パリ・東京雑感|クラシック音楽不安コンプレックスとガイドの功罪|松浦茂長

クラシック音楽不安コンプレックスとガイドの功罪

text & photos by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

上野の国立博物館で、ボランティアによるガイドツアーに参加してみた。「アジアの仏像」というテーマが魅力的なせいか、30-40人が集まり、これでは説明が聞き取れないのではと心配したが、驚いたことにガイドさん側も10人ほどいる。上品な老紳士が、ガンダーラ仏の由来、特徴を書いたペーパーを大きな声で読み上げ、螺髪とか難しい語が出ると、別のガイドさんが「螺髪」と大きく書いたプラカードを掲げてくれる。あれなら全員理解できただろう。
ただ、美術好きな方が無報酬でガイドしようというのだから、作品への熱い思いがにじみ出る筈――心に響く解説を期待したのだが、プロのガイドより禁欲的だった。

シエナの大聖堂

ヨーロッパのガイドは情熱的だ。フィレンツェから観光バスに乗ってシエナに行ったとき、現地でどっしり貫禄のある女性ガイドさんが待っていた。大聖堂の前で「ワグナーはここで『パルジファル』のインスピレーションを得ました」と言った時の誇らしげな顔。隣の薄暗い美術館内で、ドゥッチオの祭壇画を見上げるときの讃嘆の表情。フィレンツェこそ世界で一番美しい町だと確信していた僕らも、彼女の熱気に動かされ、シエナの優しさ、夢幻性の魅力に目覚め、この町のファンになってしまった。

サンドニ大聖堂

パリ近郊のサンドニ大聖堂は王様の墓が沢山あるせいか、陰気で好きになれない。あるとき、ちょうどガイドツアーが始まる時刻に着いたので、ためしに参加してみた。ぼさぼさの髪にしわだらけの服を着た男。「外観などにかまう暇はない、人間は精神だ」とでもいうつもりなのだろう。近づくと臭気にやられそうな迫力だった。そのぼさぼさ男の雄弁なこと。薄暗がりに横たわった王様の像をななめから眺めても、どんな顔か判別できない。それでも、彼の声に耳を傾けるうち、色鮮やかな中世のフランス、戦いと愛に彩られた王たちの幻が、陰気な墓からにぎやかに立ちのぼってきそうな気持になった。

ガイドとお客の関係は、国によってずいぶん違う。ドイツ人グループは、城や教会に入る前に、じっとガイドの顔を見つめながら長い概説を真剣に聞く(さすが観念論哲学の祖国?)。イギリス人は、ガイドが説明していても、勝手に移動して見物する人が多い(英国伝統の経験主義?個人主義?)。ガイドも客も宗教的敬虔さをもって作品に向かうのがロシア人グループだ(ドストエフスキーいわく「美は世界を救う」!)。ルーブルに行くたびに不思議に思うのだが、誰も関心を払わない作品の前で(たとえばフランドル16世紀の無名画家)、熱心に説明しているのはたいてい韓国人である。

ガイドは元女優

でも何といってもガイド王国はフランスだろう。生きたガイドに引率されないときは、緑の表紙のミシュラン・ガイドと首っ引きで観光し、赤い表紙のミシュランに頼って、レストランとホテルを選ぶ国なのだ。
普通のガイドより一段高いコンフェランシエという資格がある。我がアパルトマンの隣人は、女優からコンフェランシエに転身したイングリットと親しく、仲間を集めてガイドツアーをたびたび企画した。土曜日の朝10時に集合し、大抵2時頃までパリの町を歩かされるので、僕は腹ペコで倒れそうになるけれど、フランス人たちは(僕より年上も多いのに)平気な顔でおしゃべりを続ける。

マルメゾンの城で音楽会の前におしゃべり

音楽のコンフェランシエもある。友人に誘われて行ったマルメゾンの城の音楽会は実にゆったりした企画で、まず1時間半ほど、お茶とケーキでおしゃべり。約50人の客の間に親密なムードが醸し出されたころ、弁護士からコンフェランシエに転職した女性が、1時間シューベルトについてしゃべる。そのあと、やっとピアノ連弾だった。

ローマで世界文化賞のイベントがあったとき、ドイツの審査委員長ワイツゼッカー元大統領たちと一緒にカピトリーノ美術館に行った。どういうわけか30分ほど炎天下で待たされ、そのあげく館長さんが出て来ると思ったら、若い女性学芸員が現われ、フランスの審査委員長バール元首相の側近が「こちらはワイツゼッカー元大統領です」と紹介したのに、強い日差しの下で古代ローマ史概説を始めた。側近氏あわてて「ワイツゼッカーさんはあなた以上にローマ史をご存じです。中に入りましょう」。学芸員嬢は憮然として、「これはどうしても説明する必要があるのです」と言いながらも、館内に入れてくれた。
案内は充実したもので、高齢の客を率い、長い長い階段を降りて、非公開の古代遺跡を見せ、またてっぺんまで引率。ワイツゼッカーさん(82歳)大丈夫かなと、横顔をのぞいてみたが、息切れする様子もなかった。

ワイツゼッカー元大統領

最後に哲人皇帝マルクスアウレリウスの有名な騎馬像に案内した。彼女の説明の後、ワイツゼッカーさんは「あなたのお好きなマルクスアウレリウスの言葉を言って貰えますか」と尋ねたが、暗誦はできなかった。政治家や官僚にとってマルクスアウレリウスの言葉は、特別親しく響くらしい。アメリカのマティス国防長官は戦場でもマルクスアウレリウスを手放さないとか。国の運命を左右する決断を下すとき、孤独な指導者を励まし、慰める言葉がきっと哲人皇帝の『自省録』の中に見つかるのだろう。「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」と、ドイツの歴史的責任を担い続けることを訴えた(敗戦40年の議会演説『荒れ野の40年』)ワイツゼッカー大統領がマルクスアウレリウスを前にして…。一言言わずにはいられない思いがあったに違いない。
そして、学芸員嬢が「ご案内はこれで終わりです」と言うと、ワイツゼッカーさん、彼女の手を取って、「ありがとう。あなたの美への愛と情熱に深く打たれました」と、ていねいにお礼した。客の肩書きなど気にもかけない(ワイツゼッカー大統領の偉大さは理解していなかったようだが)彼女のプライドの高さは、はじめ滑稽に見えたけれど、熱烈な案内に付き合ううち、それが、まったく当たり前に思えてきた。作品、遺跡そのものの美の高さが、彼女を通してプライドとなって立ち現れる。美に奉仕する者に自然に与えられる威厳なのだろう。そういえばシエナのガイドさんも、サンドニ大聖堂のボサボサ氏も犯しがたい威厳があった。

ところで、有害なガイドというのもある。『ニューヨークタイムズ』にマイルズ・ホフマンというヴァイオリニスト・ラジオコメンテーターの、気の利いたコラムが載っていた。ホフマン氏は「クラシック音楽不安コンプレックス」なる症状が蔓延しているとして、その治療法を述べている。
友人の生化学者が、「クラシック音楽は大好きだけれど、聞いても自分の感情的反応しかない。ほかに何も理解できないんだ」と訴えた。これが典型的クラシック音楽不安コンプレックスに当たるそうで、問題は<患者>が<理解>と<説明>を混同している点にあるとか。彼が感情を動かされた、つまり曲に感動したのは、テンポ、楽器、音量の変化を感じ取り、メロディー、ハーモニー、リズムを理解したからなのである。感じたことを説明する専門用語を知らないからといって、音楽を理解する妨げにはならない。「庭園の美しさに感動するためには、花の名を知っていなければならないだろうか?」
「しかし、悲しいことに、多くの方が、クラシック音楽について自分には十分な素養がないし、音楽通は何でも知っていると思い込み、自分の感じたものを取るに足らないと否定してしまう。映画を見て自分には感想を言う資格がないと思う人はまれなのに、クラシック音楽のコンサートに行くと『とても気に入ったけれど私は玄人じゃないから…』と、意見を言うのを怖がる人を良く見かける。」と嘆く。
クラシック音楽不安コンプレックスの蔓延には、音楽への案内役=ガイドの責任も大きい。ホフマン氏はプログラム・ノートの例として「この作品には、遠隔調への半音階的転調ならびに旋法的に変化させられた音階構成音による短い動機楽想を使った、切り詰められた展開部がある」(この部分の翻訳は谷口昭弘さんに助けてもらいました)などという説明を読んだら、だれでも怖くなると批判している。

日本のクラシック音楽ファンの間にこんな不安コンプレックス蔓延の兆候はない。音楽を知的に理解・説明しなければという強迫観念に脅かされないからであり、日本の音楽ファンの方が自由闊達、層も厚く幅も広く、一言で言えばハッピーだ。絵や建築、彫刻についても音楽と同様、自分の感性でエンジョイすることに何の不安もない。だから日本人はガイドに多くを求めないのだ。
それでも僕は、偉そうなガイドに羊のように従うドイツ、フランス、イタリア、ロシアの観光客に、どこかうらやましい気持ちを持ってしまうし、アメリカ人のクラシック音楽不安コンプレックスにも共感してしまう。彼らは自分の感性の限界を超える何かを憧れ求めているのではないか。美の国へ至る道は険しくその門は狭いのだから、ガイドに導かれ、手を携え、励ましあいながら彼らは険しい道を登る。たとえ美の国の狭い門を通ることができなくても、彼らは力を合わせて作品を賞賛することによって、その作品を豊かにすることに貢献している。こうして、すでに彼らは美の共同体に加わる喜びを味わっているのだ。(美の国については2016年4月のコラム、本当は怖い《美しい日本》で触れました。)

(2018年4月30日)