日本テレマン協会創立55周年記念 第250回定期演奏会 |能登原由美
2018年4月10日 大阪市中央公会堂 中集会室
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by 今井良/写真提供:日本テレマン協会
<演奏>
指揮:延原武春
ヴァイオリン:ウッラ・ブンディース・浅井咲乃
管弦楽:テレマン室内オーケストラ
<曲目>
C. P. E. バッハ:シンフォニア ロ短調 Wq. 182/5, H. 661
W. A. モーツァルト:2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ ハ長調 K. 190
F. J. ハイドン:交響曲第101番 ニ長調「時計」Hob. I: 101
関西を拠点に活発な活動を行ってきた日本テレマン協会が創設から55年を数え、その定期公演が250回目の節目を迎えた。創設者で、半世紀以上にわたり当団を率いてきた延原武春が、なんと今もなお指揮を務めている。「テレマン」という名称からもわかるように、バロックから古典派を中心に、古楽器というこだわりを持ち続けての活動である。創立したのは1963年。当時はまだ日本でも、「古楽」という概念がほとんど知られていなかったのではないだろうか。もちろん、その後の世界的なブームの到来により、「古楽」自体は間違いなく市民権を獲得しているが、その熱狂的な盛り上がりも一段落したかの感もある。このような音楽界の変化を目の当たりにしながらも、自らのスタンスを維持した活動を半世紀以上も続けてきたことに、まずは敬意を表したい。
今回の公演では、当団の首席客演コンサートマスターで、世界的なバロック・ヴァイオリン奏者として名高いウッラ・ブンディースを招く。延原いわく、最初の2曲についてはその解釈やリードをほぼ彼女に一任しているとのこと。ソロ・コンサートマスターを務める浅井咲乃にとっては、バロック・ヴァイオリンの師匠でもある。楽団とブンディース両者の関係が非常に緊密であることがうかがえよう。
実際、ブンディースと浅井による師弟共演となったモーツァルト《2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ ハ長調 K. 190》でのハーモニーは見事であった。筆者は最後列に座っていたため姿こそあまり見えなかったが、2人の音色や呼吸が聞き分けにくいほどぴったりと寄り添っていることがわかった。1本の旋律が2本になり、掛け合いや交差を経て再び1本の線に還る。「コンチェルトーネ(大協奏曲)」とはいえ、対立や闘争というほど大げさなものではなく、子犬のじゃれ合いのような愛らしい音の戯れをみているようであった。一方で、二人の息が合うゆえでもあろうが、モチーフごとに短く区切られたフレーズの輪郭が鮮明になりすぎて全体の流れが失われる瞬間もあった。同じく独奏パートを持つオーボエやチェロとの連携がスッキリしないことも、その一因であったかもしれない。
1曲目のC. P. E. バッハの《シンフォニア ロ短調》も采配をブンディースに委ねていたというが、こちらはメインのハイドン《交響曲第101番 ニ長調「時計」Hob. I: 101》同様、延原自身のリードが全面に出ていたように思う。延原の指揮は、ダイナミクスやアーティキュレーション、テンポの変化にメリハリを効かせながら、躍動感に溢れ、推進力のある音楽を作り出すことに持ち味がある。この日の演奏でも、こうした特徴が疾風怒濤期ただなかの激しさを一層際立たせていた。
後半のハイドンに至っても、そのエネルギッシュな勢いに陰りはみられない。さらに、ここではより大きなフレージングでスケールの大きな音楽を構築した。ただし、他の作品の演奏でも感じられたことだが、細部の乱れが気になることが多々あった。これは指揮者の問題というよりも、奏者間の呼吸の問題なのかもしれない。求心力の大きい指揮者の場合、そこに依存しすぎると奏者相互によるアンサンブルの形成が疎かにされてしまうのではないだろうか。250回という節目を機に、新たな世界を視野に入れた音作りの模索を始めても良いのではないかと感じた。
(2018/5/15)