Point de Vue vol.12 〜鍵冨弦太郎(Vl.)沼沢淑音(Pf.)両氏を迎えて〜|平岡拓也

Point de Vue vol.12
〜鍵冨弦太郎(Vl.)、沼沢淑音(Pf.) 両氏を迎えて〜

2018年4月25日 東京文化会館 小ホール
Reviewed by 平岡 拓也(Takuya Hiraoka)
Photos by 山口敦/写真提供:Point de Vue

<曲目・演奏>
松波千映子:Resonance; 未知なる海へのオマージュ(委嘱初演)
  ピアノ:宮崎明香、倉地恵子

関戸正清:意味の輪郭 ~弦楽三重奏のための~(委嘱初演)
  ヴァイオリン:廣瀬麻名 ヴィオラ:岡さおり チェロ:朝吹元

中村匡寿:舞踏組曲 ~ヴァイオリン、ヴィオラ、ホルン、バスーンのための~(委嘱初演)
  ヴァイオリン:城所素雅 ヴィオラ:佐川真里 ホルン:遠藤美和 ファゴット:木村卓巳

魚返明未:Switch On, Switch Off(委嘱初演)
  ソプラノ:根本真澄 フルート:鈴木美良乃 コントラバス:中村元優 ピアノ:柴垣健一

森山智宏:Night Passage Ⅳ(委嘱初演)
  ヴァイオリン:山縣郁音、宮川奈々 ヴィオラ:山本周 チェロ:松本亜優

鈴木輝昭:スピリチュエルIII ~ヴァイオリンとピアノのための~(委嘱初演)
  ヴァイオリン:鍵冨弦太郎 ピアノ:沼沢淑音

三善晃:ヴァイオリン・ソナタ(1954)
  ヴァイオリン:鍵冨弦太郎 ピアノ:沼沢淑音

 

鈴木輝昭・森山智宏両氏が企画構成を行う演奏会「Point de Vue(相互の視座)」を聴いた。冒頭から私事で恐縮だが、合唱音楽をかじっていた筆者は鈴木輝昭の名前はいくつかの作品で耳にしたことがあった。またクラシック音楽を聴く人間の一人として、三善晃の音楽にもある程度親しんでいる。だがその他の方々に関しては全く何の予備知識も無く、この演奏会で初めて作品を聴くという状況であった。

松波作品は「未知なる海」というイメージが作品名として付されており、その印象に引きずられて描写音楽的に聴いてしまった感も否めない。事実、美しい音色感覚や色彩、また流麗な旋律美などは「未知なる海」への期待感、生命が息づく広闊な空間への憧憬と矛盾しない。舞台上には2台のピアノが向き合って並び、上手側の奏者から静かに始まる旋律の断片が下手側奏者に引き継がれ、その逆のパターンも行われてやがて連鎖となる。類似した響きの共鳴は音楽のスケール感を生む。旋律の滑らかな重なりはAs-durで頂点を迎え、その後は必ずしもこれまでの共鳴ではなく、2人の奏者がそれぞれに歩む場面もある。大変写実的な作品であり、音楽の起伏そのものが巨視的な海の動きを連想させた。

関戸作品には音響的に極めて強面な印象をもった。中央に座したチェロと、下手側のヴァイオリン、上手側のヴィオラによる弦楽三重奏で、ヴァイオリンとヴィオラは群となってチェロと対話(あるいは対決)する場面が多くあった。それぞれの要素を取り出すと何ら意味を持たない断片が群となって熾烈に飛び交うことで、網のように有機的な意味が生まれてくることの面白さは感じられた。楽曲はチェロの唐突な一撃で閉じられるが、終始鉄骨造の無骨な建築を見るような感覚にとらわれた。

中村作品の編成は一見特異だ。ヴァイオリン、ヴィオラ、ホルン、バスーン。これらの編成の意図は、と探っていたが、確信に結びつくようなヒントは最後まで得られなかった。ただ、それぞれ2つの弦・管という、全く違う特性・音色をもつ楽器を意識的に使い分けて描いているのは間違いない。楽曲の終盤では必ずしも楽音ではない音も用いられた。表面的な「舞踏」の意味に留まらず、聴く者の内なる衝動に直接呼びかけるような趣すらあった。

魚返作品は2つの詩を用いている。第1部がR. L. スティーヴンソンの”Windy Nights”、第2部がバスター・キートンの2つの映画『One Week』『The Electric House』からの引用だ。ソプラノ(子供)が静かに呟きを始め、それが楽器を交えて雄弁さを増す。音楽の明滅よりもたくましく成長する子供だが、やがてコントラバスの間奏曲となり音楽は第2部へ。今度はソプラノがロボットのミミックを繰り返していき、甲高い高域の皮相さが際立つようになる(この箇所のコミカルな表現にはリゲティ『アヴァンチュール』を連想した)。終結では冒頭の静けさが戻ってくる。ソプラノの技量に依るところの多い作品と聴いたが、この初演では良く伸びる高域と滑らかな英語の発音に支えられたのではないか。

森山作品ではコル・レーニョなど弦楽器の特殊奏法を用い、鳥の声や風の音の表現が繊細に描かれる。弦の粗野なトゥッティと美しい和音の度重なる対比は、烈しさと静けさを内包する自然へのオマージュのように思えた。幾度となく現れるグリッサンドはややしつこく感じられたが、これも意図的なのかもしれない。

鈴木作品はこれまでの作品群に比して堂々たる響きを持ち、かつ若干の薄気味悪さも感じる。しかし、その中にも失われない気品が滲んでいる。これは何か、と思っていたが、プログラムを読めば『雨月物語』が隠されたプロットだという。なるほど、作品の雰囲気と一致すると納得した。ヴァイオリンをきちんと「弾かせる」部分が多く、かつ厳選された特殊奏法がきっちりと効果を発揮する。実に王道の作品と聴いた。

招待作品の三善晃『ヴァイオリン・ソナタ』は、新ロマン派の美しいソナタという印象を受けた。洗練されたフランス風味すら漂っており、聴き手は最後まで美しい作品を味わいつくすのみだ。ピアノから始まってヴァイオリンに受け継がれる、第3楽章の夢見るような主題は特に印象に残る。最後の怒涛の追い込みはライヴの興奮も相俟って圧巻であった。

鈴木作品・三善作品における鍵冨弦太郎と沼沢淑音の共感に富んだ演奏はとりわけ感銘深く、その他の5人の作曲家による作品も、演奏含めて興味深く聴いた。一つの発表機会に集約されることで作品群が呼応して磁場を生む、という類の演奏会ではなかった。しかしながら、各作品の個性が際立つ「展覧会」としての楽しみは、大いにあった。

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平岡 拓也(Takuya Hiraoka)
慶應義塾大学文学部独文学専攻在学中。「フェスタ サマーミューザKAWASAKI」の関連紙「ほぼ日刊サマーミューザ」でコラムを担当、現在はオペラ・エクスプレス他ウェブメディアでコンサートやオペラのレポートを定期的に執筆。‬

(2018/5/15)