二期会ニューウェーブ・オペラ劇場 ヘンデル:アルチーナ|大河内文恵
2018年5月19日、20日 めぐろパーシモンホール 大ホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)
<演奏>
アルチーナ:梶田真未(19日)、渡邊仁美(20日)
ルッジェーロ:花房英里子(19日)、杉山由紀(20日)
ブラダマンテ:郷家暁子(19日)、和田朝妃(20日)
モルガーナ:宮地江奈(19日)、今井実希(20日)
オベルト:島内菜々子(19日)、齋藤由香利(20日)
オロンテ:市川浩平(19日)、前川健生(20日)
メリッソ:金子慧一(19日)、的場正剛(20日)
ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ
二期会合唱団
鈴木秀美(指揮)
エヴァ・ブッフマン(演出)
ニューウェーブ・オペラ劇場は、二期会オペラ研修所の修了から3年以内の若手歌手を登用して3年に1度おこなわれる恒例の公演で、3年前の『ジュリオ・チェーザレ』に続き、今回も同じヘンデルの『アルチーナ』を取り上げた。
結論からいって、国内のバロック・オペラ公演の理想的な形に近いものであったといえよう。歌手もオーケストラ奏者も大半が若手なので足りない部分はあるけれども、組み合わせの妙とでも言おうか、うまくお互いにカバーできていた。
たとえば、歌い手はアリアでは上手くてもレチタティーヴォになると起伏に欠ける状況になったりするのだが、そこを通奏低音奏者が一本調子にならないように巧みに盛り上げる場面がしばしば見られた。特に19日にはチェロの山本のフォローが絶妙で、つい涙を誘われた。
歌手についていえば、19日はモルガーナ役の宮地の好演が光った。歌う声に特徴があり、アリアになると歌詞が聴こえなくなるきらいはあったが、新人とは思えないほど「間が良い」のだ。歌っている時だけでなく、ちょっとした動きもすべて音楽と調和している。よく、上手いダンサーは音楽に合わせているのではなく、ダンサーが音楽を操っているように見えるものだが、まさにその感じである。出番でない時に舞台を横切る場面では、歌っている2人よりも、ただ歩いているだけの宮地がその場の空気を形作っていた。
アルチーナ役の梶田は、前半の最後におかれたアリア“Ah, mio cor” でそれまで抑えていたエネルギーを一気に解放して真価を示し、それ以降はタイトルロールを全うした。この日は2階席の最後列で聴いていたこともあり、歌手によっては歌詞が聴き取れなかったり、レチタティーヴォになると歌詞が棒読みになってしまうことがあった。歌唱力という点ではいずれも充分な実力の持ち主だっただけに、その点には残念さがのこった。
このオペラにはズボン役(女性が男性の役を演じるもの)が3役あり、ヘンデルの時代にはおそらくカストラート、アルト(女性)、少年が演じたと思わるが、今回はすべて女性が歌ったために、この3役の区別がつきにくかった。衣装などでもう少し差別化をはかると、初めてこのオペラを観る人にもわかりやすかったのではないかと思う。
20日は1階席の真ん中あたりで聴いたのと、2回目ということもあり、ズボン役の区別が容易だったので、舞台との距離も関係あるのかもしれない。今回のめぐろパーシモンホール大ホールは、バロック・オペラを上演するのにちょうどよい規模であったと思う。ただ1つ、2階席最後列からだと、字幕が少し遠く、画数の多い漢字がつぶれて読めないことがあった。この日のキャストは全般的によく、特にアルチーナの渡邊が最初から最後まで、抜群であった。
今回の公演はセット・照明が素晴らしく、セットは最初から最後まで同じものが舞台上にあり、仕切りを外していく以外はほぼそのままなのだが、裏側に階段があったり、2層構造になっていたりと、実によく出来ていた。また、上演時間にも工夫が凝らされ、全3幕のオペラを、2幕の途中までを第1部、残りを第2部とすることで、休憩を1回にし、しかもセット・チェンジがないために休憩時間も20分とオペラにしては短めで、上演時間が長くなりがちなオペラが、コンパクトに見やすくなっていた。
台本通りにすべて演奏すると長時間になってしまうのがバロック・オペラの欠点でもあるのだが、今回は、アリアは丸ごとカットされたものがいくつかあるほかは、繰り返しの省略をせずにそのまま生かし、レチタティーヴォを筋を壊さない程度に大幅にカットすることで、長さの調整をおこなっていた。
これが非常にうまくいっていて、同じフレーズが何度も出てくるアリアでは、出てくるたびにニュアンスが変化し、その変化によって新たな意味が追加されて重層的になっていき、深みが増していくのがよくわかった。バロック・オペラのアリアの繰り返しの多さは、冗長さの代表のように避けられがちなのだが、力のある歌手が歌うことによって、その役の揺れ動く気持ちややるせなさといった心の内の情景が、ありありと伝わってくる。
20日の終演後にきこえた多くのbravi!と鳴り止まない拍手は、それを如実に示していたと思う。次は、本公演でこの演目を観てみたいと強く願いながら帰路についた。
(2018.6.15)