の小さな島のパフォーマンスを観るためには、観客は早朝に高松からフェリーに乗るか島に前泊して、本数の少ないシャトルバスか自転車で山越えして会場に来る必要がある。決して大々的に宣伝されているとはいえないこのイベントのために、どれだけの人達が集まって来てくれるのだろう。しかも瀬戸内海には前線が停滞し、雨がぱらついている。4ヶ月前の清々しい気候の中で見た旧公民館はいま、どんよりした空気の中で雨に濡れて佇んでいる。このたった1回の上演に立ち会ってくれる人はきっと、悪天候のなか周囲に他に何もないこの場所に、たまたまこの時間に出向いてきて居合わせた人になるのだろう。

たいてい作曲家は、それが即興的なものでない限り、自分の作品の演奏が一度きりではなく再演されることを望んで(あるいは想定して)曲を作るものだ。ただし「場」を想定して作られるものは必然的に一期一会になってしまう。運が良ければ、たまに似たような条件の「場」を見つけて再演されることはある。ところがこの旧公民館、つまり塩田千春氏の『遠い記憶』は、この年の瀬戸内国際芸術祭が終わったら取り壊されることになっていると聞いた。だからこの建物のために構成した私の作品も、取り壊しとともに再演の機会を永久に失って消滅してしまう。音楽作品の一回性とはなんと儚いものか。たまたま居合わせた人達との一期一会。

雨は少しずつ酷くなり、舗装されていない建物の周囲は早くも水浸しだ。上演は午前10時半に始まった。50年前の歌謡曲には、暗い演歌調の曲もあれば高度経済成長を歓び歌い上げる明るいものもある。8曲の大衆音楽は次第にひどくなる雨音とともに次々と蘇生した。島の人か外来者かわからないけど「あらー、この曲知ってるわ」などと言い合っている来場者がいる。ノスタルジーを感じてもらうイベントのつもりではなかったけど、これはこれでよい。4分音で調子っぱずれにされた、記憶の彼方にある音がどのように感じられたのか興味のあるところだ。

この作品の上演を狙ったかのように強くなった雨は、曲の終わりに向かうにつれて弱まっていった。やがて「豊島製糸唄」が曲の終盤を告げる。この民謡になると、50年前の歌謡曲を記憶に持つ島の人々さえ知っているのかどうかも分からない。人が知らなくても、筒に積み上げられた建具たちなら知っているかもしれない。

きちんと数えたわけではないけど、来場者は通りすがりの人も合わせて2、30人ほどだったと思う。この悪天候の中、よくこんなところまで来てもらえたと思う(なにしろこの近くには他に観るものがないのだから)。慣れない4分音を使った変な編曲に付き合ってくれた大阪音大の学生さんたちと、指導された赤松二郎先生(当時)には、もう5年も経っているけどここにあらためて感謝を申し上げたい気持ちだ。なにしろひどい湿度のなかで、私の意図の実現と僅かな来場者のために一生懸命演奏してくれたのだから。そしてこの上演された作品は、『遠い記憶』という作品の消滅とともに、この時に関わった限られた人達の記憶にしか残らないものとなった。

⋯⋯さて、あの公民館、どのように解体され、その後はどうなってしまったのだろうか。この原稿を書いたのを機にネットで調べてみた。するとなぜかまだ瀬戸内国際芸術祭のサイトに紹介されている。さらに検索すると、昨年訪れた人の口コミまで見つかった。なんと、『遠い記憶』はなぜか撤去されずにいまだ存在しているようだ。ただ、どうやら現在は老朽化のために内部への立ち入りはできないらしい。適切な言い方ではないかもしれないけど、つまりは「死に体」なのだ。ならばぜひとも取り壊しではなく、徐々に朽ちていってほしい。人々の記憶も突然消えるのではなく、次第に失われていくのだから。かつて歌われていた大衆歌や民謡と同様に。

(2018/7/15)

★公演情報
日時:8月4日(土)14:00開演 会場:東京オペラシティ・近江楽堂
「claviarea14 コンテンポラリー・トイピアニズム『大人たちの本気の遊び』」
山本裕之:〈ヘミオラ・スラップ〉(2016)
演奏:中村和枝(トイピアノ)

日時:9月7日(金)18:30開演 会場:エリザベト音楽大学ザビエルホール
日時:9月8日(土)14:00開演 会場:ギャラリー交差611
「加藤和也サクソフォン・リサイタル KAN MAN HØRE TIDEN」
山本裕之:〈延ばされた円舞者〉(2017)
演奏:加藤和也(アルト・サクソフォン)

日時:10月17日(水)19:00開演 会場:ティアラこうとう小ホール
「山田岳ギターリサイタル」
山本裕之:新作(2018、初演)
演奏:山田岳(ギター)

★CD情報
ピアノのための《紐育舞曲への前奏曲》:「24 Preludes from Japan」(stradivarius/STR 37089)に収録(演奏:内本久美)

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山本裕之(Hiroyuki Yamamoto)
1967年生まれ、神奈川県出身。1992年東京芸術大学大学院作曲専攻修了。在学中、作曲を近藤讓、松下功の両氏に師事。現音作曲新人賞(1996)、武満徹作曲賞第1位(2002)、第13回芥川作曲賞(2003)などを受賞。またガウデアムス国際音楽間’94(オランダ/1994)、ISCM世界音楽の日々(ルクセンブルク/2000、横浜/2001)など、様々な音楽祭に入選している。作品はLe Nouvel Ensemble Moderne、 (モントリオール)、Nieuw Ensemble (アムステルダム) 、NZ Trio(オークランド)、バイエルン放送交響楽団(ミュンヘン)、ルクセンブルク管弦楽団、東京都交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、東京混声合唱団、ヴォクスマーナなど各地の演奏団体等により演奏されている。演奏家や演奏団体、放送局等からの委嘱を受けて作曲を行っている傍ら、1990年より作曲家集団《TEMPUS NOVUM》に参加、2002年よりピアニスト中村和枝氏とのユニット活動《claviarea》を行うなど、コンサートの企画なども含む様々な活動を展開している。NPO Glovill理事、音楽クラコ座(名古屋)メンバー。現在、愛知県立芸術大学教授。作品はM.A.P. Editions(ミラノ)、Babelscores(パリ)等から出版されている。
公式サイト:http://yamamoto.japanesecomposers.info/