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日本フィルハーモニー交響楽団 第700回 特別記念東京定期演奏会|藤原聡

日本フィルハーモニー交響楽団 第700回 特別記念東京定期演奏会

2018年5月19日 サントリーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:アレクサンドル・ラザレフ
チェロ:辻本玲(プロコフィエフ)
ナレーション:ドルニオク綾乃
テノール:ポール・グローヴス
合唱:晋友会合唱団(合唱指揮:清水敬一)
児童合唱:東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川久恵)
字幕:増田恵子
字幕操作:Zimakuプラス
(以上ストラヴィンスキー)
コンサートマスター:木野雅之

<曲目>
プロコフィエフ:交響的協奏曲 ホ短調 op.125
(ソリストのアンコール)
カザルス:『鳥の歌』
ストラヴィンスキー:『ペルセフォーヌ』(日本初演)

 

有名な作曲家の作品でもまだまだ日本で演奏されていない作品は(当たり前だが)あるものだ。当夜の『ペルセフォーヌ』がまさにそれ。ストラヴィンスキー・フリークには有名な曲ではあろうが、平均的なファンにとってのストラヴィンスキーはほぼ初期3大バレエとその直前に書かれた小品、そして新古典主義時代のいくつかの作品だけで知られている存在と言ってもよかろう。それだけに、このような企画においてストラヴィンスキーのそれ以外の作品を取り上げてくれるのは大変に意義のあることだと思う。演奏にはかなりの数の演奏者が必要であるし、それを自主運営団体である日本フィルが取り上げるのは英断と言ってよかろう。

そのストラヴィンスキーの前にはプロコフィエフが演奏された。ソロは日本フィルのソロ・チェリストである辻本玲。見事な演奏である。辻本のソロはいささか線の細さを感じさせるものの、気迫と表現力において卓越しているためにまるで物足りなくない。どれほど音楽が昂ぶって来る箇所でも音の美しさは保たれ、技術的にも余裕があって文句の付けようがない。整い過ぎていて破綻の1つも欲しくなるとは半ば冗談ではあるが、つまりそれほどの完成度だったという意味である。特に第2楽章の長大なカデンツァから第3楽章までが大変な聴き応え。ラザレフのサポートも実に卓越しており、ソリストへの音量的な配慮が行き届き、実に整然とオケを鳴らしている。ラザレフと言うと豪放磊落なイメージなしとしないが、常に知的な抑制と配慮も兼ね備えている。協奏曲の指揮だとそういう側面が分り易く現れるようだ。

後半はメインの演目である『ペルセフォーヌ』。P席に陣取る大勢の合唱団(LAブロックの半分ほどに児童合唱)、ペルセフォーヌ役は歌うのではなく語る役であり、出番もさほど多くはない。狂言回しというか進行役と言いうるエレウシスの司祭、ユーモルプはテノールのソロであり出番も多いが、他方オケは大編成であるもののトゥッティはほとんどなく、抒情的かつ室内楽的に進んでいく箇所が多い(豪壮に鳴る箇所はやたらと豪壮だけれど)。そして台本もギリシャ神話のアンドレ・ジッド翻案による象徴的で晦渋なもの、とあってこれがなかなかコンサートのステージに掛けられないのも理解できよう。筆者もティルソン=トーマス盤やケント・ナガノ盤で『ペルセフォーヌ』の録音に接してはいたが、ピンと来るには至っていない。しかし、当夜の実演に接して第1に感じたのはそのオーケストラ部の色彩感に溢れる美しさである。ラザレフがここで聴かせた洗練味は驚くべきもので、この指揮者が楽曲を完全に手の内に入れていることが理解できてしまう。プロコフィエフの項でも記したが、ラザレフは猛将であると同時にこの上ない「知将」でもあるのだ。作曲者の先祖返り的なロシア風味と新古典主義的な洗練味が融合したこの独特の音楽は(詩篇交響曲にそっくりな箇所などもある)録音で聴くには繊細過ぎてインパクトに欠ける面がある気がするが(自分の聴取力を棚に上げて書くが)、当夜のラザレフの指揮はこの音楽の魅惑を存分に表出していた。

ペルセフォーヌ役のドルニオク綾乃の語りも美しく表現力があったが、惜しむらくはPAを通したその音声にやたらとエコー成分が入り込んで聞き取りにくかったことだ。これがインパクトを殺いでしまったのは否めないところだろう。ポール・グローヴスのソロはオケに埋没しがちな箇所はあったにせよその輝かしさにおいて文句なし。当日のプログラムによるとグローヴスはエクサン・プロヴァンスやリヨンでも既にこの役を歌っているそうだが、道理で手の内に入った歌いぶりだ。だが、この2人にも増して合唱団の健闘ぶりを大いに称えたい。ペルセフォーヌとユーモルプ以外のキャラクターである水の精や黄泉の亡霊などの役を担当するのがこの合唱でありその出番は極めて多い。この日本初演の全く慣れていない楽曲をこのような高水準の歌唱で歌い切ったことが凄い。もっと羽目を外しても、という箇所がなかったと言えば嘘になるが、しかしそれは些細な不満だ。清水敬一と長谷川久恵両氏の練達の指導の賜物であろうし、そしてそれを含み込んで全体を完璧にまとめ上げたラザレフの統率力に改めて感嘆。ラザレフのショスタコーヴィチやチャイコフスキーはもちろん凄いが、もしかすると今まで聴いた日本フィルとの実演の中でもこの日の『ペルセフォーヌ』が最も指揮者の力量を感じた、と言えるかも知れない。ともあれ、『ペルセフォーヌ』の美しさを実感させてくれた演奏者の方々に感謝。

関連評:日本フィルハーモニー交響楽団 第700回特別記念東京定期演奏会|齋藤俊夫

                               (2018/6/15)