仲道郁代 プレイエル・リサイタル |能登原由美
仲道郁代 プレイエル・リサイタル
〜いつもあなたとショパン 第1回(全3回)〜「ショパンが愛したプレイエル」
2018年6月16日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
<曲目> オール・ショパン
幻想即興曲嬰ハ短調op. 66
ワルツ第6番変ニ長調「小犬のワルツ」op. 64-1
ワルツ第7番嬰ハ短調op. 64-2
ノクターン第2番変ホ長調op. 9-2
12の練習曲第12番ハ短調「革命」op. 10-12
12の練習曲第3番ホ長調「別れの曲」op. 10-3
バラード第3番変イ長調op. 47
〜〜休憩〜〜
ワルツ第1番変ホ長調「華麗なる大円舞曲」op. 18
24の前奏曲op. 28より
第1番 ハ長調
第2番 イ短調
第3番 ト長調
第4番 ホ短調
第7番 イ長調
第13番 嬰ヘ長調
第15番 変ニ長調「雨だれ」
第20番 ハ短調
バラード第4番へ短調op. 52
バラード第1番ト短調op. 23
〜〜アンコール〜〜
ノクターン(遺作)
すでにメディアなどで紹介されているように、今年の9月からショパン国際ピリオド楽器コンクールがワルシャワで開催される。バロックや古典派を中心に、作曲当時の楽器を用いた「歴史的演奏法」が重要視されるようになって久しいが、最近はロマン派の作品においても、こうしたピリオド楽器による演奏会や録音が珍しくなくなった。ただし、ショパンといえば、ピアニストが全身全霊で感情移入しながら弾くというイメージが(少なくとも筆者には)あるが、それはモダン・ピアノのように重厚な響きやダイナミクスを可能とする機能があればこそ可能だったのではないか。単なる史的関心・好奇心だけならともかく、あのショパン・コンクールの主催者が新たにこの楽器を用いたコンクールを始めるとは…。ともかく、これまでモダン・ピアノでショパンをバリバリと鳴らしてきた奏者がこの楽器をどのように扱うのか、まずは生音で聞いてみたかった。
その奏者、仲道郁代が、ショパンをテーマにした新しい企画「いつもあなたとショパン」の第1回公演でピリオド楽器を取り上げた。しかも、彼女自身が所有するプレイエルを携えての公演である。1842年製、80鍵のピアノは、まさにショパンが精力的な創作活動を行っていた時代に作られたもの。しかも、ショパンのピアノ調律も行っていたという調律師の名前がピアノの内部に刻まれているとのこと。ということは、ショパンも当時聞いたかもしれないピアノの音だ。さて、ショパンはどのような楽器を相手に曲を書いていたのだろう。
演目は、ショパンの作品の中でも特に有名なナンバーを揃えたもの。前後半とも、冒頭では専属の調律師も登場し、仲道とともにプレイエル・ピアノの歴史やその構造、また同じく当時のピアノ界を彩ったエラール社のピアノとの違いなども交えながらその魅力を解説した。
ピリオド楽器を弾くようになって、「音量の豊かさが表現の豊かさではない」ことに気づいたと仲道は何度も述べたが、実際に演奏を聞いてその言葉には大いに納得した。つまり、モダン・ピアノほどの音量はなく、そのダイナミクスの幅も狭い。もちろん、音色もモダンとは随分異なる。だがそれだけではなく、音の減衰が早い上に、ペダルやアクションなど様々な点においてモダンのような拡張された機能がないことによる響きの違いは明らかであった。そのため、音量を上げることで表現の幅を広げたり、ペダルなどによる残響操作で音色を変えたりすることが難しい一方、指がキーに触れた時の、その音が立ち上がる瞬間が音楽のほぼ全てを形成していくことになる。つまり、モダン以上に奏者自らの瞬時の表現力が問われるというわけだ。が、さすがにベテランの仲道とあって、どの曲においても姿勢に迷いはなく、その表現は堂々としたものであった。
また、音域によって音量や音色がはっきりと異なっていたのも興味深かった。つまり、高音域はか細く金属的な色合いを出すのに対し、中音域は太く大きく、かつ艶かしい色、低音域は重厚な色合いである。その結果、通常はあまり聞こえてこない中声部の音が明確な形を持って聞こえてきた。別の言い方をすれば、一つ一つの音が浮き上がって聴こえるために音の水平線も垂直線もよりクリアに感じ取ることができる。いずれの音域もほぼ均質な音の響きの中に収斂され、一つの融合体でもって音楽の流れを形成していくモダンの場合とは違い、各声部は溶け合うことなく自立し、互いに主張しあう。常日頃聴き慣れたショパンの音楽とは全く違う印象となった。
もちろん、その違いをもっとも理解しているのは奏者本人であろう。彼女がこの楽器について語るとき、触れるときの優しい眼差しが何よりもそのことを物語っていた。仲道にとってピアノはすでに身体の一部と言えるのかもしれないが、その彼女もプレイエルを前にしては、楽器と一体化するというよりも、対話をしながら、あるいは時になだめすかしながら臨んでいるようでもあった。
いずれにしても、ピリオド楽器によるショパンは一つの潮流となりそうだ。9月のコンクールに先駆けてその醍醐味を味わえたという意味でも、実りの多い公演であった。コンクールによって生み出される新たな成果も楽しみである。
(2018/7/15)