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NHK交響楽団 第1885回定期公演|齋藤俊夫

NHK交響楽団 第1885回定期公演

2018年5月12日 NHKホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito )
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)撮影:5/13

<演奏>
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ(*)
NHK交響楽団

<曲目>
L.V.ベートーヴェン:『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調』(*)
(アンコール)J.S.バッハ:『パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006』より「ガヴォット」
ジャン・シベリウス:『交響詩「4つの伝説」』
I.レンミンケイネンと乙女たち
II.トゥオネラの白鳥
III.トゥオネラのレンミンケイネン
IV.レンミンケイネンの帰郷

 

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、この壮大な作品でオーケストラとヴァイオリンが「協奏」するのには双方に格別の技量が必要なことは言うまでもないが、今回のパーヴォ=N響とソリストのテツラフはそれぞれ類まれなる技量を持ちながらも、その音楽の性格の違いにより、はなはだ奇妙な結果となってしまった。
オーケストラは弱音を繊細かつ滑らかに、強音を重厚に奏でる、ジェントルで、ノーブルとも言える風格のある演奏であった。他方、テツラフは快楽的で、ヴァイオリンを使って音楽で遊ぶ。歌い、踊り、跳ね回り、音楽の歓喜をまるで子供のように表現していた。
このオーケストラとソリストの間に、喩えるならば「音楽の年齢」の大きな差があったのである。年長だからより高級で、子供っぽいから低級だ、と言いたいのではない。大人が仕事帰りの夜に飲む日本酒と、子供が元気いっぱい遊んだ後で飲むサイダーのどちらが美味いか、とは野暮かつ無意味な比較であるが、日本酒とサイダーを混ぜて飲む人間はいまい。今回のオーケストラとソリストの異なる方向性の音楽の同居は、まさにこの日本酒とサイダーの混ぜものとなってしまったのである。
オーケストラが前面にでれば芳醇な酒の薫りがし、ソリストが前面に出れば爽やかな清涼飲料水の刺激が伝わる。オーケストラとソリストの前後交代のコンビネーションは見事だったのだが、それもまた両者の音楽の相違をはっきりと表してしまい、聴いていてこちらの感性がぶれて、舌に伝わる味がわからなくなるような音楽体験となってしまった。
誰も悪くない、ただ、それぞれが持つ音楽性が組み合わなかったということなのだろう。しかし、残念であったことは確かである。

後半はフィンランドの国民叙事詩「カレワラ(カレヴァラ)」に登場する魔法使いにして戦士にして自由奔放な男レンミンケイネンを主人公とした4つのエピソード(ただし第2楽章はレンミンケイネンとは直接関係ない)からなる、シベリウスの交響詩『4つの伝説』(別名『レンミンケイネン組曲』)である。
第1楽章冒頭の完全5度のロングトーンの時点で「シベリウスだ」とわかる涼やかな響きが奏でられたが、その後の主旋律と伴奏とオブリガートが西洋伝統の対位法を基礎とした構築法とは全く異なった原理により現れる、シベリウス独特の管弦楽法をパーヴォ=N響が的確に再現していたかというと、否と言わざるを得ない。どこのパートをどの音量で鳴らせるか、どこを前面にだしどこを後景に引き下げるか、シベリウスの管弦楽法はそこがとてつもなく難しい、そのことを改めて認識した。ただし後半のヴァーグナー的でもある強音の部分からは管弦楽法が素直になり、スケールの大きな音楽に満足できた。
第2楽章の寂しくも美しいイングリッシュ・ホルンの旋律に筆者は心の全てを委ねた。約10分の楽章のほとんどを、情感の途切れなく吹ききった奏者に拍手。
第3楽章はレンミンケイネンの死と蘇生を描いた音楽であるが、筆者には北国フィンランドの吹雪のように、また、重苦しい雰囲気は夜のそれのように聴こえた。その吹雪がクレシェンドして頂点に達し、ゲネラルパウゼからの弱音での弦楽器と木管の悲しみの旋律がまた北国の哀感に満ちている。また金管によるヴァーグナー的強音が奏でられ、そして最後はチェロが優しく長調の短い調べを弾く。レンミンケイネンがよみがえったということなのであろうか。
第4楽章はレンミンケイネンの帰郷を描いた(しかしカレワラでは凱旋ではなく負け戦からの帰還のはずなのだが)勇壮な曲。ここでもやはり第1楽章と同じく、シベリウスの管弦楽法にオーケストラがついていけてないように思えた。トゥッティのフォルテになると音が揃うのだが、要所要所でどこを聴かせたいのか、どこを聴いたらよいのかわからなくなる所があったのだ。されどフィナーレは堂々と鳴り響き、交響曲なみの長大な本作の最後を見事に締めくくった。
シベリウスの偉大さと難しさ、どちらがより強く印象に残ったかというと後者であるが、難しいということはまた偉大さの証でもある。願わくば今回のような意欲的な選曲をこれからもパーヴォ=N響には望みたい。

                                (2018/6/15)