アレクサンドラ・スム ヴァイオリン・リサイタル|藤堂清
2018年5月31日 浜離宮朝日ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
アレクサンドラ・スム(ヴァイオリン)
ジュリアン・クエンティン(ピアノ)
<曲目>
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ 第1番イ短調 op.105
ストラヴィンスキー(編曲:ストラヴィンスキー&ドゥシュキン):
ディヴェルティメント
———————–(休憩)———————–
シマノフスキ:神話-3つの詩 op.30
イザイ:悲劇的な詩 op.12
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
——————–(アンコール)——————–
山田耕筰:あかとんぼ
アレクサンドラ・スム、29歳のヴァイオリニスト。10代からパリ管弦楽団など世界各地のオーケストラと共演。日本でもNHK交響楽団ほか多くの楽団と協奏曲での共演はほぼ毎年だが、リサイタルは5年ぶりという。
シューマンの《ヴァイオリン・ソナタ 第1番》をスムは体を左右に大きく動かしながら弾き始める。アレグロ・アパッショナートという標記に暗い情念がこもる。第2楽章での穏やかな表情はあるが、第3楽章でもまた何かに突き動かされるかのような楽想が続く。スムはそれをさらに強調するかのように弓に力を加える。もともと高音域の音色や華麗な技巧を聴かせる曲ではないが、音の彫琢を度外視してまで、作曲家の内面を浮き上がらせる。ピアノのクエンティンも彼女の熱い音楽を発止と受け止め、強い打鍵でかえす。
二曲目はストラヴィンスキーの《ディヴェルティメント》、彼のバレエ音楽《妖精の口づけ》をヴァイオリンのために編曲したもの。1曲目の〈シンフォニア〉のゆったりと弾きだした音の安定した響き、曲想が変わった早い動きの部分や、高音と低音の間を飛び回るような動きも自在、彼女の音の美しさ、技巧の確かさが際立つ。
後半の一曲目はシマノフスキの《神話》。ギリシャ神話の中の3つの話を題材としている。それぞれのストーリーを頭に入れて聞くと情景がうかんでくるような演奏。全体的に情熱的な演奏で、ヴァイオリニストとピアニストの作り出す世界に引き込まれていく。
ここでも、ピアノのクエンティンの打鍵の強さ、音の美しさが聴けた。柔軟にヴァイオリンに合わせる技術も見事。
イザイ《悲劇的な詩》もヴァイオリニストのレパートリーとして欠かせないものだろう。彼女の情熱的なアプローチに合っているし、音楽的な充足感も大きい。
プログラムの最後におかれたバルトークの《ルーマニア民族舞曲》も彼女の弾みのある音楽が魅力。
アンコールには〈あかとんぼ〉。途中でフラジオレットによる変化をつけた以外はオリジナルどおりに弾いた。それが聴衆の心に余韻を残した。
スムのヴァイオリン、技術的には文句のつけようがないし、個々の曲の完成度もすばらしい。楽しい時間をすごすことができた。だが、リサイタル全体としてみると、ヴァイオリニストの技巧が発揮できる曲を並べただけのように見えてしまう。2時間弱の時間の中で彼女が何を訴えたかったのか、正直なところ筆者にはわからなかった。
リサイタルのプログラムにメッセージやテーマを求めるのは筋違いという意見もあるだろう。しかし、演奏家も社会的存在。スムは、他の音楽家とともにESPERANZ’ARTS ORGANIZATIONという非営利組織を立ち上げ、病院、学校、刑務所などで演奏奉仕を行ったり、エル・システマ・フランスでの教育においても重要な役割を果たしているという。こういった諸活動の中に、曲の彫琢だけにとどまらない、彼女が聴衆に語り掛けようとすることへのヒントがあるのではないだろうか。
(2018/6/15)